(22)
『……羽根が生えていて、顔や口は大きなトカゲのような、火を吹く怪物です』
「ドラゴンはわかるけど」
確かに私が立っているカゴの床は板状のものだが、左右広がっているのはウロコのついた翼だった。
そして、前方に伸びた首の先が曲がって、チラっとこちらを向いた。
「ドっ、ドラゴン!」
『大丈夫ですよ、完全にコントロールされていますから』
あたりは真っ白で、寒くて、少し震えた。
『少し下におりましょう』
老人が奇妙な声を上げると、再びドラゴンがこちらを、チラッと見た。
すると、胃の中がふわっと持ち上げるような感覚があった。飛行機がストンとおちる時のような。
「あっ!」
急に視界が開けた。
どうやら雲の中を飛んでいたようだった。
眼下には雪を冠した山々、大きな湖、そこから出ていく川の流れ、美しい木々が作り出す森。まるで地球と同じだった。
「綺麗」
『よかった』
老人はまた奇妙な声をだした。
ドラゴンは首を曲げて、こちらをチラッと見やる。
『しっかりつかまってください』
ドラゴンの上に乗せたカゴにしがみついた。
翼が風を切る音が大きくなり、顔にあたる風やしずくが痛かった。
景色が今までに増して速く流れていく。
雪山や湖の風景がなくなると、古い西洋の街のように、石でつくられた建物が並び始めた。
『ここは旧市街です。今も人が住んではいますが』
更に飛んでいくと、河口近くに大きなガラス張りの建物が立っている近代的な街が広がってきた。
「海!」
『こちらがインターセンという街です。こことさっきの旧市街の間にあるところに女王の土地があります』
「人はいるの? 小さくて見えない」
『街に出てみましょう。あなたは誰からも見られてないことを意識していてください』
海上まで出ると、旋回して陸地へ向かった。
下がるスピードが早すぎる、と思っていると、ドラゴンは海に落ちた。
着水は激しかったが、海上の方がドラゴンの乗り心地は良かった。上下には揺れず、大きな風切り音もしなかった。
そのまま大きな倉庫のような建物へ泳ぎ着くと、ドラゴンは停止した。
私達がカゴから降りると、ペタペタと登っていき、その屋根の奥へ行ってしまった。
「どこへ行ったの?」
『ご覧になりますか?』
私がうなずくと、老人は手招きをして扉を開けた。
扉の先には荷物ようのエレベータがあり、そこを上がった。
そのまま長い通路を歩いていくと、再びドアを開けた。
何人かの人が窓の方を向いて、マイクに向かって声を出していた。だが、一人が老人に気づくと、全員が立ち上がって老人の方を見て、頭を下げた。
何か一言二言、声をかけると頭を下げるのをやめ、仕事に戻った。
『どうぞこちらへ』
そう言うと、仕事をしていた人が老人の方を不思議な目で見た。何を言っているのか、誰に言っているのか、全く分からないのだろう。
窓の方へ寄っていくと、ここがさっきの大きな建物の屋根のあたりであることがわかった。完全に近づいて、窓から下を見た。
「こ、こんなに沢山……」
眼下には多数のドラゴンが羽根を休めていた。
コンベアのようなものから流れ落ちてくる餌に顔を突っ込んで食べていたり、大型の回転ブラシで体の手入れをされているドラゴンもいた。
『ここから、それぞれのドラゴンにフライトの指示を出したり、食事や休憩のコントロールをします。ここにいるのは全て飼いならしたドラゴンですが、野生のものもいますよ』
「へぇ……」
私が読む小説の中でもドラゴンが出て来るが、どうやってどこにいるのかまでは書かれていなかった。こんな飼育場のような建物があるとは…… というか、水に着水するとは……
『我々の世界です。この世界を守るには女王が必要です』
ドラゴンへ指示を出すオペレータが、老人の背中をじっと見て、私の場所を推測したように見つめた。
「女王はいるじゃない?」
『女王は…… はっきり言いましょう。もう長くありません』
「あんな若いじゃない?」
『あなたも充分若い。同じことです』
「まさか」
老人はうなずいた。
命の交換をするのだ。
私はこちらの世界に生き、女王は私の世界にやってくる。世界を移動するときに、病気を取り除いてしまうのだ。
「交換して、もう一度交換したら?」
『相互に移動するような特性があれば…… それも出来たのでしょう』
お互いに世界を行って返る力はないということか。移動してしまえば、そこまで。
帰り道をすすめる能力はないか、消えている。
それが出来れば、世界を牛耳るというか…… それはそもそも次元の違う生き物だ。
「そう……」
『あなたのそのコードを読む力はまさに女王の力です。ドラゴンの王を御する力』
「ドラゴンの王?」
『それだけではありませんが、最も強力な王を抑えられないと、ゴブリンも、トロールもやってきます。均衡は崩れ、争いが始まります』
部屋にいたオペレーター達が全員立ち上がった。
老人が頭を下げた方向に向かって、頭を下げた。
見えない私に向かって、女王になってくれと言っているのだ。
ドラゴンを抑えろと。
もう、引き返せない状況があった。
自分の世界側の犠牲と、こちらの世界の犠牲。
私の命と女王の命。
何が重くて、何が軽いとか、そんなことは言っていられない。
『さあ、次はどうなさいますか?』
「帰ります」
『少し時間がございます。それまで、女王の城でおやすみください』
別のドラゴンが待機していて、そのかごへ乗った。
水の上でスピードを上げると、今度は羽根を広げ、水の上を助走した。
勢いがついたところで、大きく何度か翼を動かすと、フワッと空中に上がった。
『インターセンと旧市街の間の川岸、岸壁の上に城はあります』
老人が指さした。
小さく城が見えた。
灰色のような、黒のような、重量感のある建物だった。
形は西洋の城のようだ。
上昇したドラゴンは、城の上をクルクルとと回りながら下りていった。
止まり木のような太い梁の上に、狙いすまして止まった。
背中のカゴにも、相当のショックがあり、もう少しで飛び出しそうだった。
『大丈夫ですか』
「ええ、なんとか」
ドラゴンが太い梁を横に移動すると、城から人が出てきて背中に階段をかけた。
老人がまずそこに降り立ち、私を受け止めてくれた。
階段を降りると、城の中へ入った。
誰にも私の姿は見えていなかった。
侍従なのか、城の使用人が、老人を避けた後、すぐに歩き出そうとして、見えない私と何度かぶつかった。
「いて」
『?』
見えていないだけで、物理的には存在する。そうでなければこの床を抜けてどこまでも落ちていくか、天井を関係なくどこまでも空へ登れるはずだ。
つまり、ロジック的に認知されないと言った方が正しいのかもしれない。
『申し訳ございません。後で気をつけるように言っておきます』
「私は見えないんだし、狭いところを進むのだから、しかたないですよ」
『おっしゃる通り、広い通路を通れればよかったのですが。なるべく人に会わないためにはこの通路しかなかったので。重ね重ねすみません』
そうやって曲がりくねった通路を通り抜けると、天井が倍になり、幅が五倍はあるかという廊下に出た。
そこを渡ると、大きなドアを開けた。
『こちらでお休みください』
天蓋のあるような大きなベッドだった。
この寝室だけで自分の家と同じくらい広い。
その何もなさ加減に落ち着かなかった。
『お着替えが必要でしたらこちらで』
そこに着替えやタオル類を並べてあった。
「ありがとう。ところで帰れるような時間になったことはどうやって知ればいいの?」
『そこの鐘を鳴らします。その後、私がこちらに来て声をかけますので』
「わかりました」
頭をさげると、老人は出ていった。
ドアのところに行って鍵をかけようとしたが、ロックらしいものがなかった。
押してみると、さしたる抵抗もなく開いてしまう。
「どうしよう……」
この世界の人から認識されないのであれば、鍵かかかってようと、なかろうと変わらない。
透明人間というわけではないが、認識されなければいたずらし放題のはずだ。
ベッドに戻って休みたい気持ちと、この部屋を出て世界をもっと見てみたいという気持ちがせめぎ合った。
老人は何も警告しなかった。決して部屋を出ないでくだい、とは言わなかった。
何故だろう。もうそういう歳ではない、と思われたのだろうか。
このドアに鍵がかけられたら、あるいは老人が鍵をかけて行ったらこんなことを考えず、そのままベッドで寝てしまっていたろう。
『どういうこと?』




