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ひょんひょろ侍〖戦国偏〗箕埼表の戦い・後編(一)

後編。長くなったので分けました。すいません。


では、お楽しみくださいませ♪


「ねえ、おっちゃん侍さん。アレどれくらい居るのかな?」

「そうさなあ、まだ尻尾が見えないから何とも言えねえが、千人はいるんじゃないか?」


 山の中腹に隠れつつ、表街道を行軍する新たに現れた山名勢を観察しながら後方へと移動を開始する。


「大丈夫かな兵庫介」

「殿様なら問題ねえ。なんせ戦と土建稼業以外に取り柄がないのじゃからのう」

「左様、左様。殿様にそれ以外のことを期待されても本人も困ると云うモノ」


 そう云ったのは、戦場で顎髭を蓄え年嵩を重ねた感じの兵庫介が引き連れてきた馬廻の一人で、もう一人の方は若い口髭を蓄えた侍である。


 さねを含めた彼らは百姓の姿に身をやつし、樹木が生い茂る山中に(ひそ)んでいるため、大声を立てたりはしないが、さねを挟んで密かにクスッと来る笑い作りに余念がなく、兎角緊張が絶えない任務を和らげてくれていた。


「しかしながら、矢張り幾度か街道筋を西に駆けていった武者共は、援軍にこちら、箕埼表(きのさきおもて)に来るよう促す使番であったことは間違いありませんでしたな」

「うん」


 さねは山中を飛ぶかの如く西に駆けながら、気もそぞろな返事をする。


「さね様。最後尾が見え申した」

「察するに、軍勢の兵数は(およ)そ一千と二百前後と見受けられまするな」

「一千二百…」


 さねが立ち止まって伏せ、木々の隙間から過ぎ去ろうとしている山名勢の最後尾を認め、息を飲む。


「おっちゃん侍さんと顎ひげ侍さん。あっち兵庫介に報せに行く」


 こう云うなりさねは駆けようと、腰をかがめたまま後ろに向き直った。


「どこに参られる」


 誰かが頭越しに声を掛けてきた。


 その刹那、風を切る音が耳をつんざき、陽の光を反射した銀色が首を狙って払われた。さねは咄嗟(とっさ)に身体を()らし後ろに飛んでかわした。


「さね様!」


 ギンッ!


 刃がぶつかり合う金属音が響き、おっちゃん侍が何者かと対峙した。


 さねは、背中に背負(せお)っていた中空で真っ直ぐな竹筒を見知らぬ鎧姿の相手に向け、ふっ!と云う強い息と共に中に仕込んだ矢を吹いた。





 さて箕埼表(きのさきおもて)の東の草原では、再編成を終えた山名勢が陣形を組み直して勢揃いし、西側に陣取り張り巡らせた柵内と丘で、悠長にも休息しながら飯まで喰らっている茅野勢に対して、再攻勢に打って出ようと前進をはじめんとしていた。


此度(こたび)はゆるりと歩を進め街道筋の一点を攻め、他はこれの援護に終始させるのじゃ」


 斯様に配下の将たちに宣言した山名大炊(やまなおおい)は、自身の本陣をも前線へと進めつつ、共に(くつわ)を並べて歩む玉谷惣兵衛を引き寄せ声を掛ける。


「すまぬな惣兵衛よ、一つ聞きたいのじゃが敵の大将の名はなんであったかな」

「はて、なんと申したでしょうか。残念ながら(それがし)は存じませぬが」


 当惑しながら惣兵衛は応える。


「ふむ左様か。それにしても茅野の大将ははなかなかに面白き男じゃ。ああ云う者を配下にすれば、我がことも早期に成就するやも知れぬの、そうは思わぬか?」

「……そうですな。こちらが(こと)(さら)防ぎの軍勢も配せず、目前でこれ見よがしに隙を作って軍勢を整え直して待っておったのに、飯を喰うような輩ですからな。大した胆を持っておるので御座いましょう」

「それよ。奴らは地理不案内の敵地に居り、しかも背後には陸奥守様が遣わされた援軍が、恐らく間近(まぢか)まで迫っておろうに何もせず兵を休ませるとは、生半(なまなか)には出来まいて」

「ですが未だ背後の脅威には気付いていない。というのも考えられまするが」

「それは無かろう、此の地まで周到に軍勢を引き連れ参った者だ。奴の物見を使う術は尋常ではなかろうて」


 くっくっ…と、大炊(おおい)は含み笑い、惣兵衛もつられて笑った。


 もしも彼らが敵対する茅野家の大将が、普通より頭一つだけ抜けた程度の能力の将であれば、どうするであろう。


 この機を逃さず攻勢に打って出る…。などという頭の悪い手段は勿論取らず、我らに気付かれないように陣容の変更を急ぎ実施したに違いない。


 例えば兵の半数以上引き抜き、後方からやって来る新たな山名勢に奇襲を敢行してこれを早期に撃滅した後、再びこちらに正対して来るであろう。


 だが茅野の大将は左様な見え透いたことは一切せず、悠然と兵を休ませて腹ごしらえをしている。であるならば……。


「これはどこぞに伏兵が居るのやもしれませぬな」

「どこに隠れていると思うか」


 惣兵衛の予測に大炊が問い掛ける。


 惣兵衛は箕埼表の北の海とは反対側の南の急峻な山に目を移し、こう答えた。


「山のどこかに潜んで居る事で御座りましょう」

「それが攻めかかるのは柵のこちら側か、それとも向うからやって来る味方に対してか」

「どちらにでも当たれるように配されて居るでしょう。それくらいは大炊様であればとっくに察しておられるでしょうに、なんとも御人が悪い」

「ふっ、しかしこの様に急な山肌を軍勢が下れるものかの」

「恐らく水の流れに沿って現れると見ております」


 惣兵衛は山のあちこちを雨水が削り、比較的緩やかな地形に変化させられた細い坂を幾つか指差し、そして続けて言う。


「ここは、敵の手に乗ってみるのも一興かもしれませぬぞ」

「とは?」

「御耳を拝借」


 惣兵衛は大炊の愛馬に自身の馬を寄せ献策する。


「成程のう。我らの攻めようは一切変えず、陣容の一部を割き山側からの奇襲に備え、兵を後方に据え置くのだな」

「左様に御座る。さすればたとえ奇襲を受けたところで、即座に対応できまする。また伏兵がこちらに来ぬ場合、ここぞという時の吶喊(とっかん)兵力(へいりょく)として使用も出来まする」

「惣兵衛は我らの方に伏兵が攻めかかってきた時は、西からやって来る援軍が大いに足止めを喰らっておるか、もしくは敗退しておると考えているのじゃな」

「左様。敵の実数は考えまするに恐らくこちらに千五百か二千。あちらに五百から一千はおるものと思われまする。でなければ、奴らが悠長に飯など喰っておる説明が取れませぬ」

「成程のう。惣兵衛は敵兵は二千から三千と見積もっておるのか」

「はい、故に敵を西と東から挟み討つ手立てはこの際一旦捨て置き、我らのみで戦う腹積もりで考えておくべきかと。それも早急に動かねば敵が三千であった場合、我らが逆に危機に瀕しまする」


 大炊は長く伸びた(あご)(ひげ)の先をクルリと指で巻き、決断する。


「よし!我らはこのまま表街道に敷かれた柵を打ち破り丘を取り巻く、惣兵衛は兵五百を率いて不測の事態に備えよ!」

「仕った!」


 こうして山名勢の攻勢方針が確定した。


 それは兵庫介が率いる茅野勢が立て籠もる柵陣を、あたかも一個の城に見立てた攻城方法を基準とした。全軍を上げての一大攻勢であった。





「いやはや、これは苛烈(かれつ)だな」


 兵庫介は丘の上に置いた床几に座し、眼下を睨み嘆息する。


 茅野勢が敷く防御陣に、盾を備えた攻城陣容で攻めかかった山名勢は、北の海から南の山まで張られた竹柵に石や弓で牽制しつつ、遮二無二表街道の柵に押し寄せこれを打ち破ろうと波状攻撃を続けている。


 既に一旦は山名勢を退けた。あの地面に張られた縄は各所で切られている。


 茅野勢は実際にはどこから敵が侵入して来るか分からず、迂闊に兵を動かすことも出来ず、敗勢の一歩手前といった状況であった。


「それにしても表街道を任されて居る兵共の働き、見事ではありませぬか」


 紀四郎次郎が褒める表街道の柵内で頑強に抵抗する隊は、道中切り出した長さ七間(約13m)ほどの枝葉が付いたままの竹に、水を浸み込ませた縄を二本垂らし、その先に柵を作る際に取り除いた枝葉を固め捲いて火を点け、敵兵が大挙して近付く度に振り下ろしぶん回しては、頑強とはお世辞にも言えない柵の破壊を阻止していたのだ。


「だがアレも竹がこっちに無尽蔵にある訳ではないからな。やがては尽きてしまう。それに…」

「背後の敵にございますな。命からがら逃げ戻ったさね様の報せによれば兵数凡そ一千二百、ここより一里半の所まで迫っておるとの事にございまするが…」


 兵庫介は自分の背後に座るひょろひょんに取りすがり、涙に耐えている一人の娘に目を向ける。


「確かにそれもある。だがそれより儂が気になるのは、山名大炊の本陣後方に控えておる兵共の行く先だ」


 前線間際まで歩を進めてきた敵本陣の直ぐ後ろに、いまだ無傷の集団が臨戦態勢を保ったまま、いつなんどきでも出戦できる状態で留め置かれていたのだ。


「あれらがどう動くのか。それが山名に勝ちを呼び込む手ではないのか」


 こう考えた兵庫介は腕組みして、しばし沈考する。


「なれば儂は斯様に致すか」

〘良い考えが浮かびましたようで〙


 さねに取りすがられ身動きが出来ないでいたひょろひょんが、彼女の頭を優しく撫でながら兵庫介に問うてきた。


 何こいつ、役得か?


 とか、兵庫介は少しばかり(うらや)ましく思ったが、さねの身の上に起きた事態を鑑み、今はそっとして置くこととして、ひょんひょろと四郎次郎の傍に床几を進めとある策を耳打ちをしたのだ。


ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

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