ひょんひょろ付きの娘侍。【改稿版】(4)
「ひょろひょんよ。此の者は其の方の手の者か?」
《手のものではございませんが、どうか為されましたか》
不思議そうな顔をしてひょんひょろは小首を傾げ、座しても治まらぬ背の異様な高さ故か上から目線で兵庫介を覗き込む。
そんな奴の両手には小侍から手渡されたまだ全然食べられていない粥椀が大事そうに包まれており、匙が左手に添える様にして握られている。
「あれは娘子であろう?」
こやつに見下ろされるのは腹立つくらい癪に障るが、そのような事はどうでもよい。それにコイツが左利きなのも、今はどうでもいいことだ。
《流石は兵庫介様、即座に見抜かれましたか》
「見抜いたのは左膳だ。儂ではない」
兵庫介は自身の視線をひたすら避け続ける左膳を見ながら、娘が侍の格好をしてると感付いたのは奴だと素直に教える。
《左様でございましたか、彼御仁が鬼の左膳様…。なるほど》
神鹿家髄一の剛勇である左膳の異名を口にしたひょんひょろは、さも感じ入ったとばかりに左膳に向かって正対して一礼した。すると、こちらの様子を何気に窺っていたらしい左膳は当惑したらしく、がっついていた粥椀を従っている供侍に手渡すと、姿勢を正して慇懃に頭を下げて答礼した。
が、兵庫介の熱痛い突き刺さる視線に気付いたのか、「おっ!」と小さく声を上げ兵庫介の視線とは反対側の方向に身体をクルリと翻してしまった。
「…もう、なんなんあいつ。儂とは仲良しの幼馴染《》であろうに他人行儀な…」
小声でブツブツ呟いたあと、仕方ないので兵庫介は戯れに、ひょろひょんの後ろで粥をすすっている筈の腹ペコ娘侍に話しを振ってみる。
「美味いか?」
「もう喰った」
「左様か……」
喰い終わるの早くない!?
娘の方を覗き見れば、すでに綺麗に椀を手拭で拭き終わり、自分のものであろう行李に仕舞っているところであった。
はあ……。
溜息一つ残し、兵庫介は一気に椀の中身を飲み干すようにして一気に喰った。
「あっつ!!くそあっつ!!」
ダバ―――ッ!
一旦含んだ粥の余りに熱さに耐え切れず、勿体ないことに口の中身を吐き出した。
周りの、兵庫介の配下全員からの彼を蔑んだ視線が痛い。
隣のひょろひょんはと云えば、やっと食う気になったのか、匙にちびちび粥を乗せて口に運び出したばかりである。
「くっ!……して、ひょろひょんよ。あの娘はどこから湧いて出たのだ、我らが出会った時には居なかった筈だぞ?」
《はて、兵庫介様にお会いした時より、ずっと傍に居り申しましましたが?》
「偽りを申すな、儂はあのような者は見知らぬぞ」
兵庫介は少し怒気を含ませた口調で問う。
《偽りではござりません。わたくしめの馬の鎧の狭間にて、ぐっすり寝ておりましたが故でありましょう》
は?馬鎧と馬の狭間にてって、、、あんな人も入れそうにない狭き場所でこの娘は寝てたのか?
「…そ、そのような芸当が、斯様にか弱そうな娘子に出来うるものなのか?」
兵庫介は疑問符しか浮かばない脳を整理しつつ、ひょろひょんに再度尋ねる。
《かの者には造作のないことにて》
そうなのか?不思議な特技を持つ者が世間には居るものだ。されど、飯井槻さまの直臣《》でなればあり得るやもしれん。なにせあのひょろひょんに付いていた二人連れの供侍の姿の消し方も見事であったからな。
なんとも形容できぬ気味の悪さを覚えながら兵庫介は、もう一つの疑念について聞いて置くことにした。
「しかしな、飯井槻さまはどうしてこの娘に侍の真似ごとなぞをさせておるのだ?」
《いろいろ事情がございまして……》
言葉を濁すひょんひょろに、兵庫介にも思い当たる節がある。
「飯井槻さまの差し金か」
《左様にございます。このこと内緒でございますよ》
相変わらず粥をチビリチビリとやっているひょろひょんは、口元を手で覆い小声で云った。




