Species4
ペガサスは蛇行しながら、でも決して私を落とさないように街の東の外れに向かっていく。蛇行しているといっても追ってくるプレイヤーをまくためであり、五分もするとそれもいなくなった。
速度をやや緩めながら直進に変わる。それでもペガサスの飛行速度は中々のものだが、ペガサスのバフなのか私を包み込む淡い光のエフェクトが頰を切るような風を、髪と、ついでにスカートをなびかせる程度のやさしいものへと変えている。
スカートは意地でもなびかせたいようである。
私にも少し余裕ができ、改めて周囲を見渡す。
天を見上げれば吸い込まれそうなぐらい蒼い晴天に、発達した積乱雲、眼下の大地には広大な平原で農作業をするNPCに、果樹園なのかトレントやその他の小動物などのMOBが思い思いに動いている田園風景が広がる。
風を感じ広大な空と大地の中心に位置する私は、これ以上ないほどの開放感とともに空を飛んでいるんだと強く実感した。ふと、気づくとペガサスの周りには現実では見られない姿の小鳥が何羽も集まっている。
気をよくした私はTFOのOSTの一つのメロディをハミングする。すると、小鳥達も私に合わせてさえずりをしてくれた。
(歌系のスキルあったら絶対取ろう)
ひとしきり歌い終わると小鳥達は離れていったが、一羽の小鳥が私の手元に羽を一枚渡してくれた。羽を何とかイベントリに収納しながらお礼をいって別れる。
ペガサスも東の安全圏と未開発領域の境界付近に差し掛かり、渓谷の谷間に降り立っていく。ここはもうほとんど大自然だ。
降下地点には先ほど走り出していた二人のプレイヤーが待っていた。
男性の方は、野性味のある顔立ちに赤色の短髪、筋肉質ではあるがスリムな体形をしており、褐色の肌には顔を除いて全身に紅く輝く紋様を浮かべている。
女性の方は、鋭さを感じるも美人な顔立ちにストレートロングの黒髪、ほっそりとした体形をしており、青みがかった肌には透明な紫色のエフェクトが薄くかかっている。
私を降ろしたペガサスも【変身】を解く。背中には純白の翼とフサフサした立派な尻尾を持ち、整った顔立ちにサラサラなミドルの銀髪、スリムな体形をしており、エメラルドの瞳は色白の肌の中で冴え渡っている。
三人とも、キャラエディをしていないのだろう。私のよく知る面影が随所に見られる。
「おい、ひょ……ぐえっ」
褐色の肌のプレイヤーが何か言いかけるが、私はそいつを突き飛ばしてもう二人に抱きつく。
「太陽兄にい〜、千春姉ねえ〜!」
「久しぶりだな、氷菓」
「元気にしてた、氷菓ちゃん」
私達三人が再会を喜んでいると、地に伏したままのそいつー林道が、呟く。
「俺は? 俺には何かないの? 炎天下の中、町中を走り回ってお前の分のロットを確保した俺にはタックルですか?」
「あんたは毎日会ってるし、ロットの件はお昼ご飯を用意してあげる対価ってことにしたでしょ。あと、食器は洗ってください」
林道の両親は共働きで家を空けることが多く、休日などは、千春さんが大きくなるまではよく私の家でお昼ご飯を共にしていた。
その千春さんが京都に行ってからは、学校がある時はお弁当を、休日などは一品を、私が代わりに作っているのだ。今回はそれを利用させてもらった。
「はいはーい、リアルの話はリアルでしようね」
(むむ、確かにそうだ。ここで必要以上にリアルの話の話をするのは無粋だった)
「痴話喧嘩も禁止よ〜。……それに、そんなものを見せられたら相手の男を絞め殺したくなるわ。氷菓ちゃんに近寄る虫はアタシの弟であろうと叩き潰す」
(ひ、ひえ……何か世界が暗くなって、千春さんのエフェクトが凄みを増しているんですけど。男二人は青ざめてるし)
「ま、まあハル、落ち着け。ここでは俺達三人で、リアルではこいつが見守るということでいいだろ? なっ、リンド?」
「ハッ、イエッサー! このリンド、全身全霊をもってして氷菓様をお守りさせていただきます」
林道は千春さんに向かって直立敬礼でそう言い切った。千春さんもそれを見て、いつものほんわかお姉さんに戻ってくれる。
リンドはほんの少しだけ、ロウ兄は少しだけ、ハル姉はかなり、私に対して過保護気味だ。
(恥ずかしいからやめてほしいです。私、もう十六歳なのに)
「私はオトハ、O ・t・o・h・aだよ。ハルとリンドでいいの? 太陽兄は?」
私が空気を戻すようにそう言うと、千春さんと林道が首肯する。
「俺は、ロウだ。R・o・u、H・a・r・u、R・i・n・d・o・uだな」
(二人は結構そのままだね。太陽からの陽で陽炎カゲロウ、そこからロウかな? 呼び名はロウ兄、ハル姉、リンドにしよう)
「も〜、びっくりしたわよ。オトハちゃんを探していたら距離も離れてたのに、いきなり、俺の妹がピンチだ、とか言って【変身】して飛んでいっちゃうんだから」
「俺の妹が他のプレイヤーにたかられかけて、あまつさえゾンビに怯えていたんだ」
「ねえ、そのゾンビ、特徴覚えてる? あとでPKしてやるわ」
ロウ兄とハル姉がそんなことを言い合っていると、リンドが口を挟む。
「ロウさんにハル姉ちゃんも、そんなことより他に話すことがあるだろ」
「そんなこと、そんなことって!? リンド、あんたも弟だろうがPKするわよ」
ハル姉がリンドの首元を掴んで揺さぶりながら言う。
その会話を聞いて、まだお礼を言っていなかったことに気づく。
「あの時はありがとう、ロウ兄。それと二人とも、迷惑かけちゃってごめんなさい」
「気にするな、兄貴として当然のことをしたまでだ。それに、はぐれた時の待ち合わせ場所は決めていたしな」
「そうよ、気にしなくていいのよ」
「気にするな……それに、いいものも見られたしな」
(三人とも優しいなあ。ん? リンドがボソッと何か呟いた? いいもの? ……っは!?)
「見た、リンド?」
私はスカートを押さえながら、キッとリンドを睨む。頰が熱い。
リンドは瞬時にそっぽを向く。耳が赤くなっている。私達のその様子を見て、ハル姉が察したようだ。
そう、スカートの件である。私はリリースから三十分で五千人近いプレイヤーにとんだ醜態を晒してしまったようだ。
「PK確定ね、弟よ。手始めにここで絞めておきましょうか」
リンドが逃げようとするも、ロウ兄に即座に捕縛される。
その後しばらく、渓谷には悲鳴が轟くこととなった。




