The millionaire fell in love
3
自分と同じブルーの瞳。だがよく見ると、エメラルドのような淡いグリーンの色をしている。透明で白く美しい肌は、顔から指先へ、長くのびた足まで視線を落としてもシミやほくろのひとつも見つけられない。シャンパン色をした細い絹糸のような髪は、後ろで一つに纏められている。
ジャスティンの視線を感じとり、桃のようなピンクの頬が、唇と同じ赤色に染まった。彼女の厚く膨らんだ唇に自分の唇を重ねたときの嗜好が頭をよぎり、息を呑んだ。彼女を味わいたい、今すぐに…
「ミスター・リード?」
彼女の呼びかけで、ジャスティンは意識を戻した。高すぎず、少しかすれた声が耳に心地いい。彼女の全てがジャスティンの五感をたまらなく刺激する。
「その…。もし、隣に誰も必要のないときは遠慮なく仰ってください。構いませんので」
「なぜ?」
ジャスティンは、考えるより先に言葉が出ていた。その声が、懇願にも似た声で、本当に自分から出た声だろうかと疑った。
「先ほどから少し様子が気になっていて…。他のお客様たちのように、女性との会話を楽しみたいようにはあまり見えなかったので」
彼女は、少しだけ残念そうな表情で笑みを作って見せた。ジャスティンは、ここに来てから自分のがとっていた冷たい態度を後悔した。
「実は、明日、僕の仕事にとって大切な商談があってね。それで、今夜は少しナーバスになっているんだ。隣で話でもしてくれると、少しはリラックス出来ると思うんだが・・・。君、名前は何と言うんだい?」
「エマといいます」
彼女は、安心した様子でニッコリと微笑むと優雅な動きで隣に腰掛た。2人の間の距離がさらに縮まり、彼女から漂う香りがジャスティンの鼻をかすめた。その、ほのかに甘い香りに酔いしれそうなる。
「エマ…。君はとてもいい香りがする。一体どこのブランドの香水を使っているんだい?」
ジャスティンは、他社の化粧品にもかなり精通していたが、それでもエマの香りを放つ香水を思い浮かばなかった。
「いえ…。あの、化粧品会社の社長をしているあなたにこんなこと言い辛いのですが、私、いつも香水はつけないんです。実は、少し苦手で・・・」
エマが申し訳なさそうに口にする言葉を聞き、ジャスティンは驚いた。自分を惹きつけ、夢心地にさせるこの蜜のような香りが、彼女自身から発せられているとは!
ジャスティンはエマに聞こえないくらいの小さな声で罵り言葉を吐くと、エメラルド色の瞳を焦がすような視線で見つめた。長年の間、探し求めていた存在を、よりにもよってこんな場所で見つけてしまうとは!しかし、自分の感情に逆らうことができないほど、ジャスティンは彼女に惹かれ始めていたーー。
「どうやら君からは、僕を誘惑するフェロモンが豊富に分泌されているようだ。僕はそれに刺激されて、君との距離を縮めたいと考えている」
ジャスティンは、ごまかさず自分の気持ちをストレートに彼女に伝えた。
エマの真っ直ぐな瞳が、ジャスティンに向けられた。彼女も、男を金や地位で判断するような人種だろうか。この店にいるということは、そういうことなのだろう。彼女との間に、未来はない。それでも、今夜一晩、彼女を僕のものにしたい。
「ニューヨークの夜景を最高に楽しめる場所があるんだ。今夜、君をそこに連れて行きたい。どうかな?」
ジャスティンは、今までどんな女性も自分の家に連れ込んだことはなかった。それなのに、会ったばかりのエマを自分のペントハウスに誘っていることに気付いた。どうせなら、彼女との一夜は、最高のものにしたい。ひとりで眠るには大きすぎるキングサイズのベッドを、初めて有意義に使う日が来そうだ。ジャスティンは、彼女の髪を束ねるピンを外し、真っ白なシーツにプラチナの髪が広がるところを想像し、身体の奥が熱くなった。
ジャスティンは、エマを見つめ、返事を求めた。さぁ、yesと言うんだーーー。
エマは、丸い目をさらに丸くさせた。突然のデートの誘いに戸惑っているように見える。自分の誘いに、即答しないとは、なかなか面白い子だ。ふだん、彼を囲む女性達からは見られない反応に、ジャスティンは軽い興奮を覚えた。だが、次の瞬間、その興奮から一気に冷める言葉をエマが口にした。
「申し訳ありません、ミスター・リード。大変ありがたい申し出ですが…。今夜は、ご一緒出来ません」
ブレイデンは無意識のうちに、最後にデートの誘いを断られたのはいつだっただろうと考えたが、考えるまでもないことだった。これが、彼にとって人生で初めての経験だったからだ。
「何か、予定が入っているのかい?」
エマは静かに首を振ると、重い口を開き、はっきりとした口調で言った。
「お客様とお会いするのは、お店だけと決めているんです。あなただけ特別というわけにはいきません」
ジャスティンは胃が焼けそうな思いで、返事を返したが、自分がなんと答えたかも分からなかった。
アンジェロと、女性を囲み談笑していたはずのノアがこちらを見て満足気な顔をしている。恐らく、彼も同じようにデートを断られた経験があるのだろう。そして今夜、親友がその仲間に入ったことを喜んでいるのだ。
ジャスティンは、これまで一度も欲しいと思ったものを諦めたことは無かった。彼の両親は、息子が望むものを全て与えてきたし、成長し大人になると欲しいものは自分の力で手にしてきた。
ジャスティンは、逃げ場を失った欲望を必死で隠し、出来る限り穏やかな瞳でエマを見つめた。彼女を手に入れ、このエメラルド色の瞳を僕で満たしたい。
沈んでいた彼の胸に、小さな欲望という火が灯った。一度火がつくと、その火はものすごい勢いで全身を覆っていく。
ジャスティンは、子供のとき以来、ワクワクと何かに燃え上がる気持ちを感じたーー。