In the club Moore
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ニューヨークの騒がしい通りを抜け、さらに20分ほど車を走らせると、目的の場所に到着した。この街には珍しく、人気の少ないやけに落ち着いた場所だった。世界中の大富豪が密かに集う店”クラブムーア”・・・。
イタリアの化粧品会社マリセブのCEOアンジェロから、今夜のディナー先をここに変更してほしいと連絡を受けたのは夕方のことだった。
秘書に予約を取らせようとしたが、限られた会員のみしか入ることの許されない店だと知ってジャスティンは焦った。学生の頃に、ノアがこのクラブの会員になったと話していたことを思い出し、彼に助けを求めた。ノアは、すぐに彼の友人だという店長に話をつけてくれた。
ジャスティンは、車から降りると、店の外観を見回した。白を基調としたシンプルな壁が、美しくライトアップされ回り一面が門で囲まれていた。ここが、一流の高級レストランだと言われても驚かないだろう。
「君が、今でもこの店を利用しているとは驚いたよ。普段の君を見ていると、そんな必要はないように思えるがね」
「軽い関係を持つのには、丁度いいところだよ。それに…、女性が全員モデル並みに美人だ。君も気にいるはずさ」
ノアは、何やら企んだ様子で言った。
「期待しておくよ」
ジャスティンは、口元にわすがな笑みを浮かべたが、再び険しい顔に戻した。
ノアがインターホン越しに会話をしていた。程なくして頑丈な構造をした扉が開きだし、若い男性に案内され、2人は店内に入った。中は、すでに客で賑わっていたが、落ち着いた雰囲気で、何人かの男の笑い声が聞こえる以外は静かなものだった。女たちは皆控えめに、男たちの隙間を埋めるように座っている。ここにいる全員が、客の男たちを金をとしか見ていない。ジャスティンは、不快な気持ちを隠そうともせず眺めていた。
若い店員はさらに奥まで案内し、アジア系の男性客がいる席を通り過ぎると、1番奥のあまり目立たない席に2人を連れて行った。席に着くと、赤毛の女性が近づいてきた。彼女のとる体勢によっては、胸とお尻が見えてしまいそうなほどのギリギリのドレスを着ている。彼女の香りが、ツンと鼻を刺し、一瞬息を止めた。自らを主張するような、強い匂いが、ジャスティンは苦手だった。香水を男を寄せ付けるための武器だと思っているのだろう。
それほど時間も経たない内に、アンジェロはやって来た。ノーネクタイで黒のスーツ姿が、彼の焼けた肌と黒い艶やかな髪によく似合っている。
「やぁ、ミスター・リード。今晩は、無理なお願いをしてすまなかったね」
特に悪びれる様子もなくそう言うと、握手を求め、右手を差し出してきた。ジャスティンは、左手を出し、握手すると満面の笑みで答えた。
「とんでもありません。このような店は大変興味深いです」
アンジェロは、すでに両隣に座る女性達の腰辺りに手を回していた。どうやら彼は、ノア以上のプレイボーイに違いない。
「こちらに滞在出来るのは2日だけなんだ、ニューヨークの女性を堪能するにはここが最適だとアドバイスをもらってね」
ここが、それほどまで有名な店とは知らず、ジャスティンは驚いた。まさかイタリアにまで、評判が伝わっているとは・・・。
「全くその通りです!この店のマスターをしているハンターという男は僕の古い友人なのですが、彼は美しい女性を見つける点においては天才です」
ノアが得意げに言った。どうやら、2人は気が合いそうだ。
ニューヨークでも指折りの美女たちに囲まれ、ディナーは順調に過ぎていった。出される料理も、どれもジャスティンの舌を唸らせるものばかりだった。この店の経営者は、かなりの凄腕だと認めざるを得ない。
アンジェロもかなり満足している様で、ジャスティンは小さく安堵の息を吐いた。
この様子なら、明日の取引でもうまく話が運んでくれるだろう。パトリシアの今後の発展に、アンジェロの協力は欠かせない。
ジャスティンが考えにふけっていると、急にハスキーな女性の呼ぶ声がして、そちらに目をやった。
「すいません、ミスターリード。あの・・・、サマンサが他のお客様に呼ばれてしまって、今から私が隣でもよろしいでしょうか」
ジャスティンは、彼女を見た瞬間、時間が止まってしまったかのような感覚を覚えた。
体中の細胞が活動を止め、思考までもが停止した。
彼の、ブルーの瞳だけが、唯一その働きを許され、彼女の細部を観察した。