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神鹿兵庫介。【改稿版】(2)


 さてさて、この摩訶不思議な出来栄えの嘆願書たんがんしょいわく。


 彌窪郡みくぼこおりの山間部を領有する神鹿家の領内には、幾つもの点在している水源地あり、その水は細流となって山を下るうち自然じねんと寄り集まり、やがては彌窪郡を分け流れる尻無川となる。


 この川が、我らが土豪の領内を流れて土地を潤しているのが問題である。


 なぜならば、尻無川の源流を所有している神鹿氏こそが、我々に水争いを引き起こさせている根本の原因だからで、それを先ず何とかして欲しい。左様訴え出たと、使者は事の次第を懇切丁寧に教えてくれた。


 つまり土豪共から提出された文書には、川争いや土地争いの決着はそもそも川の水源地を独占する神鹿一族の動向次第だと決めつけられており、まるで元凶そのものであると言わんばかりに書かれて当の神鹿家にしてみれば、迷惑千万この上ないことはなはだしくいにも程がある内容であったのだ。


 斯様かようなシロモノを素面しらふで臆面もなく国主様に差し出した土豪らの面の皮は、どれだけの厚みがあるのか計り知れない。当然彼ら神鹿一族のいきどおりが沸々《ふつふつ》と、さながら噴火寸前の火山の如く怒りが込み上げてきたのも無理からぬ事だろう。


 確かに、土豪連中が言う様に尻無川の水源は神鹿領内にあるのだが、それらの水は人の手を借りず、自然に湧き出しては海に向かって勝手気ままに流れていく代物であり、そんなものについて神鹿家になんの責任があると云うのか。


 しかも土豪連中はお仕着せがましく文書の中で、水争いを公平に収める為には神鹿家が無償で灌漑工事かんがいこうじを行い、下流域の土豪の皆に平等に水を分け与える事こそが、無用無益な争いを収めるの最善の解決策であるなどと云い放ち。さすれば我ら土豪一同は後顧こうこうれいを気にせず兵を引き連れ京にのぼり、天下に名を馳せる国主様に対して恙無つつがなく御奉公が出来るなどと、誠に以て恭し《うやうやし》い文面を駆使して上申していたのだから癖が悪かった。


 国主家から派遣されて来た使者の口上を聞き終えた神鹿の者どもは、皆一人残らず口をポカンと開け茫然ぼうぜんとして、次いで騒然となった。


 当然だった。


 土豪共の言い分は、誰でも思わず『アンタラなに言ってんの?正気ですか??』とでも、云い放ちたくなるくらいに、言いがかり以外の何物でもない言い分なのだから…。


 此の国きっての名うての開拓家であり、土建屋稼業も売りにしている神鹿家ではあっても、えん所縁ゆかりも薄っペラな関係でしかない土豪共の為に、何故なにゆえ得にもならない灌漑工事を行わねばならないのか、しかもこっちが損するばかりするだけで一文にもならぬ事業なんぞ、神鹿家としては馬鹿馬鹿しくて心から勘弁願いたいところである。


 だが当時、応仁の大乱真っ最中の京の都に軍勢を引き連れて出向き、何としてでも天下に名を挙げたい一心であった国主様は左様には考えていなかった。


 彼がこう思考せざるを得なかった根拠は、彼の領主としても武将としても、余りの資質のなさに原因があったといえるだろう。


国主様は京に軍勢を引き連れて出てみたはいいものの、足利将軍家、すなわち【山名宗全陣営側】から期待された肝心の軍働いくさばたらきではパッとする働きも出来ず、また、中央政界でまつるごとが切り盛りできる才などあるわけでもなく、日を追うごとに山名家どころか当時敵方であった細川家からも相手にされず疎外そがいされる立場になってしまい、図らずも、国主様が頑張れば頑張るほどに一人で勝手に苦境に立たされてしまうという、誠に残念な立ち位置に追いやられてしまっていたのだった。


その所為もあってか、国主様はすこぶる此の国の守護職家としての体面と外面そとづらを気にするようになり、鎌倉以来の守護職家としての格式を殊更強調するような物言いを周囲にも言いはじめていた頃合いで、遂には後年、自身の居城【季の松原城】を豪奢ごうしゃに飾り立て始めるのだが、そんな彼にとって今は自身の名を天下に響かせる踏ん張りどころの大事な時期と思っていたらしく、降ってわいたような争い事であったとはいえ、水争いでの揉め事なんぞが自国内であってはならなかったのだ。


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