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水晶のコード  作者: ゆずさくら


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(27)

 しかし状況は変わらない。

 エレベータはどんどんフロアを上がっていく。

「逃げないと、この建物から逃げないと」

 緊急ボタンを押して、停止させようと思った時に、エレベータが止まった。

 ゆっくりとエレベータのどドア開くと、廊下の先に所長が立っていた。

 所長はうつむいて、髪が顔にかかっていた。

「まさか……」

「私が呼び出したのよ」

「所長、今どんな人が入り込んでいるか……」

「知っているわ」

 所長は顔を上げた。

 長い髪から顔が見えた。

「猟銃を持った男、そして復讐に狂った上条くん」

「じゃあ、なんで……」

「知世。あなたははどこに行こうとしているの?」

「な、なんのことですか?」

「動揺してる」

 何故、そんなことが分かるのか……

「分かる訳ないのに」

 そうだ、分かるわけがない。カマをかけられたのだ。

「しまった……」

「やっぱり。相当遠いところなのね。もう帰ってこないつもり」

「……」

「どうして私に言ってくれないの?」

「信じてもらえそうにないからです」

「信じられないかもしれない。けれど話してほしい」

 所長は近づいてきて、手を握った。

「あなたを愛しているから」

 息が止まったような気がした。

 胸が締め付けられるような感じがして、息が出来ない。私は中島先生の愛を受け続ける、可愛い女ではいられない。

 それに、この世の死を受け入れられない。

 所長はハンカチで私の顔についた血を拭った。

「水晶のコードです」

 ハンカチを持つ手がとまった。

「水晶のコード? 今作っている、光ファイバーのことを言ってる?」

 言い換えをして言葉としては伝えることが出来るかもしれない。

 けれど、信じてくれるかはわからない。

 やはり無理だろうか。

「続けて」

「私達の世界を、コードで読めてしまう力」

「コード? さっきからのコードは、ケーブルじゃないのね? 記号か暗号か…… ソース・コードのこと?」

 私はうなずいた。

「ソースコードで読み、書き換える力があるんです。その世界の人達から、命の交換を申し込まれました」

「命の交換?」

「私がその世界に行き、その世界のある人物がこちらの世界にくる」

「……」

 所長と私は、研究室へ入り、向き合ってお互い椅子に座った。

 所長は肘掛けに腕をのせ、あごを手のひらにのせている。

 何か考えているようだった。

 信じられる話ではない。

「そんなこと、信じられない」

「ええ、でも……」

「もしあなたがその力をもつ世界にいくのなら、こちらに戻ってこれるじゃない?」

「コード管理プログラムに排除されてしまいます」

「何それ?」

「この世界を裏で管理するものです。もしこちらの世界のコードを書き換える力がどんどん働き出したら、物理法則も何もかも崩壊してしまいます。それらを守るものがいるのです」

 所長は笑い始めた。

「あなたがファンタジー小説を読んでいるのは知っているけど。そんな馬鹿げた話……」

「私は本気です」

 私は苛立ち、所長の言葉を遮るようにそう言った。

 そう言うと、うっすらとだが、見えている風景が変わってきた。

 もうすぐ水晶のコードが読み出せる……

 多分、後何分もかからないだろう。

「!」

 部屋外でカードリーダーの音がし、錠が軽い音をたてた。

 扉が開くと、そこから長い銃身が現れた。

「ひっ……」

 銃身が動いて、扉が全開すると、男がたっていた。

 顔には格闘のせいか、あちこち血が滲んでいた。

「上条」

「所長もいらっしゃいましたか」

「何を持っているの? 気でも狂ったの」

「ええ、この坂井という女が、毎日毎日ネチネチネチネチと嫌味を言いやがるから……」

 扉がしまると、また軽い音がして錠がかかった。

 私は立ち上がって、部屋の奥へ逃げた。

 もう少し……

「犯罪よ、猟銃なんて」

「いいんですよ。もう一人殺してしまったから」

「!」

 立ち上がって止めようとした所長を、銃身で殴りつけた。

「ほら、止まりな坂井先生。止まらないと所長を撃ち殺すぞ」

 机の上にうつ伏せにした所長の後頭部に銃を突きたてた。

「止まって、こっちに来るんだ。めちゃめちゃにしてから殺してやるから」

 私はゆっくりと上条に近づいた。

 見えている風景に、オーバーレイして文字が浮かび始めている。

「ほら、自分でパンツおろして、ケツを向けろ」

「そんなことさせない!」

 所長が体を起こそうとした瞬間、上条は背中に肘打ちをした。

「うぉっ……」

 手にかけていた高電圧を発生する装置を上条に押し当ててスイッチをいれたのだ。

 しびれたように銃を離したが、上条が体を震わせたせいで、装置を落としてしまった。

「ちっ、なに……」

 上条は気を失うほどではなかったが、仰向けに倒れていた。

 今しかない。私は逃げようとして扉に走った。

 そして扉のノブを回すが開かない。

「そうか」

 カードを当てるが、エラーの音がする。

 そうだ…… この部屋に入る時、所長がカードを当てて私はカードを当て忘れた。

 入る、と、出る、が一致しないと開かない……

 またあのエラーだ。

「この棟の設備が俺の味方をしたようだな」

 足を引きずるように上条が近づいてくる。

 猟銃男との格闘で怪我をしたのだろうか。

「まさか先生が、あの高電圧の装置を持っているとは思ってなかったよ。落としたのは知ってたけど」

 私は両腕を取られて上に上げられた。

 そのまま上条が扉へと押してくる。

 顔が近づく。

 水晶のコードが…… 見えない。

「私に恨みがあるんじゃないの?」

「恨んでいるさ。もう何度も説明したろう」

「そんな人の顔に口づけ出来る神経が分からない」

 上条が左手を離したかと思うと、そのまま平手打ちをした。

「こうして欲しいのか? これなら満足か?」

 その左手がポケットに入ったかと思うと、カッターを取り出してきた。

「俺に無理やり口づけされる方が屈辱かとおもったからそうしようと思っただけさ。お望みならもっと暴力的に振る舞うことも出来るぜ」

 刃先を下に向け、私の襟元に差し込んだ。

 繊維が切れていく音がする。

「殺す前に楽しませてもらうから」

 カッターがお腹の下あたりまで切り裂くと、上条は私の服を両手で開いた。

「へっ…… へへっ……」

 私は自由になった右手で上条のほおを叩いた。

「ふざけんなよっ」

 上条の拳が、私のお腹に叩き込まれた。

 苦しくて体を折り曲げながら、床に倒れた。

「おとなしくされるままにしろ」

 あっ…… す、水晶のコード。

 私は無意識に読みはじめた。

 上条は私の下着を外し、自身の下着も脱ぎはじめた。

 私はその上条の頭から足先までにずっとオーバーラップして見える、水晶のコードを読み続けていた。

 声には出ていない。しかし確実のそのコードが読まれて、実行されていくのが分かる。

 上条は私の足の間に体を寄せてきた。

 その時、大きな音がした。

 上条の体が、血まみれになって私の上に倒れ込んでくる。

 大きな音のせいか、音が聞こえない。

「(帰ってきて)」

 所長はそう言ったようだった。

「(必ず戻ってきて)」

 猟銃をもったまま、所長は泣いていた。

 私は水晶のコードを読み終えると、この世の意識が消え去っていった。

 

 

 

 私が読んだ水晶のコードにより、世界中の水晶の動きが変わってしまった。

 存在する水晶が発振しなくなったのだ。

 この性質(コード)がもたらす変化は致命的なものだった。

 水晶が作り出す矩形波が、デジタルデバイドの肝になっている。

 コード管理プログラムも、その大きな混乱によって、私が消え去ることと、女王がこの世界に転生することを追うことは出来なかった。

 世界に起こる大規模な混乱をただ見つめるしかできない。

 発振しない水晶は、全世界のコンピュータを停止させた。

 D−RAMは記憶を失い、狂った電子回路は磁気記憶装置や、不揮発性メモリにも傷を付けた。

 コンピュータで制御された航空機がコントロールを失い、コンピュータでやりとしている通信はすべて意味のないものとなった。

 重要な取り引きが失敗し、航空機を始めとする電子制御の乗り物が事故を起こした。

 墜落に次ぐ墜落。

 何も動かない静寂と、制御出来なくなって起こる悲鳴。

 制御出来ない列車は衝突し、スマフォやテレビ、カメラも動かない。

 アナログなものは動いたかもしれないが…… それが今何台あるというのだ。

 私がこの世界から消えつつある間、世界中の悲鳴を聞き続けていた。

 通信すら出来ない為に、他の誰かが、今、どうなっているのか、知るすべもない。

 世界中の大事故は報道出来ないし、自分が載っている飛行機が落ちていくのかもわからない。

 水晶の棟で、中島所長は目の前の情景を見て、自分がなぜ猟銃を持って、上条を撃ち殺したのかを考えた。

 ついさっきまで覚えていた、そんな気がする。

 大切なものの為に……

 それ以上の考えが出てこなかった。

 大切なもの……

 それは何だったのか、思い出せないでいた。

 部屋を出ようと、カードリーダーにカードを当てるが何も動作するようすがない。

 水晶のコードが書き替わり、コンピュータが動作しないことが原因だった。

 中島所長にはそれを知る由もない。

 私は消えかかったている世界の中で、中島所長に手を伸ばしたが、消えた。

 

 

 

 私は突然玉座に現れた。

 女王との交換が終わったのだ。

 私にとっての、新しい世界。

 目の前に、黒服の老人が膝をついていた。

 前世で経験した記憶が蘇ってくる。

 まずい。

 この老人は、私を消そうとしている……

 老人が顔を上げるとニヤリと笑い、こう言った。

「あなたを女王とは認めない」

 すると、老人の背中側にいた者が、さっと長い筒をこちらに向けた。

 銃だ。

「やめなさいっ!」

 言ってもどうにもならない、そう思っていたのに、その言葉が口をついた。

 バンッと大きな音が広間に響いた。

 し…… 死んだ?

 私は胸に手を当てた。

 目の前に、もう一人胸に手を当てている人物がいた。

 それは黒服の老人だった。

「何故……」

 弾丸は貫通していないものの、背中に大穴を開けていた。

 吹き出した血が、老人の足元、そして撃った男の方へと流れていく。

「何故裏切った……」

「初めから裏切っていませんよ。あなたに仕えるものはもういない」

 黒服の殺し屋が、顔を覆っていた布を取ると、老人は最後の力を振り絞って指さした。

「お前…… か……」

 老人はうつ伏せに倒れ、起き上がることはなかった。

 長い筒を持った男が代わりに私の前にやってきて、ひざまずいた。

 私は男の声に聞き覚えがあった。

「危機を救ってくれてありがとう」

「当然のことです」

「前の世界で救ってくれた甲冑の男はあなたですね?」

 男は小さく頭を下げた。

「この世界に来たばかりで、わからないことだらけです。これからも助けてくれますか?」

 男はもう一度、頭を下げた。

「お願い、顔を上げて。普通に話せる人が必要なの」

 男が顔を上げた。

「ほらっ」

 手であおぐように仕草すると、男はゆっくりと立ち上がった。

 私は指で男の脇腹をつつき、言った。

「笑いなさい。女王の命令よ」

 意味がわからない、と言った感じに戸惑っていたが、しばらくすると男はニッコリと笑った。

 世界を水晶のコードで破滅させてしまった過去、女王の代わりとしてやってきたこの世界の未来。二つの巨大な不安に押しつぶされそうだった私の気持ちが、男の笑顔でほんの少しかもしれないが、救われた。

「さあ、行きましょう」

 そして私は玉座から、この世界での初めての一歩を踏み出した。




  終わり

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