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弐章 片利奈、死す その4

 グアム旅行に行く計画、破綻。

 現実の世界にて。

 武田勇輔は非常に沈痛な顔をしながら、ある場所に足を運んだ。

 そこは東3号棟の隣にある建物。看護センター。

 軽傷重傷重体意識不明を問わず、創覇大学生なら誰でも必ず通うことになる場所だ。

 自動ドアを開けてセンターに入り、事務室に進んだ勇輔に少女が声をかける。

「あ、勇くん! 良かったー、ちょうど手伝いが欲しかったの!」

「……ああ」

 勇輔が話したのは、看護センターに勤める思念医師、村雨頼子むらさめよりこ

 『思念治療しねんちりょう』の専門家で、創覇大学で毎日のように運ばれてくる多くの患者を治療するのが仕事である。

 ショートボブの髪型に白衣を着て、ミニスカートと、保健室の先生みたいな服装であるが、その年齢は十七歳とかなり若く、子供っぽいところもある。

「でも、今日は早いわね。いつもはもっと遅い時間なのに」

「ああ……そうだな……」

 頼子のごく自然な質問に、勇輔は白衣を着ながら、どことなくぎこちない様子で答えた。

 勇輔は何度も彼女の世話になっており、ミミカの件では多くの協力をしてもらった。

 彼女に恩を返すために、看護センターの常勤の医師として働いているほど、多くの借りがあった。

 ……だからこそ、信じたくなかった。

「……患者はどこにいる?」

 勇輔はとりあえず、本題を心に留めたまま、看護センターにいる全ての患者の治療を始めた。

 物体操作能力で当て木やサポーターを適切に強化して骨折を治したり、塗り薬や飲み薬を適切に強化して打撲や風邪を治したりして、全ての患者を数分のうちに退院させる。

 勇輔と頼子の二人以外、誰も看護センターにいない状態を作らなければならなかった。

「……ふぅ」

「どうしたの勇くん? 何か様子がおかしいけど」

 治療室の丸椅子に、疲れた様子で座る勇輔。頼子は不思議そうな顔をして声をかけた。

「……この女を知っているな?」

 勇輔は懐から、『地下』のジジイに借りた創覇抗日武装戦線のメンバーの写真を取り出した。

「!」

 頼子は愕然として身を震わせたが、勇輔は話を続ける。

田村頼枝たむらよりえ。創覇抗日武装戦線の元メンバー。昭和四十三年、八月十二日に死亡。死因は首を絞められたことによる窒息死。それが……お前の正体だッ!」

 吐き捨てるように言い切った勇輔、目を伏せて押し黙る。

 言うべきではなかったかもしれない。そんな後悔も心中から溢れだしてくる。

 ジジイが持っていた田村頼枝の写真は、写真より若くて多少の違いはあるが、村雨頼子と全く同じ外見だった。

「……はぁ。バレ……ちゃったかぁ……」

 頼子は溜息をついて、それから医師用の大きな椅子に座って天を仰いだ。

「ごめんね。最初から騙してた。だって……正体を言ったら、みんな怖がって逃げちゃうもの」

「その体、『思念生物』か?」

「うん」

 頼子はやけに素直になって、首を縦に振った。

 彼女の体は人間の肉ではない。思念力で形成された細胞からなる身体だ。

 つまり彼女はとっくに死滅しており、今の体は幽霊が実体化したものということになる。

「俺のサークルの部員、籠目片利奈が思念空間に取り込まれて行方不明になった。その行方を探るうちに、お前が事情を知っているという結論になった。違うか?」

「ううん、正解。全て知ってる」

「お前が片利奈をさらった、ということか?」

 頼子は首を振って否定した。

「さらったのは、『地獄じごく』の王よ。名前は雨野あまの。片利奈ちゃんはそこにいるわ」

 地獄という言葉を聞いて、勇輔は首を傾げた。

「……地獄?」

「そう、地獄。私のように死者の残した『残留思念ざんりゅうしねん』……魂や幽霊とも言うわね、それらが寄り集まって作った思念空間よ」

「にわかには理解しがたいな。まず、死んだはずのお前がどうやってその体を作ったのか教えてくれ」

 勇輔は長話になると思い、冷蔵庫からアイスコーヒーをコップに注ぎ、二つ用意して持ってきた。

「私は、創覇抗日武装戦線という反政府組織で『地下』との連絡役をしていた。雨野は組織のリーダーで、日本の政府機能全てを破壊して国家の主権を握る……つまり、この国の王になることを目論んでいたの。私はそれを止めさせようとした……」

「その時に殺された、と?」

「うん。私は首を絞められて死んだ。でも、化けて出てでも絶対に雨野を殺して……奴の野望だけは止めようと思った」

 頼子はアイスコーヒーにストローを差し、少しずつ飲みながら語る。

「人間が死ぬ時に残る『残留思念』は、所詮は実体のないエネルギーの塊よ。時間が経てば思念は薄れ、大気に散らばってバラバラになる。『成仏』するというわけね。私は雨野を倒すために、どうにかして実体を作る必要があった……」

 人間や動物は死を迎える時、多かれ少なかれ残留思念を残す。

 それには意志や記憶が残され、エネルギーを動かす力──思念力そのものを発揮する力もある。だが、それは実体なしに長く維持できるものではない。

 思念力を供給しているのは肉体であり、肉体が死ねば、思念力をそれ以上供給することができなくなる。あとは自然に思念が薄れ、塊になっていた霊体が分解され、この世界に散らばっていく。つまり『成仏』するだけの運命だ。

「私はその時、テレビに取りくことを思いついた。テレビの電波には放送者の思念が乗っているのよ。だから私たちはテレビの映像で笑ったり怒ったり泣いたりできる。私の『魂』は雨野のテレビに宿り、そこで力を蓄えたわ」

 今はデジタルだが、アナログテレビの時代は、特に電波に思念力が強く宿っていた。

 人間はただの映像を見て感情を揺さぶられているわけではなく、電波に宿る放送者の思念を受け取ることで、ドラマに感動したりニュースに衝撃を受けたりするものである。

 人がありもしない物に恐怖を感じる時、稀に『電波にやられて殺される』という主張がなされるが、これは放送電波に思念力が乗ることと無関係ではない。

「私はまず、テレビに自分の映像を映して、雨野の気を引いた。彼はまんまと近づいてきて、テレビの前で恐怖の思念力を放ったわ。私はその全てを取り込んで『思念生物』を具現化した。院生をやっていた頃は、思念生物学を専攻していたから……」

「恐怖の思念力を『放つ』?」

「そう。人間は感情が高ぶると、思念波動を放つのよ。特に『恐怖』は強力な思念力になるし、まして相手が強者の雨野なら、その思念出力は絶大。彼を殺すには十分すぎる身体を作ることができたわ」

 それは勇輔にとって初耳だった。

 確かに自分も、感情がこもった時は通常より強力な思念力を使用することがあった。

 それはプラスマイナスの効果を超能力としての思念力に与える、程度の認識でしかなかったのだが。

 思念波動という形で、感情を他人に放っていることまでは、知らなかったのである。

「なるほどな。それで、リーダーの雨野を殺したのか」

「うん。……でも、話はそれで終わりじゃなかったのよね」

 頼子はやきもきした気持ちを晴らすように、アイスコーヒーを飲み切って空にした。

 勇輔は気を利かせ、おかわりを持ってきて、それから話が再開。

「私は雨野に、必要以上の苦痛を与えて殺したの。それだけ憎んでいたから……奴が気絶したのを見て、その時はまだ完成していなかった、『思念治療』の力を使って無理矢理意識を回復させて、奴が死ぬまで意識を失わないように苦しめてやったのよ」

「……恐ろしい話だな」

 勇輔はぶるっと体を震わせた。

 思念治療の本当の使い方は、苦痛を与えるためにある。頭だけ治療して意識だけを回復させれば、物理的に死滅するまで永遠に痛みを感じ続けるというわけだ。

「私は思念生物として復活し、現世に固着した。『思念細胞』は食事を摂れば人間の細胞と同様に維持できるから、私はそうして今も生きているというわけよ」

「だが、雨野はそうではなかった、と?」

「勘がいいわね。そうよ……私に最大限の苦痛を与えられた雨野もまた、『残留思念』を遺した……彼は自らの思念が薄れ、飛び散らないように、思念空間に『魂』を封じて潜んだ。そして思念力を得るために、他の死人の魂を集めて『地獄』を作り、そこに生きた人間を捕えることを思いついたのよ」

 『残留思念』は、広大な現実世界においては、時間の経過とともに思念がバラバラになって『成仏』してしまう。

 だが決められた領域しかない思念空間であれば、思念がバラバラになることはない。

 死者の魂はより長く生き続けることができる。

 もっともそれだけでは、『地獄』を維持するための思念力をいつまでも維持することはできない。

 思念力を手っ取り早く得る方法は、やはり、生きた人間を利用することだ。

「『地獄』は、抵抗力の弱い人間を捕えて、その人間が過去に知った恐怖を具現化して、幻を見せる。そこでは永遠に『死に』続ける。終わりはないわ。捕えられた人間が恐怖を感じることで放たれる、強力な思念力をエサにして『地獄』の魂たちは生き続け、そして成長するというわけ……」

「……片利奈……」

 勇輔はとても不安になり、そして焦りがこみ上げた。

 片利奈はこうして話している間も、『地獄』の恐怖に苦しんでいる。

 あるいはもう、『死んで』いるかもしれない。何度も何度も……!

「……ごめんなさい。黙っていたのは私の都合だったの。皆に真実を話せば、私は間違いなく責められるし、大学にはいられなくなる。そもそも信じてもらえないと思ったし……」

「気にするな。片利奈をさらったクソ野郎が頼子じゃなかっただけで嬉しい」

 全てを話して沈み込んだ様子の頼子を、勇輔は咎めなかった。

 元々は雨野が頼子を殺したことが全ての発端だったのだ。過去のことで彼女を責めるのはやりすぎというものだ。

「頼子が『思念治療』で学生を治していたのは、死人を少しでも減らして、雨野に死者の魂を渡さないようにするためだったのだろう?」

「え……う、うん」

 勇輔に事実を指摘されて、頼子は少し顔を赤らめて、どきりとした。

「『地獄』のことを詳しく知っているのは、頼子がそこへ出向いて、雨野と戦ったことがあるから……違うか?」

「あ、あのね……どうしてそう何でもかんでも知っちゃうのかな勇くんは……」

 頼子は恥ずかしくて頬をかあっと赤くした。

 彼女とて、『地獄』に学生が捕えられているのを黙って見過ごしていたわけではない。

 雨野を倒せるのは自分だけだと思い、ひとりで戦いを挑んだこともあったが、彼の強大な力と思念空間に対抗できなかったのだ。

 できることは、学内で死人を出さないようにして、彼の力の源泉のひとつである死者の魂を増やさないようにすることだけだった。

「もっと言えば、頼子が俺をスカウトしてまで欲しがったのは、思念治療を使える仲間が欲しかったから……いや、あるいは雨野と戦うための『味方』を探していたから、だろうな」

「そ、それは……あのね……」

 頼子はもじもじして、実際の理由を言えなかった。

 ただ単に仕事が忙しいので、自分が楽をしたかったから、とは。

 そんな事情はつゆ知らず、勇輔は頼子に依頼をする。

「俺を『地獄』に送ってくれ。頼子ならできるだろう?」

「えっ。できる……けど……」

 『地獄』に行きたいと聞いて、頼子はとても不安そうな顔をした。

 未だかつて、『地獄』から帰ってきた人はいない。死ぬまで、否、死んでも帰ってこれない。

 今までに、いわゆる神隠しに遭った学生数名は、全て行方不明になったままなのだ。

「もし奴を野放しにすれば、再び他の学生が飲み込まれるだろう。ユニバーシティの覇者としてそれは許しがたい。雨野は俺が『成仏』させる……!」

 しかし、勇輔は力強く述べた。

 あるいは彼なら──頼子はそう思ったが、まだ心の中では逡巡があった。

「……ついてきて」

 頼子は勇輔を連れて、看護センターの奥にある鍵のかかった部屋へと歩いた。

 鍵を外して中に入り、非常用の発電機がある区画を通り過ぎると、マンホールがあった。

「この下に、『祭壇』があるの」

 そう言いながらマンホールの蓋を外す。

 鉄の梯子を降りて地下へと降りると、そこには……神棚、仏壇、仏像、神像、十字架、経典、土偶……ありとあらゆる宗教と信仰の象徴が並べられていた。

「何だここは?」

「『祭壇』……つまり死者の魂とアクセスするところね。死んだ人がどんな宗教に入ってるか分からないから、古今東西いろいろな宗教物を集めているけど……」

 頼子は適当な説明をしながら、部屋の中央。何やら不思議な文字と円輪の描かれたカーペットの上に勇輔を案内する。

「『IPL』……と言っても分からないかな。要は、思念力を込めると決められた動作をする魔方陣がここに書かれているの。ここが『地獄』への入り口……」

「これに思念力を込めれば、『地獄』に行けるのか?」

「うん……」

「そうか。世話になった、後は俺に任せろ」

 そう言って勇輔は、魔方陣に思念力を込めようとする。『IPL』が何かはともあれ、思念力を込めればいいのだから簡単だ。

 だが、しかし。

 後ろから頼子に抱きつかれた。

「やめて……行かないで! 『地獄』に行ったら、二度と帰ってこれないのよ! 勇くんが死ぬのも、いなくなるのも、私は嫌っ!!」

 それは率直な気持ちだった。

 『思念生物』であるにも関わらず、全く人間と同じようにボロボロと涙を流し、必死で勇輔を止めようとする頼子。

「……死んだ時と同じセリフを言うのだな」

「……えっ?」

 頼子はびくりとして、勇輔から少し、身を離す。

「『思念生物』の頼子は、俺の思念力に対する抵抗力がない。サイコメトリーをすれば記憶の全てが流れ込んでくる……」

 そう言うと、頼子は再び顔を真っっ赤にした。

 それが事実なら、勇輔に恥ずかしいことも嫌なことも下心も何もかも、全てを知られてしまったことになる。

「えっ……や、や……やめてよ勇くんっ!! そ、そんなことにサイコメトリー使わないでよっ!?」

 わたわたと慌てる頼子に、勇輔は少しだけ微笑んだ。

「心配するな、俺はここの医者だ。患者を放り出して行くことはない……必ず戻る!」

 勇輔は魔方陣に思念力を込めて、そして、一瞬で現世から消え去った。

 後に残された頼子、ぺたんと座り込んで、がっくりうなだれる。

「……あぁ……バレちゃった……。勇くんを……お医者様に育てて……グアム……旅行に行く……計画が……。私の……バカンスが……」

 彼女はちょっぴり性格がアレであった。

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