(23)
遠くで微かな声がする。
『いや、ですから』
さっきの老人の声だろうか。
『とにかく探しなさい』
なんだろう、どこで話しているのだろう。
飛行機ではなく、ドラゴンが空を支配する世界。そのドラゴンを自由に使う人たち。
本当なら街中に出て他に何が違うのか見たかった。
「しかたない……」
城の中を見て回るので良しとするか。
街中をみるのは、女王になってからでもいいだろう。
ドアを押し開けようとすると、逆に引っ張られてしまった。
「おっと……」
ドアの把手を離し、転ぶ寸前で持ちこたえた。
引いた先には身をかがめた男が見えた。
「?」
何か光るものを持っているのに気が付き、後退りした。
はじめて感じる感覚で、なんと表現していいのかわからなかったが、おそらく殺気というものだ、と感じた。
壁に背中を付けながら、さらに奥へ戻った。
男は扉にくるりと前転して入ってきた。
もう一人、同じ格好をした男が、扉を回り込むように反対方向へ入ってくる。
そして、入ってくるなり、静かに刃物を構えた。
「殺し屋?」
ベッドの方を見て、一人が首をかしげた。
やばい。ベッドで寝ていないことが判ったら、今度は部屋中切りつけてくるかも。
私は慌ててドアを開けた。
「しまった、開けない方が良かったか?」
独り言を言ったが、おそらく殺し屋には聞こえていない。
ドアを出るべきか、出ないべきか悩んだ。
あっという間に、殺し屋はドアに戻ってくる。私はもう一度さっきと同じく、壁づたいに戻った。
ものすごいスピードで剣がドア付近をかすめた。
手応えを感じなかったのか、一人は扉から出ていった。
もう一人はドア付近から振り返って、部屋の中を睨みつけた。
出ても出なくても殺られてしまうのか……
足がふるえるのが判った。
見えない、聞こえないだけで物理的にはこの世界に割って入っているのだ。
城の人間とぶつかったように、城のある世界から、私を破壊することも出来るのだろう。
殺し屋と思われる人物は、部屋の中央でブン、と刀を振った。
「わっ……」
聞こえないからいくら話しても問題ないはずだが、思わず口を抑えてしまった。
何かを感じたのか、ベッドに行くと、ベッドを端から突き刺し始めた。
ドスドスと音を立てて、端から刀を突きたてていく。
半分ほど終わった後、殺し屋は枕を手に取った。
ベッドの支柱をつたって、軽々と天蓋の上立つと、枕を切り裂いた。
枕からは大量の羽根が広がり、床に落ちはじめた。
「!」
見えないけれど物理的にはぶつかる、例えば粉をまけば体が浮き上がって見えるはず。そういうことだった。
男は右に左に枕を振り回し、さらに羽根を撒き散らした。
私が移動すれば、羽根が動いてしまう。
どうしよう…… さっきの老人は私を殺そうとしているのだ。
女王が居なくなって、ドラゴンの統率ができなくなり、ドワーフやゴブリンが人に台頭してくる世界を望んでいる。
そうでなければドアを締めるなり、閉めれる部屋に通すはずだ。
羽根が床いっぱいに広がり、男はじっと床を観察している。
ドアから少し隙間風が拭いてくると、羽根がそこで舞った。
男は何を考えたのか、その隙間風に近づいていく。
『……』
私は何かが鼻に入って、ムズムズしはじめた。
ここでくしゃみをしたら、羽根が舞ってしまうかも……
止めようと口を手で覆うが、余計にムズムズが止まらなくなった。
「クシュン!」
指の隙間から、しかも床に向かって飛び出た息が、部屋の床に散らばっていた羽根を舞い上げた。
『そこかッ!』
ドアに向かっていた殺し屋は、私が舞い上げた羽根に気づいて振り向いた。
ダメだ…… 殺し屋は刀を振りかぶった。
私は目を閉じていた。
ドンッと大きな音が聞こえ、何も聞こえなくなった。
「……」
何も起こらない。
さっきの音のせいか、何も聞こえてこない。
『ヴゥッ……』
ようやく小さい音が聞こえると、顔に液体をかけられた。
顔を拭って目を開けると、突っ伏すように殺し屋が倒れていた。
よろよろと刀を使って立ち上がると、もう一度私に向かって刀をついた。
その時。
また大きなドンッ、という音がして、殺し屋はベッドの方へ吹き飛んだ。
ドアが開いて、そこには長い金属の筒が出ていた。
『誰に雇われた?』
筒が降ろされると、ドアから現女王が入ってきた。
『お前は誰に雇われた?』
殺し屋が握っている刀に向かって、金属の筒を振り下ろす。
『グアッ……』
たまらず刀を離すと、その筒で刀をころばした。
「女王……」
『分かっている。見当はついているが、証拠がないのだ』
足の根本に向けて筒を構える。
『誰に雇われた? 言わねば撃つぞ』
数字を言うと、容赦なく撃ち抜いた。
『さあ、もう一本やるのか?』
反対の足を向けて構える。
「も、もう意識がなくなってます…… 死んでしまったのかも」
『……あなたに引き渡す世界で誰に狙われているのか。それは判ったわね?』
私はうなずいた。
『ここで証拠を得て、裁いてしまえば簡単だったのですが』
「私と女王しか聞いていないですよ」
『それで充分だったんです』
気づくと、ドアのところに甲冑の男が立っていた。
ゆっくりと扉を開けると、片手に人を引きずっていた。
さっきの殺し屋の片割れだ。
『そちらは何か話しましたか?』
『いいえ』
『これではこちらの世界にきたくなくなってしまいますよね』
女王は私の方を見て言った。
「けれど、元の世界も死とは向かい合わせなのは変わらないから」
いや、どうなんだろう…… 同じくらい? こっちの方が良い死に方ではないかもしれない。
『この世界に来る前に、先にこの筒のさばき方を教えておきます』
目が覚めた。
そこは見慣れた自分の部屋だった。
しかし、この世界で、私は後はもうコードを読むだけの存在になっていた。
こちらの世界がどうなってもいい、そんな気がしたのだ。
あの後、女王に筒の使い方を教えてもらった後、私達は街や旧市街を回った。
向こうの世界で、女王が必要とされていた。
多くの民が女王の体を気遣っていた。
なんとなく、もう長くないことが民衆には分かっているようだった。
そして、迫りくる恐怖も見せられた。
黒い血を流す、灰色の肌の生き物達がいた。
幾重かの壁の向こうにいる連中だった。
ドラゴンの背中から見下ろしてみると、まるで見えているかのように睨み返してくる。
尽きない憎しみが渦巻いている。
女王の力が弱まれば、世界は争いに巻き込まれる。
女王は未来を読めた。しかし、私は……
『あなたの力は、私の代わりができるはずよ』
「コードを読む力?」
『あなたがこちらにくれば、世界のコードを読むことが出来るはず。それは未来を読むに等しい力です』
「世界のコードを読む」
旧市街や都市部はこの世界のほんの一部だという。
私の世界と同じような命がここでも生きているのだ。
もう自分一人の命ではなくなっている。
私がここで死ぬ訳にはいかない。
コードを読み、向こうの世界へ行かなければ……
けれど、すぐにコードが頭にうかんでくるわけではなかった。
それがいつ浮かんでくるのかが分からなかった。
現女王が出すタイミングなのか、私の心の整理がついた時なのか。
何がきっかけで読めるようになるのかは分からないが、次に読めるようになったら、迷わず読まなければならない、と心に決めた。
数日を家から出ずに過ごしていると、所長から連絡があった。
『光ファイバーのプロジェクトも最終段階なのよ』
「分かってます」
『分かっているのに研究室には出てこないのね』
「それは……」
私はもうこの世を離れる準備をしているのだ、とは 言えなかった。カウントダウンしているのに、研究に関わったらそれこそプロジェクトの為にならない。




