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弐章 片利奈、死す その2

 勇輔、行方不明になった片利奈の手がかりを求め、『地下』へと行く。

 一方、創覇大学では、行方不明になった片利奈の捜索が行われていた。

 陣頭指揮に当たるのはセカンドリーダーの乃衣恵。

 ODN50総出で大学中を探したが、肝試しで『消えた』片利奈を見つけることはできなかった。

 片利奈が消えてから半日が経ち、今は朝だった。

「ね、どうですか久麗亜? 片利奈ちゃん見つかりました!?」

「ダメですも! 乃衣恵の言う通り、しらみつぶしに探したけどダメですもっ!」

 二人はサークル棟の料理部室にいた。ぶわっと涙を流して無力を嘆く。

「わたくしのかわいい片利奈をさらうなんて、とんでもない不届き者ですわね。見つかり次第報告しなさい。犯人はじわじわとなぶり殺しにしてさしあげますわ……!」

 奥のキラキラしたVIP席に座るゆかり部長、今にも地球ごと滅ぼしそうな凄まじい黒波動を放ってイライラしている。

 ゆかりにとって片利奈は、ずっと自分を支えてきた大事な部員だ。もし彼女を失うことがあれば、その怒りは天を突き破り地を割くであろう。

 そこへ、料理長シェフの勇輔がドアを開けて現れた。隣にはミミカもいる。

「片利奈が行方不明になった、と聞いたが?」

「そのようですわ。東3号棟で肝試しをしていたら、いなくなったんですって。皆で探しても見つかりませんし、電話もメールも通じませんし、わたくしの秘密のルートでも見つかりませんの……」

 部長が言うと、秘密のルートとは何ぞやと皆で突っ込みそうになるが、勇輔は聞かなかったことにして話を進める。

「いなくなった場所が分かるのなら、俺が物体操作能力で記憶を取りだせば、片利奈の行方がわかるはずだ」

 そう言うと、乃衣恵と久麗亜は『何て頼もしいシェフ……!』と言いたげにぶわっと感涙を流す。

「クソ野郎は俺が直々にブチのめしてやる。誰か案内しろ」

「あっ、それならあたしが知ってるわ。任せてちょうだい」

 ミミカが名乗りを上げて、二人は部室を出て捜索に向かった。


 東3号棟に着いた勇輔は、まず入り口。それから廊下と階段。最後にハンカチのささっていたロッカーと順番にサイコメトリーを試みる。

「どう?」

「ここで『消えた』のは間違いないようだ。片利奈がロッカーに入った記憶はあるが、それ以降は途絶えている」

 ミミカに淡々と結果を説明する勇輔。

 これは勇輔の能力で、物体に込められた記憶──正確には、人間の残した残留思念を読み取ることで、その場で何があったのかを推察することができる。

 もっとも、強く記憶が残されていなければ正確なことは分からない。断片的なシーンのような記憶を読み取るだけなので、過去の事実全てを知るには至らないのが問題である。

「人間が『消える』なんてことあるの? ちょっと信じらんない」

「そのことだが……『思念空間』に取り込まれた可能性がある」

 勇輔には思い当たる節がある。

「昨日のことだが、斎藤という男に決闘を挑まれて、全く別の空間に閉じ込められたことがあった。思念力による虚空間を使った能力だ。このような力で片利奈が捕えられたとすれば、記憶が途切れていることに説明がつく」

 そう言うと、ミミカはふぅんと応えた。

「要は、その思念空間とやらを使ってる奴をブチのめして気絶させれば、片利奈が帰ってくるわけね?」

「そうだな」

「だったら話は早いでしょ、大学にいる全学生をブチのめせばいいッ!」

「……」

 勇輔は何から突っ込んでやろうかと思案したが、結局、ボカッとミミカの頭を小突いた。

 頭部の思念機械が痛まないように最小限の力で。

「いたっ!?」

「お前は馬鹿なのか? そいつがどこにいるのか分からないだろうが。学外に出てる可能性もあるだろう? そもそも全員をブッ倒すって発想が頭おかしい」

 何度目かの説教をする勇輔。

 ちなみに『頭がおかしい』というのは思念強化兵器に対する高度な皮肉である。

「うぐっ……じゃ、じゃあどーすんのよ。これじゃ手がかりも何もないじゃない……」

 ミミカにそう言われて、勇輔は同感だな、と思った。

「思念空間のことなら当てがある」

 そう言いつつポケットから携帯電話ガラケーを取り出し、勇輔はどこかに電話をかけた。

 思念空間に詳しい者──そう、山田教授に聞くのが適切だろう。

『もしもし、山田です』

「おっさん、俺だ。突然ですまんが、俺のサークルの部員が思念空間に取り込まれて行方が分からなくなった。どうしたらいい?」

『う、う~ん。そう言われてもですね……』

 電話の向こうで、山田は頬を掻いて困惑する。

「どんな小さなことでもいい、知ってることを教えてくれ。何とか助けたいと思っている」

『ふむぅ……もし、思念空間に取り込まれたとして、術者も空間の中にいるとすれば、外部からアクセスするのは困難ですよ』

「……そうか。くそっ……!」

 勇輔は拳に思念力を込め、怒りを込めてロッカーを殴りつける。

 物体操作の強烈な思念力が乗り、ロッカーは中央からひしゃげてL字に折れ曲がり、壁バウンドしてくるくる回りながら吹き飛んでいった。

『まあ……逆に空間のみを作って、術者が現実世界にいるとすれば、そう遠くには行けないはずです。思念空間形成理論においては、虚空間はある地点に固定した【入口】と【出口】からなり、これらのゲートを維持するならば、せいぜい半径百メートル以内にいなければならないはずです』

「……要は、この建物……東3号棟の近くに、『奴』はいるということか?」

 山田の丁寧な説明を聞き、勇輔は冷静さを取り戻す。

 彼の言うことを信じるならば、『犯人』は非常に近いところにいるはずだ。

『思念空間を形成したまま、遠くに離れてしまうと空間自体が消失してしまいます。また、思念空間を形成できる時間は、そう長いものではないはずです』

「昨日の七時ごろにいなくなって、今は半日経っているが?」

『通常は長くても二~三時間ですよ。複雑な機能を持つ空間であればもっと短くなります……まあそれでタイムマシンは失敗したわけですけど』

「そうか」

 その話を聞いて、勇輔はある仮説に至る。

 思念空間を作っている者は、一人ではない。複数存在する。

 『協力者』がいて、長時間に渡って片利奈を封じるだけの思念空間を展開している。

 そして『協力者』のクソ野郎は、ここから半径百メートル以内のどこかにいる。

 調査が必要だ、と勇輔は思った。

「この付近に、不審な者が集まる場所はあるか?」

『う~ん、そうですね……僕が知る限り、そんな場所は【地下】くらいしか……』

「……『地下』?」

 勇輔は聞いたことのないキーワードを耳にし、首を傾げる。

『創覇大学には、昔から反政府活動をする連中が隠れてましてね。大学の地下室は倉庫として使われているんですが、そこに彼らはアジトを建設していたそうです』

「なるほどな。そいつらが糸を引いていたのか」

『とは言っても、僕が大学に来る前の話ですよ? 何十年も昔の……それこそ一九六〇年代の後半にあった話で、理事長から聞いただけです。今もアジトがあるのかどうかさえ分かりませんね』

「この大学に入ってすぐの頃、似たような組織から勧誘を受けたことがある」

『そうですか。僕が知ってるのはこのくらいですが……』

「手がかりは掴んだ、感謝する」

 そう言って、勇輔は電話を切った。

 『犯人』の手がかりは地下にある、と分かっただけでも収穫があった。

「ね、何か分かったの?」

 隣で待っていたミミカ、気にした様子で尋ねる。勇輔はひとつ指示を出した。

「犯人は複数いる。他の料理部員が狙われる可能性は高い……ミミカ、部員たちの護衛を頼みたい。できるか?」

「えっ? ま、まーいいけど……」

 ミミカは珍しく素直に応じる。

 彼女は防御型思念強化兵器だ。『守れ』という指令を出せば従わずにはいられない。

「俺は調査することがある。サークル棟に戻って喫茶でもしていてくれ」

「うん、わかった」

 そうやり取りした後、勇輔はミミカと別れ、東3号棟の外に出た。

 そして同じ建物のそばにある、重厚な金網の掛けられた階段の近くまで歩く。

(ここが、『地下』の入口か……?)

 大学が倉庫として使っているという場所。

 そこに行くため、勇輔はとても人間では動かせないような重さの金網を手でつかみ、思念力を込めてバギャァと引きはがす。

 封印された階段を降り、同じく重厚な鉄扉と南京錠で封じられた扉まで歩き、やはり物体操作の思念力で鍵をあっさり外し、地下倉庫へと侵入する。

(暗いな)

 そこには電灯設備があったが、電球の類は全て外され取り払われていた。

 コンクリート作りの倉庫で、上の建物を作った時に整備されたのだろう、と勇輔は考える。

 勇輔はポケットからペンライトを出し、思念力を込めて光量を高め、室内を眩しく照らす。

(何か、怪しい人間、怪しいモノはないか?)

 無造作に積まれた古い机。ホコリだらけになった本棚。かつて創覇大学の決闘で破壊されたであろう黒板の残骸。

 それらを眺めるうちに、勇輔はあるモノを見つけた。

「……隠し扉、か」

 本棚の下に隠れていた扉。勇輔はサイコメトリーを駆使して発見。

 ごりごりと本棚を押して動かし、隠蔽されていた倉庫下の入り口を開く。

(この下に、『アジト』とやらがある……いや、あった……のか?)

 コンクリートを無造作にくりぬいて作ったような穴。そこに古びた縄梯子が吊るされていた。

 とりあえず降りてみないことには始まらない。勇輔は縄梯子を伝って降りていく。 

 地下の深部は、暗くカビて、地下水が染み出してところどころに水たまりを作る洞穴だった。

 洞穴の四隅は崩壊しないように木材で補強されていたが、あまりにも古く朽ち果て、キノコが生えているような有様であった。

(防空壕の跡……か? 何にせよ危険だ、捜索は手短に行わなければ……)

 そう思って先に進む。しかし。

「……?」

 誰かの気配がした。しかし、その姿は見えない。

 手にしたライトで周囲を探すが、誰もいない。

 念のため洞窟の壁に手を当ててサイコメトリーをする。その時。

「ここじゃヨ、若いの」

「!?」

 勇輔は背後からの突然の声に気付き、振り返る。

 そこにはボロボロの麦わら帽子を被り、布きれを継ぎ合わせたような古着を着て、しわくちゃな顔をした老人が──

 勇輔の後方、頭上から襲い掛かってきたッ!

「ぐがァッ!」

 老人は思念力を脚部に込め、勇輔を蹴り飛ばした。

 激しく吹き飛ばされ、勇輔は背中から洞窟の壁に叩き付けられた。

「ホッホッホ。手ごたえばっちりだナ。首の骨が砕けたかヤ?」

 老人は勝ち誇った顔で寄って来たが、勇輔はただちに起き上がって反撃。

 思念力を込めてペンライトの光学的出力を最大に高め、老人の顔に激しく照射したッ!

「おう? なんヤ、まだ立ち上がるんかい……」

 だが、老人にはサーチライトレベルの強力な光が全く効かなかった。

 目を潰すつもりだった勇輔は呆気に取られたが、そう思う間もない。

「ま、次で終わりやナ。ファッファッファッ……」

 老人はすうっと姿を消す。彼の能力なのか。

 だが勇輔には、その能力の正体が分かっていた。

(姿を消した……なるほど、『思念空間』に自らを退避させて敵に位置を分からなくし、洞窟の好きな場所から現れて攻撃する……ということ!)

 見る者が違えば仙術や妖術の類に見えるその能力。

 それは思念空間を利用した、『瞬間移動能力』だった。

「若いノ、わしはここジャ!」

 老人は再び勇輔の頭上に現れ、彼を攻撃しようとする。が。

「むギュ!?」

 その動きを読まれていた。

 勇輔はあらかじめ洞窟の天井に張り付いておき、老人がノコノコ姿を現すのを待っていたのだ。

 老人は後ろから首根っこを掴まれ、あっさり捕まった。

「な、なんじャと!? い、一体これは……」

「ジジイ、あんたは『目』が見えないようだな? 盲目だから光を浴びせても反応が無かった……つまり、俺が天井にいることに気付かず、反応が遅れたわけだ」

 勇輔は言いながら、ばたばた暴れるチビなジジイを抱えて地面に降りる。

 ついでに服に思念力を通して、知っていることはないかとサイコメトリーで探る。

「だが、俺の探している奴はあんたではない。離してやろう」

 結論はシロだった。しかし全くの無関係というわけでもないらしい。

 掴んでいた手を放すと、老人は何やら挙動不審な様子で、何かを隠しているような顔をする。

「あんたには聞きたいことがある。大人しくしていれば全身を砕かれることはない。奥へと案内してもらおうか?」

「む、むむぅ……お主は一体誰じゃいノ?」

「武田勇輔だ。『地上』でユニバーシティの覇者をやっている」

 正直に答えると、ジジイは驚いた様子で唸った。

 何年も人には会っていなかったが、まさか大学の覇者が『地下』に来るとは。

「そうかい……大学のナァ。まあいいじゃロ。もうオイラも年だしナ」

 ジジイは観念した様子で、勇輔を洞窟の奥へと案内する。

 道中には額縁に入れられた白黒写真がいくつも飾られていて、洞窟の壁をくり抜いた窪みに飾られていた。

「……写真?」

「そうじゃヨ。我々……いや、もうわししか居らんがナ、『創覇抗日武装戦線そうはこうにちぶそうせんせん』のメンバーだった同志たちの写真じゃヨ」

 それはかつて大学に存在した反政府組織、創覇抗日武装戦線の元メンバーたちだった。

 勇輔はそれらをひとつひとつ眺めた。そして……

「しおれたキノコが置かれているが、これは何だ?」

「お供え物じゃヨ。この『地下』ではキノコくらいしかないからノ」

「供え物……死んだ、ということか?」

 そう聞くと、ジジイはホクホクと笑って笑顔を見せる。

「何せ昭和四十三年、一九六八年の話だからノ。みーんな決闘や抗争や粛清に巻き込まれて、生き残った奴も病気になって死によったワイ」

 昭和四十三年の当時に大学に通っていた者は、今や定年を迎える年となり、年金暮らしを始める老人となっているものである。

 まして反政府運動をやっていたとなれば、その生き残りがほとんどいない……というのも自然なことだろう。

 勇輔は意外なことで困惑を隠せなかった。そして──

「この写真、ひとつ貸してもらえないか?」

 ある写真を指してそう尋ねると、ジジイは露骨に不快そうな顔をした。

「な、なんじゃト!? それはわしの青春だゾ!? いいか、それは同志たむ──」

「目が見えないのだろう? ならば、昔の姿を見ることもできないじゃないか」

 それは正論だった。

 すっかり論破された様子のジジイ、がっくりして、写真を貸してあげることにした。

「む、むう……まあ仕方ないノ。必ず返すのだゾ!」

「ああ、約束する。それと……この人間のことについて話してくれ」

 勇輔はそう言って、額縁を手に取ってジジイから話を聞いた。

 その写真にいた人物は── 

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