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水晶のコード  作者: ゆずさくら
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(19)

 スタジオからの声がこちらのイヤホンに入っていくる。とぼけたような声で、こっちのアナウンサーから聞かれるのと同じような質問だった。

「聞こえましたか? どうでしょう? 先に答えを考えておいてください」

 中島所長は安心したように微笑んだ。

 小さなモニターに放送されている様子が映っていた。竣工式の映像が終わり、コマーシャルが流れているようだった。

「そろそろです。こっちをみてください」

 中島所長はスマフォを使って少し前髪を整えていた。

 私はタオルで顔の汗をすこし抑えた。

 アナウンサーが横に立って、マイクを何度か握り直した。

 カメラの前で指示が始まる。

「3、2、1」

 最後は手で仕草が入った。

「水晶の研究棟ですが、まるでお伽話に出てくるお城のような雰囲気です。水晶のこういう集まりをクラスターと言うんですね」

「……はい」

 所長が答えるのか、私が答えるのか、一瞬判断に困ってしまった。

 アナウンサー眉が微妙に反応した。

「中島所長、研究棟なのですが、なぜこんな形になさったのでしょう」

 何度も何度も繰り返して答えていたせいで、所長もスラスラと話し始めた。

 私の研究成果をみて、水晶の未来、そして建物にインパクトを与えて、将来、研究者になりたい、あそこに入りたい、と思う女性を増やすためだということだ。

 そう、男性研究者ではなく、女性研究者を増やす目的でお城のような研究棟にしているのだ。研究室によっては、内部がピンクだったりもするようだ。

「女性の研究者を増やす。実現するといいですね」

「私の代では彼女ぐらいでしたが、彼女が所長とか、そういう世代になった時に……」

 話は続く。

 私は予定していたやり取りが変わったのだと気付いた。

 おそらく、私が適切なタイミングで答えなかったからだ。

 所長が喋り終えると、スタジオ側からの質問に切り替わる。

「坂井主任、所長は女性の研究者を増やしたいとのことですが、あなたは女性同士の恋愛感情についてどう思われますか?」

「どういうことですか?」

「あなたの研究室にいる女の子がセクハラ被害に合っているという事実があるようですが」

「私の知っているかぎり、そういう事実ありません」

「ちょっと次のインタビュー映像をお見せします」

 画面がまた切り替わり、録画された映像が流れた。音声も姿も本人が特定出来ないように変えられている。

 内容が進み、話の内容からどうやら私がセクハラしているということのようだ。そして、ちらっと映った服を見た瞬間、はめられたと悟った。

「(杏美ちゃん……)」

 テレビに入らない程度の小さいこえでつぶやいた。

 所長は怒りで拳を握りしめている。

「どうですか? この女性は被害にあった時のことを録画しているということで」

「覚えがないですか?」

「……」

 私は答えることができなかった。

 ハメられた、と言えば事実を認めたも同じことになってしまう。相手がさそってきたかどうかなんて、この短時間のやり取りでは説明できない。

 したか、しないかの部分だけが重要だ。

 中島所長がこちらにいるアナウンサーを引っ張っていき、怒って話し合いをしている。

 私だけが画面の前に晒され、スタジオからの口撃を受けている。

「ま、覚えがないというのならしかたありませんが」

「自分の性的趣味の為に女性研究員を増やすことのないようお願いしますね」

「この水晶の棟に移ったらセクハラもなくなっていることを期待します」

 まるで私が女性なら誰でも性的対象として見て、セクハラを仕掛けるような口ぶりだった。

 こうやって印象が悪くなってしまうと、出資してくれているXS証券が手を引いてしまうのではないか。

 もう、私の研究はお終いだ……

 放送が終わった、という合図が入った瞬間、私のほおを涙が落ちた。

 所長はこちらの撮影クルーの責任者を出せと要求している。研究所の宣伝になると思ってテレビを受け入れたのに、こんな形で裏切られるとは思っていなかったのだろう。

 所長、もういいんです。

 もうおしまいにしましょう。

 私は今の病気で死ぬ運命なんです。

 セクハラの責任を取って研究所をやめます。

 せめて死ぬまでの間、静かに暮らしたい。

 思いがこみ上げてきた。

 一つ一つは言葉にならない。

「所長。もういいんです」

「何言ってるの? 事実と違うなら戦わないと」

「事実とは違います。けれど、こんな風に報道されたら覆すには…… 話したくないことまで話さなければならない。それは色んな人を傷つけてしまう」

 研究の時に自分の言葉が傷つけているように、真実をそのまま話すと誰かが傷ついてしまう。

「そんなことを話さなくても抗議できます」

 中島所長は何か別の手段で戦おうとしている。

 それは私には出来ないことだ。

「もう帰ります。研究もしばらく休みます」

「えっ、何言っているの? 水晶の研究棟なのよ、あなたの為の水晶の塔……」

 中島所長が私の肩をつかみかけたが、それをかわすようにして、振り返らず、走った。

 逃げたかった。

 一人になりたかった。

 心地よいベッドで、すべてのことを忘れ去りたかった。

 家に戻ると、灯りもつけずそのままベッドにもぐった。

 足元の小さいモニターで杏美ちゃんがインタビューされる様子が頭によみがえる。何であんなことをしたのか。杏美ちゃんは一言も同性愛者、だなんて言ってない。

 それなのに、まるで昔から好き合っていたような気になって…… 罠だったのに。

 何度も何度も後悔を繰り返し、考え疲れてきた。

 ベッドの中で体を丸めているうち、ようやく何か落ちつくと、そのまま眠ってしまった。




 見知らぬプログラムのソースコードが目の前の壁に映し出されていた。

 私が注目すると合わせるようにスクロールされていった。手も動かないのに、単語の検索が実行され、目的の語がハイライトされる。

 なんだろう、と思いながら、自分の考えを変えてみる。

 見たこともない言語のはずなのに、関数を宣言するキーワードを知っている。

 条件分岐する記述のしかたも、繰り返しも。

 コメント行にかかれている不思議な文字すら、何が書いてあるのかが読める。

『また、あの世界なのかしら』

 壁の周りに注目していくと、壁を中心に長机と椅子が取り囲んでいた。どうやら講堂のようだ。

 後ろから声がした。

『どう、女王になる気になった?』

 振り返ると、長い髪の女性が立っていた。

 再三、私に『読め』と言い続けていた女性だ。

 美しい顔立ちと、胸元の宝石を憶えている。

『このコードはなんですか?』

『あら? あなたには読めたでしょう? あるオブジェクトを記述したものよ』

『確かに、”リンゴ”の記述がされています。遺伝子のデータへのリンクもされていて。何か壮大なシミュレータなんでしょうか?』

 ふと、この女性と普通に会話出来ていることに疑問を持った。

 耳に入ってくる音は、とても言葉とは思えないような、歌でもない、念仏のような音に聞こえている。

『ちょっと待ってください』

 自分の話した声も、まるで念仏のような音だった。なぜそれがこの口と喉で発声出来ているのか答えはでなかった。

『シミュレータ、というのは確かに間違えではなないかもしれないわ。けれど、私がこれをシミュレータ、と答えたらあなたはどう思うのかしら?』

『どういう意味ですか?』

 通路を下りながら、正面の壁を見るように手を伸ばした。

『ほら、これを見て』

 映し出されているコードが切り替わった。

 先頭にカーソルがあたり、このオブジェクトは、いくつものファイルから構成されていることが示された。

『遺伝子構造のタイトルはこれ』

『に、人間?』

『インスタンスのリストを見ることも出来るわ』

 妙な記号で作られたIDとペアになって人名がリストされた。

『!』

 私の名前だ。

『そう。これはあなたよ。こちらにくれば、このインスタンスは削除される。世界を移動してしまう、ということね。あらゆるしがらみから逃れられるのよ』

 どういうことか分からなかった。

 これは夢に違いない、とも思った。

 夢でないとしたら、自分が世界シミュレータの中のインスタンスの一つである、ということを受け入れることはできなかった。

『ちょっと待って! これを見せてください』

 純粋な興味だけが動機だった。

 夢でもこんなに面白いことはない、と感じていた。

『みてもいいけど、このままでは改変出来ないわよ』

『ええ、それは構いません』

『改変するなら……』

 私は女性のことばを遮った。

『まず見せてください!』

 とにかくなにが起こるのか、どんなことになっているのかを確かめたい。

 夢なのだとしたら、自分は自分に対し、どんな想像をしているのだろう、とも思った。

 最初のように思考することで壁に映るコードをスクロールしたり、ファイルを開いたり、検索したり、ジャンプしたり、自由にコードを動き回ることが出来た。

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