(24)
『何も言わずに、まず研究室にきなさい。会って話したいことも色々話もあるの』
「はい」
逆にいえばこの世を離れることが分かっているのだから、研究室にいったとしても問題はない。杏美ちゃんに何を思われようが……
すこし、この世界でやって置かなければならないことを思い出した。
研究室に行こう。
行ってはっきりさせよう。
私は研究棟に着くと、入り口で立ち止まった。
オートドアだが、近づいても開かない。
「どなたかお約束ですか?」
警備員から声をかけられる。
「いえ」
言いかけたところで、警備員が話しかけてきた。
「すみません、坂井先生でしたか。カードをお持ちではありませんか?」
カード…… そう言えば、テレビニュースが来た日に渡されたような……
「そう言えばそうでしたね」
バッグを探すと、カードが見つかった。クリスタルが描かれたデザインのカード。
「これですか?」
「そうです。仕組みもご存知ですか?」
仕組み、仕組みって、何か、ああ、操作抜けをすると出入り出来なくなるという話のことか。
「操作しないと出入りできなくなるという?」
「そうですそうです。扉が開いていても、かならずこのカードリーダーにかざしてください」
この棟が出来る前に打ち合わせで聞いた話だ。
操作抜けしてしまったら…… パソコンでロックを解除するか、警備員に連絡しないと出られなくなるのだ。
「はい。大丈夫です」
私は入り口のオートドア横にあるリーダーにカードをかざして開けた。
振り返ると、警備の人が微笑んでいた。
問題は、ここから自分の研究室までのルートを思い出せるかということだった。
入り口から中央奥のガラスの階段を上がっていくと、突き当りにフロアの案内図を見つけた。
ここはツインタワーの中央にあたる部分だ。
水晶のクラスターを模した建物は大きく西と東に分かれている。
私の棟は左、西の棟のはずだった。
エレベータを見つけて歩いて、上へ上がるボタンを押す。
エレベータが下りてきて、ドアが開くと私は中へ入った。
しかし、上のフロアのボタンを押すのだが、全く反応がない。
変だと思って、今度は1階のボタンを押すと光った。
更に下のB1Fは行けない。
私は一階と二階を何度か行き来した。
「!」
警備員から言われたことを思い出した。
『行けても行けなくてもカードをかざしてください』
もしかすると、カードをかざすところがあるのではないか。
そう思ってエレベータ内を見回すと、それらしき部分を見つけた。
「ここ?」
カードを当てると音がなった。
そして、目的の11Fを押すと、ボタンが光った。
「ふぅ……」
私はため息をつき、エレベータの中を見回した。
天井部分にカメラを見つけた。
きっとあの警備員が私がカードを当てるまでの顛末を見て、笑っていたかもしれない。
そう考えると、恥ずかしくてカメラ側を見れなくなった。
エレベータは静かに止まり、ドアが開いた。
ガラス張りで明るかった一二階の印象とは違い、11階は窓もなく暗い印象だった。
「坂井先生」
丸い廊下を歩いていると声をかけられた。
「どうしたんですか? ずいぶんと研究室には来られていないし。もう忘れてしまったんですか?」
「そんなことないわよ」
「研究は順調に勧めていますよ。もうすぐXS証券の光ファイバーケーブルは、全部光学異性体ケーブルに置き換えます」
話しかけてくるせいで、私は足がすくんでしまった。
「本当にどうしたんですか? 何か気になることでもありますか? 坂井先生」
「なんでもないわ、上条くん」
私の研究を一番理解し、考えに賛同してくれていた、と思っていたのに。
「この棟が立ってから、研究室来られてませんでしたっけ? こっちですよ」
上条は振り返って歩きだす。
私はそのまま動くことが出来ない。
「本当にどうしました? 体調でも?」
足が震えてきた。
この人には言って置かなければならないことがある。
「杏美ちゃん」
「……来てますよ。ほら、研究室に行きましょう」
「杏美ちゃんが部屋に私を入れたのは」
「?」
「杏美ちゃんに指示して、私を誘わせたのは」
「何の話をしているんですか?」
「上条くん、あなたが杏美ちゃんを使ってセクハラ騒ぎを」
上条の口元が笑ったように開く。
最初は声が出なかったが、次第に声を出して笑いはじめた。
「坂井先生、知ってたんですか? けど、まさか本当に手を出すとは思ってませんでしたよ。普通の人ならそんなことにはなりませんからね。杏美ちゃんがあんなことされたのは、杏美ちゃんのせいでも、ボクのせいでもありません。坂井先生のせいですからね。仕組んだからなんだっていうんですか? 酷いのはあなただ」
喋り終えると、また笑いはじめた。
確かに杏美ちゃんに猥褻なことをしたのは私だ。けれど、上条が杏美ちゃんにあんな誘うようなことをさせなければ決して起こることがなかったことも確かなのだ。
「私は許さない」
上条の笑い声が、更に大きく響いた。
「許さない。そうですか。許さなくてもいいですよ。もう研究室は実質私のものだし、研究成果も同じ。あなたは何もかも失ってますからね」
「人間として軽蔑する」
「負け犬の遠吠えは得意でしたね。もうそんな言葉で苛立ちませんよ」
「あなたは研究者とか、そういう者である前に、人格が歪んでいるのよ」
上条の笑い顔が消え、顔の筋肉が引きつるような感じがした。
「口が減らない女だな、まったく。前から言いたい放題、思ったことを口にして。周りがどれだけ傷ついているのかなんて気にも止めない。もうあんたの負けだってことを思い知らせてやる」
上条が上着の下に手を入れ、まるで銃を抜くかのようなアクションをとる。
殺される……
銃口をさけるようにしゃがんだところに、何か冷たいものを当てられた。
「!」
首のあたりが痛くて、目を開けた。
痛いところに触れようとしても手が動かない。
最初の内はぼんやりとして、焦点が合わなかったが、何度かまばたきしているうちに周りが見えて、感覚も戻ってきた。手だけなく、足も縛られている。手と足を縛っているのは、何度かみたことがある試作の光ケーブルだった。
おそらく、ここは実験室だ。
研究室のある11階ではない。もっと低層階に移動しているということだ。
「目が覚めた?」
上条が頭の上の方向から覗き込んできた。
「何をしたの?」
「分からなかった? 高電圧で気絶させる機械だよ。護身用にもっているのさ」
そう言ってニヤついた顔が気に食わなかった。
「何をしたの、も、そうだけど、これから何をされるかを聞いた方がいいんじゃない?」
上条はわざとゆっくり顔と目線を動かした。
そっちをみろ、ということらしい。
「坂井先生、よくまあ俺のソースコードに色々いちゃもんつけてくれましたよね」
「先生口が悪くて、ボクらいつもイライラしてたんすよ」
上条の視線の先には、研究室で実験をしてくれていた男の子が、五人ほど立っていた。
「上条さんが坂井先生に復讐させてくれるっていうんで、下りてきましたよ」
「別に先生なんか全然好みじゃないっすけど、輪姦すなら、ね」
一人一人の表情が、今まで見たことがないような残忍な表情をしていて、ゾッとした。
「実験中はこき使ってくれたよな」
一人が走り込んできて左脇を蹴りつけた。
「あっ!」
脇腹だけでなく、縛られ引っ張られている腕や足の部分にも衝撃が走った。
「おい! まだ合図してねぇぞ」
上条が言った。
「それに、服の上からやったら先生帰れねぇじゃねぇか。服脱がしてからやんだよ」
上条も完全に不良のような口ぶりだった。
助けて……
早くコードを読ませて。ここから抜け出させて……
手足を縛られていて、脱出する術はなかった。
林の時のように、カードを使って警備員を呼び出すことも出来ない。
「先生、服は破らず丁寧にぬがしてやっから」
「なんかワクワクするよ、復讐」
不器用な手が服の上を這う。
胸やお腹、お尻をなでては、ホックをはずし、ボタンを外していく。
『研究棟、研究棟、侵入者の情報があります。必要以外では部屋を出ないでください。繰り返します(ガンッ!)』
館内放送が流れたと思った瞬間、何か大きな物音がして途切れた。
ノイズのような小さい音が流れ続ける。




