俺の名は
悪魔様は俺たちを作った。なぜ作ったのかというと、この世を絶望で満たすためらしい。そういうことならば、悪魔様のために、人々を絶望に追い込む仕事をしようじゃないか。
俺はどこに行こうか考えた。俺の名前は「に」だから、にの付くところが良いよな。に、にー、にー…ニカラグア、ニジェール、日本?うーんよし、日本決定!
日本を検索していると、面白い団体を見つけた。「珍名研究所」というのだ。珍名の何を研究するんだろ?よし、ここに潜り込んで、珍名のやつらを絶望させてやろう。もともと珍名ならばやりやすそうだ。変な名前のヤツをさんざんバカにしてやれば、きっと人間たちは涙目になるだろう。
「こんにちはー」
その研究所の扉を開けると、玄関からすぐに部屋が見えた。柔らかい色の絨毯にパイプイスが20脚ほど丸く並んでいて、若いのから中年くらいの人間が座って、和やかそーに話していた。その顔が一斉にこっちを向いて、全員菩薩のような笑顔で俺を迎えてくれた。
ちょ、こえぇ。
すぐに部屋に通され、俺のためにパイプイスが一脚用意された。座れってことだな。明るい白っぽい部屋の真ん中で笑顔の中に座るって、すげぇ居心地悪そう。俺こういうの苦手なんだよな。
若い男が一人立ち上がっていた。どいつもそうだけど、コイツはその中でも一番、親切そうな優しそうな人懐っこそうな顔をしている。
「ようこそいらっしゃいました。お名前をどうぞ」
自己紹介か。えーっと、本名で良いんだよな。円になった全員がこっちを向いている。ドキドキするぜ。
俺の名前は悪魔様が付けた名前だ。同じ日に3人作られた真ん中が俺。兄貴が「いち」俺が「に」弟が「さん」って名前だ。安直過ぎ。
俺は立ち上がると、挨拶代りに全員をジロりと見回した。ああ、これからこいつらを絶望に追い込んでやるかと思うとうはうはするぜ。俺はスッと息を吸うと大声で言った。
「俺の名前は、にだ!」
正面の男が目を見開いた。その横の女が小さく「まあ!」と言って口を押えた。反対側の男はハッと短く息を吸い込んだ。みんな驚いたんだろう。一様に驚嘆の表情を見せた。それから、すぐに口々に喋り出した。
「ニダ?」
「ニダですって!」
「ニダさんだね?」
「おお、珍しい!ニダとは」
ちょっと、違う、と言いたかったが、言えないくらいどいつもこいつも口をせわしなく動かし続けた。
「ニダって、韓国語ですよね?」
「韓国の方?」
「なんとかニダって言うものねぇ」
「違う!」
やっと口を挟んだけれど、どうもちゃんと分かってない。
「まあ、日本人なのにニダさんなのね」
「だから、違うって、俺の名前は“に”だ!」
「だから、ニダさんでしょ?」
「違う、に、だよ」
「ニダヨ?」
「名前、変わったわ」
変えてねぇ。なんで通じないんだ。一文字じゃダメなのか。
「違うって言ってんだろ、に!だよ」
「だから、ニダヨでしょ?」
「ニダヨじゃねぇ、に、だって。数字の2だ!」
そう言うと、やっと分かったらしい。低い声で「おお~!」と全員がうなった。分かってくれたなら、良いんだ。
またあの若い男が立って他の人間を制するように手を振った。それで全員ソイツを見た。
「まあまあ、初めて来た方に、そんなに言ったら驚いてしまいますよ。さ、数字のニダさんに、自己紹介をしましょうか」
数字のニダって誰だよ。結局通じてねぇじゃねぇか!
俺の本名と渋い顔を無視して、奴らの紹介が始まった。
「まず、こちらの3人は読み方が珍しい苗字です」
「雲丹です」「薬袋です」「一寸八尺です」
「それから、こちらは日本に数世帯しかない苗字の方です」
「奥深山です」「高奈です」「戸久世です」「大王です」
「あと、こちらはフルネームが珍しい方です」
「苗字と名前が同じ美甘蜜柑です」「上から読んでも下から読んでも水上和美です」
ま、マジで?マジで?
俺はあんまりにもソイツらが珍しすぎて、バカにしてやろうという目的を思い出すことができなかった。
思い出した時にはもう、俺の名前に話題が戻ってきてしまっていた。
「いやー、それにしても、お名前が一文字で“に”だなんて、こんな珍しい方は見たことないですね」
褒められてるのか?なんだか嬉しくなってきた。
「兄貴は1で、弟は3なんだ」
「ほう、良い由来ですなぁ。それでも、には一文字ですから、珍しさではピカいちですな」
「非常に興味深い」
彼らは口ぐちに俺を褒めた。やっぱり認められて褒められるってのは嬉しいことだよな。
俺はふと思った。
人間に絶望を与えに来た俺だけど、絶望なんか良くないんじゃないかってさ。だって俺は自分の名前があまりにも安易につけられて、ちょっと嫌だったけど、こうやって褒められたら、すげーいい気分で嬉しかったんだよ。
だから、絶望なんかやめやめ!それより、コイツらみたいにさ、前向きに、希望を与えるようなことができればそっちのほうがずっと良いじゃないか。
俺は考えを改めた。悪魔様には悪いが、俺は絶望じゃなくて希望を振りまこうと思う。
俺はあの若い男と仲良くなった。彼の名前は“十 一”だそうだ。十は俺と一緒に暮らしてくれることになった。
彼は天使様に作られた11番目の使いだということだ。なんだ、俺たちって似た者同士だったんだな。これからも、仲良くしてくれよな。
こうして俺たちは、珍名研究所を大いに盛り上げつつ、日本中の珍名さんを幸せにすべく働くようになった。
友だちの名前総出演だったりしますw