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水晶のコード  作者: ゆずさくら
13/27

(13)

 とにかく、部屋までは面倒みないと……

 タクシーを走らせ、杏美ちゃんが告げた住所についた。

「ここで合ってる?」

 杏美ちゃんはうなずいた。

 タクシーの支払いをすませると、肩を貸してマンションへ入った。

 なんとか部屋の前について、亜美ちゃんが鍵を開けた。

「ふぅ…… もう大丈夫よね。私ここで……」

「まぁってください…… 先生っ」

 私の肩から滑るように体が落ちていった。

「危ない!」

 そのまま倒れたら杏美ちゃんが頭を床に打ちそうだった。

 私と杏美ちゃんは一緒に倒れ込んだ。

 杏美ちゃんの頭を支えた手が床に打ち付けられて、ひどく痛かった。

 オートロックの扉が閉まった音がした。

「先生、好きです」

「えっ?」

 杏美ちゃんが顔を寄せてきて、キスされた。

 柔らかくて、とても良い香りがする。

 合わせた体の温もりが、私の中のスイッチを入れた。

 杏美ちゃんから舌を入れてきた。拒む理由はなかった。

 自分の腕の中にいる子が、酒に酔った面倒な部下、ではなく、以前から気になっていた若い娘に変化していた。

 何も言わず二人は寝室に移動していた。

 一分一秒を争うように服を脱ぎ捨て、二人は裸で抱き合った。


 杏美ちゃんは、酔っていたこともあったのか、行為の後、すぐに眠りに落ちてしまった。

 私は少し物足りなさを感じながら、上を一枚羽織り、ダイニングを探した。

 コップに水をくみ、床にある小さな照明で照らされている中、それを飲み干した。

 部屋の玄関の方へ、服やカバンが散乱しているのに気づき、私はそれを拾って回った。リビングのテーブルに二人の荷物や服をまとめて置くと、ゴトリ、と何かが落ちた重い音がした。

「杏美ちゃんの?」

 落ちたと思ったものはスマフォだった。手に取った瞬間、ブルブルとバイブレータが動いた。

「これ…… どういうこと」

 ディスプレイにメッセンジャーソフトの通知表示がされていた。

 私も知っている人物からだった。

 何も考えられなくなった。

 もう夜は遅く、電車では帰れなかったが、私は寝室に戻って服を身につけると、リビングに置いたバッグを持って部屋を出た。




 なんだろう。

 通知の人物が分かっただけではない。

 メッセージの内容も読んでしまった。

 偶然とはいえ、杏美ちゃんの個人情報を見てしまったのだ。私の方が悪い。

 見たことを忘れてしまえばよかった。しかし、知ってしまった事実を忘れることなんて出来なかった。そして、その事実を知れば、そのまま杏美ちゃんのベッドに戻って寝る気分にはなれなかった。

 私は住所を告げると、タクシーの運転手にはそのままナビに入力していた。

 もやもやとした気分のまま、私はぼーっと外の景色をみていた。

『お客様、困ります』

 何が困るというのか、と思い私は運転手の方を見た。

『そういうものを後部座席に乗せると、シートが痛むんですよ』

『なんのこと?』

 言いながら、目の端に入っていた金属の光を確認した。

『……か、カッチュウ?』

 私の隣に置かれていたのは金属製の鎧だった。

 人の姿のように積み上がっていた。

 いや…… 待て。

 空じゃない、中身が入っている。

『ガシャッ!』

 ヘルメット部分が開いて、こっちを睨んだ。

 彫りの深い西洋人のような目元だった。

『お客さん、その甲冑のせいで燃費がガタ落ちだ、料金倍払ってもらいますよ』

『私が乗せたんじゃないわ、最初から乗っていたんでしょ?』

『トモヨ、ここは危険です』

『なんで私の名前っ……』

 その時、甲冑の男が私の後頭部目掛けて腕を差し込んできた。

『伏せて!』

 ガツン、と大きな音がした。車の後部ガラスが割れ、破片が散った。

『何!』

 振り返ると、甲冑の男の腕が、尖った槍のようなものの先端を握っていた。

 ガツガツと(ひづめ)の音がする。

 左を向くと、少し後ろに鎧を付けた馬が走っていた。

『これはランスという武器で……』

 言うと、槍は引き戻された。

 甲冑の男は後部ガラスを振り払って、半身を乗り出した。

『違う! そういうことじゃなくて!』

 後ろに甲冑の男が来たために、助手席の背もたれにしがみつきながら、そう叫んだ。

『どういうことです?』

『馬にのっている奴と、あなたは何!』

 車に槍を振り下ろしているらしく、ガツンガツンと金属が歪んでいく音がする。

『トモヨを女王にしない為に、暗殺者が動き出したのです。私は現女王の近衛兵』

『王女? 暗殺者? 近衛兵?』

 タクシーの運転手が叫ぶ。

『お客さん! 暗殺者とか、近衛兵とか物騒なものはお断りなんだけど!』

『こっちだって知らないわよ!』

「お客さん!」

「知らないって言ってるでしょ?」

「お客さん、着きましたよ。起きてください!」

「?」

 カチカチカチとハザードランプが点滅する音が聞こえる。

 後部のガラスはしっかりとはめ込まれている。

 甲冑の男も、馬から槍を突く男もいない。

 幻? 全くの幻影と幻聴…… 私、どうかしてる。

「ここでよろしいですよね?」

 窓の外をみる。

 自分のマンションの玄関口についている。

「……は、はい。カード使えますか」

 なんだったのだろう。

 自分は寝てしまったのだろうか、けれど、意識が切り替わったような境目に一切気づくことがなかった。それとも、まだどこかこのままさっきの世界につながっているのだろうか。

 私はタクシーの支払いをすませると、前後左右を警戒しながらゆっくりと車を降りた。

 深夜のこの道は、車も人通りも殆どなかった。

 ちょっと先で信号が黄色く点滅しているだけだった。

 タクシーは、ゆっくりとUターンして元来た道を戻っていった。

 何も動くものがなくなった道を眺めていると、さっきの蹄の音が聞こえてくるような、そんな幻聴に襲われた。私は走ってマンションに逃げ込んだ。

 部屋に入ると、机に座ってノートパソコンを開きかけ、そのまま閉じてしまった。

 メールとか、メッセージとか、他の人とのつながりを確認したくなかった。

 すくなくとも今は見たくない。

 そのまま立ち上がってベッドに倒れ込むと、仰向けになって目を閉じた。




『読んではいけない』

 背後をとられている。誰も姿は見えない。

『あなたは死んでしまう。決してアレを読んではいけない』

 気配がある。見ないということは、やっぱり背後だ。

『あなたは、読め、と言っていた女性(ひと)なの?』

『読んでしまえば、あなたは体を失う』

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