Species5
「ほら、あと五分もないんだから、早く起きなさい」
ハル姉が地面のボロ雑巾、もといリンドを靴先で小突きながら言う。リンドは涙目になりながら起き上がる。
「ったく、誰のせいだよ」
「「神聖なる乙女の、それも、オトハ(ちゃん)のスカートの中を覗いた、どこぞの誰かのせい」」
ロウ兄とハル姉が口を揃えて言う。
「あの広場の男共、全員PKしてやりたいわ……」
ハル姉が凄みながら、そんなことを言っている。
「二人共、それぐらいにしてあげて。私にも落ち度があるし、それに、できればもう蒸し返したくないです」
最初はリンドに何かたかろうかと思ったが、もうこの事はそっとしておきたい。
思い返すだけで、頰が熱くなり、悶絶してしまいそうだ。
(それにしても、下着まで正確に再現されてるんだ……。ブラもあるし……色は両方とも白なんだ)
TFOでは防具にカテゴリーはない。また、武器も防具も衣服もリアルと同じように扱える。
例えば、今のように上半身の衣服とスカートを外側に引っ張るように掴みつつ中を覗き込むこともできる。
装備数にも制限はないが、その分要求ステータスが上がるので武器を何本も同時に装備したり、防具を何重にも着込むことは難しい。
「本人がそう言うなら、今回は流すわ。でも、リンド……次はないわよ」
「い、イエス、マム!」
本日二度目の直立敬礼である。
「さて、そろそろ本題に入ろうか」
ロウ兄が切り出す。三人共、私に向かって問う。
「「「で、その格好は?」」」
私はこれまでの経緯、種族がヒューマンであること、キャラエディをしなかったことを告げる。
「すると、そうなったわけだ」
リンドが、銀髪を除いてリアルと同じ私を見ながら言うと、
「髪色以外変わっていないじゃない。このゲーム、声もリアルと一緒よね」
と、ハル姉が私の体をペタペタ触りながら言う。
(うん、何で執拗に胸を揉むのかな? 私の貧相なモノよりハル姉には立派なモノがあるじゃない)
「キャラエディ機能はチュートリアル後には無かったはずだよな。この場合だと、GMにコールするか?」
ロウ兄がそう問いかける。
「それでもダメじゃないかしら。一応、キャラエディ時に、再三コールされてたわよね」
ハル姉が私を解放し、そう返す。
(確かに……キャラエディをスキップする時に、プライバシーについて二重に警告されたし、スキップ後の一切の問い合わせにには応じないとも言われたっけ。データのリセットもできないし、どうしようもないな……)
「GMコールも当てにできないか……こうなったら……ゲームをしないという選択肢がある」
(それは嫌)
「どうしたい、オトハ?」
ロウ兄が私の瞳をまっすぐ見つめて言う。ハル姉もリンドも黙って私を見つめる。
「私は……」
私は、どうしたい?
思い出せ。まだ一時間もプレイしていないけど……この世界であったことを。
チュートリアルの平原では? 初めての【変身】をした時に感じたあのドキドキは?
広場での光景は? 視界が開けた時のあの興奮は? このゲームの可能性を感じた時の感情は?
ドラゴンは? あの圧巻の迫力に思わず拍手してしまった時のあの胸の高鳴りは?
ペガサスの空中飛行は? 空の只中で感じたあの幸せは?
そして……久しぶりに四人で集まって感じた懐かしいこの気持ちは?
全て、本物だ。仮想現実であっても思い出も、思いも全て本物だ。
「私は……このOtohaでこのゲームを、Trans Fantasy Onlineをプレイしたい」
私も、ロウ兄の瞳をまっすぐ見つめて言う。
ロウ兄は私の瞳を何かを確かめるように見つめる。そして、
「よくわかった」
と言いながら、大きく頷く。ハル姉とリンドも頷いている。
それと同時に、耳元でコール音が鳴り響く。
『プレイヤーの皆様、残り十秒で未開発領域の解放が行われます。四、三、二、一……Trans Fantasy Online全機能解放、グランドクエスト:ビフレストの攻略』
システムコールを聞きながら、私は思う。
(この思いがあれば大丈夫。ヒューマンであっても、Otohaであっても、この世界を生きていく)
私の、転生の冒険が始まる。




