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ひょんひょろ付きの娘侍。【改稿版】(2)

 うねうねと、まるで蛇がのたくったみたいに続いていた険峻けんしゅんとうげを越した彼らは、以後。山道が緩やかな下り坂になったのも手伝って、歩む速度も早くなり歩を進める動きも軽やかになっていった。


 それでも途中途中、疲れが出始めてきた軍馬や荷を運ぶ駄馬を気遣って幾度か小休止を入れ、入れてる間、彼ら自身も楽な坂道とはいえ、矢張り乱れる息を整えたり地べたに座って足を休めたりしていたのだが、流石に腹が減ってはなんとやら、時間的にも昼を幾分過ぎた頃合いなので、棚倉山の中腹辺りにある開けた場所で兵庫介は食事をとる為の大休止を行う事を取り決めた。


 

「さぁー皆の者、飯だ!」


 兵庫介は神鹿勢を構成する全員に向かい、元気の良い声音こわねで高らかに食事をするよう指示を出した。その声を聞いた軍勢の各員は、各々《おのおの》運んできた荷を一斉に解き、役割を分担して生き生きしながら煮炊きの準備を始めた。


 さてさて、彼ら神鹿勢が辿り着いた場所は、剥き出しのゴツゴツした岩肌から湧き出る清く冷たい水と、水辺に生える菜が生えているところで、遅めの昼餉ひるげ、早めの夕餉ゆうげを取るには丁度良い割と広やかな土地であった。


 まあ流石に、皆が皆よっこらせっと座りでもしたら、森や道に人数があふれ返ってしまうのだが(現に溢れた)、そこは気にしてはいけない仕様の土地となっていたのだ。




「すまぬが、お主らは見張りを頼む」


 兵庫介は自身の手勢のうち、十数人の小部隊を率いる国人領主(土豪)の【蕨三太夫義親わらびのさんだゆうよしちか】に警戒の役目を申し付ける。


「承知!」


 あるじである兵庫介の下知げちを気合いっぱいで了承した三太夫さんだゆうは、素早く手勢をまとめると、この辺り一帯を遠くまで見通しが出来る断崖の頂上と、広場に通じるのぼりとくだりの山道の両端の草陰に、自分の部隊を散らせて隠し配備した。


「出来得る限り早めに、代わりの者達を差し向けてやらねばな」


 早速哨戒を始めた蕨勢わらびぜいの機敏な動作を見詰めながら兵庫介は、誰に告げるでもなく呟いた。


その後、自らも炊事のため荷解きを始めた彼の眼下には、覆っていた靄が晴れだした棚倉盆地の、まともに田植えすら終わっていない、雑草ばかりが生え揃った異様にさびれた田園地帯が目に飛び込んで来た。


この棚倉盆地たなくらぼんちは、奥行きが広やかな楕円形の見た目に反して、盆地自体の大きさは大したものではない。


 また鱶池氏ふけうじの居城である【大鱶池屋形おおふけのやかた】と云う名の小城は如何にも田舎の寂しい城然としており、周囲に町家とか宿場とかと云ったものが城下に一つとして存在していなかった。


 だがしかし、盆地内に重なり合う様に作られている田んぼのうねの群れの中央を突っきる様にして、ひたすらまっすぐ東に伸びる裏街道があり、これを道に沿って突き進めば、国主家が居城である【季の松原城】に僅か半日にして辿り着ける緊要の地であったのだ。


 兵庫介は盆地の奥の、未だにかすかに視界を遮るもやによる影響を受けつつも、時折ならはっきり見える鱶池の小さな城館を望み、【鱶池金三郎ふけのきんざぶろう】という名の爺様の、全身から身染にじみ出るいけ好かなさを思い起こし、我らが飯井槻さまの御為とは言えども、なんだか行くのが面倒臭くなってしまっていた。


 でも今更勝手に人の領地を事前の取り決めを無視して素通りする訳にもいかず、矢張りここは挨拶くらいは致し、今晩お世話になりますくらいの話はせねばなるまいなぁ。なにより、ひょろひょんに「助かる」と云った手前もあるし、それに飯井槻さまの御顔をココでつぶすわけにもいかぬからな。と、兜の天辺てっぺんあたりを小突いて、自分のわがままを改めた。



 それにしても幾多の戦場いくさばを駆け巡り、一見怖いもの知らずの戦人いくさびとでもある兵庫介を、これほどまでに考え込ませヤル気をなくさせたのモノは名は、正式には【鱶池金三郎元清ふけのきんざぶろうもときよ】と云う、齢にして【51】の老武将であった。


 彼の存在は、身内である添谷家家中ですらも口の端に上せるのも嫌がるほどに、常日頃から悪い噂がつきまとう曰く付きの家老で、良い話なぞ、ほとんど聞いた事すらないと言われる始末の人物であり、その容貌からして見るからに妖怪じみており、背丈も低く、肌は浅黒く、貧相な体躯の持ち主で、そしてなにより周囲が迷惑したのが、一切湯浴みをせず歯を房楊枝で磨かないので常に垢じみていて臭かったのだ。


 そんな黒く汚れた金三郎の顔を思い出しただけで、兵庫介は憂鬱ゆううつになったのだが、なんとかかんとか総ては飯井槻さまの御為にと気を取り直して気分を奮い立たせてから、山肌の岩の隙間から勢いをつけコンコンと湧き出る冷えた水を、自身の配下の者どもに混じって汲み、前日に殻をむいた乳白色の蕎麦の実を飼袋かいぶくろから取り出しては、手桶にザラッと突っ込んで水と塩を一つまみ、手早く蕎麦の実と掻き混ぜては、白く濁った水を捨てる作業を繰り返すことで一旦やつの存在を心のそこから忘れることにしたのだった。






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