(25)
「なんだ?」
「先生の胸やわらけぇなぁ」
「いまのはなんだ?」
上条がタブレットを操作して何かを調べている。
けれど何も分からなかったようで、私の周りに群がっている男たちに言った。
「おい、見てこい」
「必要以外に部屋を出るなって」
私のスラックスを下げようとしている男が上条に言い返した。
「見てくるって用事があるだろう。必要なんだよ」
「まだ脱がす途中だ」
「いいから見てこい。怖いなら全員で行ってこい」
「上条さんこそ怖いんじゃないですか?」
上条は護身用の高圧電流銃を取り出して、バチバチやってみせる。
「はいはい。臆病なんだから。ほら、みんないくぞ」
「上条、先にヤルなよ」
「そこのキャップを開けて解錠して、そのまま扉は開けていけ」
「へ?」
私にも意味が分からなかった。
しかし、上条が睨みつけると、男たちは従った。
「わかったよ」
「カードで出入りすれば部屋を出たのがバレる」
「ここまでやって警備員を怖がる必要ないだろ……」
「ふん…… そういうところに気が回らないから、お前らはダメなんだ」
上条も男たちの後をついて、廊下を見に行った。
とりあえず、少しの時間の猶予が出来た。
腕を引っ張ったり、体をねじり、足を振ってみるが、何も緩まないし、切れなかった。
「ダメか……」
エレベータが止まった音がした。
「俺の庭に、研究棟なんて作りやがって……」
声に聴きおぼえがあった。
確か……
「お前! 見つけたぞ」
研究室の外から声がした。
「なんだお前? お前も坂井先生とやりてぇのか?」
「黙れ!」
耳がおかしくなるような大きな音が響く。
残響のせいか、何も聞こえないところで、床に何かが落ちたような音が小さく聞こえた。
「アイツはどこ行った。甲冑を付けた男は?」
猟銃を持った男だ。間違いない。
「隠れていても無駄だぞ。今度は出てきた時に撃つ」
私の頭の上の方から覗き込んでくる。
「出てこなければ…… この女を撃つ」
どれだけ脅しても、ここに甲冑の男はいない。だから出てこれない。
あの時のように、私が望んで出て来るだろうか? そうしなければ、私は撃たれてしまうだろうか。
「いないわ。甲冑の男はいない」
「あの時は酷い目にあった。俺の庭に研究棟をつくったお前らが悪いのに」
「あなたの庭じゃない」
「使っていたのは俺一人だ。だからあそこは俺の庭だ」
そうだとしても研究棟は庭に作られたものではない。
「この研究棟は庭に作られたものではないわ」
「うるさい! 一発くらいたいのか?」
銃口を体に向けられた。
上条達がいなくなって助かるかと思っていたのに、今度はこの狂人に撃ち殺される危険が出てきた。早くコードが読める状態になれば……
目を閉じて、思い出せる限り、あのコードを想像してみた。
呼んだことがない文字は、思い出すには不完全で、読むまでには至らない。
「甲冑の男はっ!」
まっすぐ銃を構え、あちこちに振り回す。
「どこだっ!」
引き金に指を当てたまま、廊下の方をじっと見ている。
この猟銃男に手足のケーブルをほどいてもらえないだろうか、と考える。
「呼ぶから、呼ぶからこのケーブルをほどいて」
「自由にしたら逃げるだけだろう」
銃口を廊下に向けたまま、男は答えた。
「呼び出すのに何故手足の自由がいるんだ」
「じゃ、じゃあ…… そこに落ちているカードを拾って」
「騙されないぞ」
「この建物には人を呼び出す方法があるの」
林の時のように、警備員に知らせれば…… もしかしたら助かる……
猟銃男は、私の手を跨いで落ちているカードを拾った。
「カードをどうするんだ」
「廊下に出る扉の横に光っている小さな機械があるでしょう」
カードの読み取り装置の方へ歩いていく。
カードを当ててしまおうとする。
「待って!」
『ピ、ピピピピピ』
「おい、なんだこの音は! 騙したな?」
やばい、殺される。コード、コードを早く読まないと、水晶のコード……
ダメだ。とにかく時間を稼がないと。
「落ち着いて、落ち着いて。私はカード操作をしないまま地下に連れてこられたから、エラーになっただけよ」
「人が来る、扉を閉めないと……」
「大丈夫。大丈夫だから、落ち着いて操作をして」
「誰も来ないわ。甲冑の男を呼び出す方法を言うから」
男は背中を壁につけ、廊下の先を見ようと必死の形相だった。
「……言ってみろ」
「カードを押し付けて、その装置が凹むくらいに。そのまま5秒待って」
「へこむか? 固い感じだが」
「やってみて」
男は片手を引き金に置いたまま、不器用にカードを押し付ける。
三、四、五秒…… たぶん行けたはずだ。
これで警備室にはここの異常事態を知らせることが出来たはずだ。
「来ない。甲冑のおとこが来ないぞ」
「人がきたらイヤなのに、甲冑の男は来ていいの?」
「そうだ! 甲冑の男に復讐しないと気が済まない」
この状態で警備員が来て、果たしてこの男をなんとかできるのだろうか。
「来ないぞ! くそっ!」
急に私の方に銃口を向けた。
バンッ、と、耳がおかしくなる程の音が響く。
痛み、痛みは…… ない。
「(くそっ、甲冑の男を呼べ)」
猟銃の発射音で耳が変になっているせいで、男の声が小さく聞こえる。
バンッ、バンッ、と続けて音がする。
男が近づいてくる。
私の頭の上から覗き込むと、カードを落とした。
「(早く呼び出せ)」
「えっ?」
「ケーブルを切ったろうが」
私は手を引き寄せると、たしかにケーブルが切れていた。
縛り付けられているケーブルをほどいて外すと、私は立ち上がった。
引っ張られ続けていたせいか、立ち上がり、歩こうとしてフラフラとよろけてしまう。
猟銃の男は、私の背中に狙いを付けている。
「早くしろ」
さっきの操作で警備には信号が行っているはずだ。
今度何かして、甲冑の男がここに来ないと男が何を始めるかは予想がつかない。
それにこのカードはさっきエラーになった通りどこへも行けない。
説明を受けた通り、入る操作と出る操作がペアになっていないからだ。
これを直すには……
「ちょっと待って。さっきあなたがここでカードを操作した時、ピ、ピピピピピ、ってなったわね」
「そうだったか?」
「最初に間違えてカードをあてた時よ」
「そんな気もするが」
銃を構えたまま、会話は続く。
「あれは、エラー音だって言ったでしょ。エラーを直さないから、呼び出せないのよ」
「なら、エラーを直せ」
「エラーを直すには、パソコンからやるのよ」
私は実験室の端にあった端末を指さす。
銃口はそのままで、男はチラッその方向を見た。
「余計なことはするな」
「エラーを直すには時間が掛かるわ」
「余計な連絡を取ろうとしたら、撃つ」
「銃を向けられているのに、そんなことしないわ。パソコンの方へ行っていい?」
猟銃男は目を細めた。
「エラーを直さないと甲冑の男を呼び出せない」
私はそこを強調しすぎないように、控えめに言った。
「パソコンから直接呼び出せないのかよ。携帯とか」
甲冑の男はこちら側の世界の人物ではないから呼び出せない、とは言えない。
何か、わかりやすい例えで誤魔化さないと。
「やれるか、試してもいいの?」
「……いやダメだ」
「……」




