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水晶のコード  作者: ゆずさくら


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(20)

 元となる『人間』の記載以外にも、動的に『リンク』しているプロパティやメソッドが多く、何がどう動くのかを把握するのが大変だった。

 ようやくこのインスタンス、すなわち私についてしまった病気の記述や、何故この女王が『読め』と言って呼びたがったいるのかを把握した。

 病気には、死までのカウンターと、それを早める為の記述ばかりが書かれていて、外す方法が一切なかった。某国の医者のインスタンスを調べたが、私の病気を取り除くメソッドもプロパティも持っていないことが判ってしまった。

『つまり、私は私に絶望しか持っていない』

『夢と思い込もうとしているのね? これはあなたの世界のコードそのものなのよ』

『ウソよ!』

『インスタンスは消滅しても履歴は残っているわ。人が記憶をアクセスする為にね。XS証券の林を見てみればわかるわ。あれはこちらから直接コードを改変して殺したのよ』

『えっ?』

『林が死んだのは、あなたにとっての現実、でしょう?』

 私の記憶の整理の途中で、どうしようもない出来事をなんとか分かる範囲でつじつまを合わせようとしているのだ。だから、こんな世界シミュレータのような形で……

『いい加減、目をそむけるのはやめて。私があなたの脳にアクセスしている手段はここ』

 壁に映し出されたコードが切り替わった。

 私のインスタンスが持つメソッドの一覧から、一つがハイライトされた。

『わかるでしょう? これは夢ではなく、事実なのよ』

 女性は顔を近づけてきた。

『何か、直接あなたに訴えかける方法はある? 私が、あなたの夢の中の想像でないことを示す方法を教えて』

 長い髪の女性は、どことなく、中島所長のようにも見える。けれど、年齢や表情の作り方は同じではない。

 私がこの女性を信じるとすれば…… なんだろう。もう一度林を生き返らせたり、突然電柱が車の頭上に現れたような、〈現実〉へのアクセスがあったら信じるだろうか。

『林を生き返らせる? 大胆なコード変更が必要になるから、これはやめましょう。コード管理のプログラムが排除を始めるでしょうし』

『コード管理のプログラム?』

『あなたも狙われていたでしょう? 私の近衛兵が何度も救ったはず』

 確かに私は、何度か甲冑の男に助けられた。

 あの時、こっちを狙っていたのはコード管理のプログラムだった、というのか。

『今は、林の事故の件を追っているみたいね。こっちはいくつもプロクシを立てているから、バレやしないでしょうけど』

 この発言や、私がさっき壁でインスタンスを調べたりコードを検索したことはコード管理プログラムに察知されないのだろうか。

『だから、やれるとしたら、もっと全体に影響のないことにして。コップを左右入れ替えるとか。そんなことなら見せてあげられるわよ』

『さっき、コードを見たり、インスタンスを調べたりしたら、コード管理のプログラムに察知されないの?』

『同じことよ。いくつも変わるプロクシを経由している。バレたところから切り離してしまうから、問題ないわ』

『……読めば』

『?』

 女性はじっと私を見つめ返した。

『私が読めば、どうなるの?』

『その瞬間に私があなたの(・・・・)インスタンス(・・・・・・)を取り出す。そして、私達の世界に招き入れるわ』

『インスタンスのリストにアクセス出来るのに、私を取り出せないの?』

『あなたの関連するところを全て抜き取らなければならないの。それに、あのリストだけではあなたのインスタンスの先頭アドレスすら分からない。あのコードを詠唱することは、あなたの世界に混乱が生じる。インスタンスを構成している部分を全部抜くという危険な作業の為、混乱させ、目くらましをする必要があるの』

 何を言っているのだ。

『あなたを…… というか、世界から一人を取り出す作業は危険なの。普通にやってはコード管理プログラムに邪魔されてしまう。だから目くらましが必要なの。混乱させて、それに乗じて取り出す、と言っているの。だから、あのコードを詠唱してほしいの。これで判った?』

 いや、だから、私の世界はコードで出来ているのか? 世界シミュレータの中の話なのか?

『何度言ったらわかるの?』

『けど、信じられない。これは私の夢よ』

『起きなさい』

 私はベッドの上で上体を起こした。

 キッチンの方にキラキラと光る粒子が飛んでいる。

 光は長い髪の女性を描き出した。

「げ、幻覚?」

『幻覚じゃないことを証明します』

 私はベッドを下りてキッチンに入った。

 ピンクとブルーのマグカップを取り出し、テーブルに右にピンク、左にブルーを置いた。

「これを入れ替える、ということ?」

『そういうことよ。ほら、判ったでしょう?』

「左にピンク、右にブルーを置いたわ」

『違う! さっきは逆に置いたでしょう?』

「……左にピンクだったはずよ」

『ああ…… あなたの記憶に影響する部分を動作させないようにしてから実行しないと、現実が変わった事を、あなたが認識できないのね』

「どういうこと?」

『あなたにそのものを見せるわ』

 いつものテーブルの上に、見覚えのないソースコードが展開された。

 そして、このインスタンスのコードを改変した。

 クルクルと底面で周りながら、最後は転がっていくような内容だった。

『ほら、ピンクのマグカップをそこに置いて』

 私がマグカップを手にとって、目の前にトン、と置く。すると、突然底面が机に接する為の円を使って周り始め、マグカップは横転し、机を転がり落ちて割れた。

『判った? 書いた通りのコードが実行されたことが?』

「……」

『割れてインスタンスが消えるから、コード管理プログラムもそこまで検査しないでしょう』

「私のマグカップ……」

『どうやら干渉しすぎたみたい。私は逃げるわ。しばらく一人で考えてみて』

 女性の形をとっていた、光の粒が消え去っていった。

 気づくと、床に割れたマグカップが落ちていた。

「これって……」

 私は確かに今、覚醒している。

 寝ているわけじゃないのは確かだ。

 何か不注意で割ったわけじゃない。

 確かにあの女性が書き換えたコードの通り、クルクルと底を使って回り、そして転がって落ちた。

 つまり……

 私はあの女性が示したインスタンスでしかない。

 極端に言えば、私の生死も理論上、書き換え可能なのだ。

 その女性が、私を助ける意味はどこにある?

 考えても答えは出ない。

 マグカップの破片を拾うと、それはもうマグカップではなく、世界シミュレータ内では陶器の破片というような、別のオブジェクトとしての振る舞いになっていることが読み取れる。

「コードが見えるわ……」

 まるでテレビにテロップが流れるように、拾った破片に重なってソースコードが見えた。

 もしかすると、この力が必要なのだろうか。

 この方法で、コード管理プログラムに私が触れれば、もしかして、コード管理プログラムのソースが判ってしまう。それを解析すれば、コード管理プログラムを倒せるんじゃないだろうか。

『そうよ……』

 何か、声が聞こえた気がした。

「そうなの? 私にそれをしろというの?」

 けれど、私がこの世界にいたら、カウンターが回って死んでしまう。

『時間がないの』

 かすれて聞き取れないような小さな声だった。

 そうなのか。

 けれど……

 私には、読めと言われたコードが持つ影響が判っていた。

 読めば、世界が変わってしまう。

 そうすれば私が世界から取り出され、私から病気が取り除かれる。ただ、その代償として世界を変えていいのか、と言われると、あまりに自分勝手な気がした。

 だとすれば、自分はこのまま死ぬしかない。

 双方が上手く収まる方法はないのだろうか。

 私がこの病気で死なない。

 世界も変わらない。

 双方幸せだ。

『それは無理なの』

 姿の見えない女性から、絶望的な言葉が発せられる。

 コード管理プログラムさえ止めてしまえば……

『察知される』

 なんだろう。彼女には何か見えているのだろうか。

『それは』

「!」

 おぼろげに光る煙が渦を巻き、目の前で形になった。

 女性の姿だった。

 胸の宝石がないのと、着ている服が違うくらい。

 姿形はいっしょだった。

「あなた、だれ?」

『読むな、と言ったはず』

 もしかすると、これがコード管理プログラムだったのか?

『あなたがこの世界から切り離されて、生きていける保証はないのよ』

「私を襲ったのもあなた?」

『……』

「いっそ殺してください」

『……』

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