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弐章 片利奈、死す その1

 片利奈、死す。

【弐章 片利奈、死す】

 片利奈は気を失っていた。

 そこは乾いた石畳の上。雨がぽつぽつと降ってきて、頬に当たって濡れる。

 それで、ようやく気が付いて目を覚ました。

「ん……あれ、私はロッカーに入ったはずじゃ……」

 身を起こして周囲を見回すと、そこは……見たこともない『森』、そして『道』だった。

 時刻は夜にして暗く、天からは雷鳴が轟き、オオカミの鳴き声が森から聞こえる。

「えっ……え、ええええええっ!? な、ななな何ですかこれはっ!?」

 片利奈は驚愕した。悪い夢か何かだろうと思って、頬に手を当ててみる。

 触覚がある。つねってみると痛覚もある。夢ではない。

「ま……まさか……最近ありがちな異世界に飛ばされたって話ですかっ!?」

 などと雰囲気ブチ壊しな台詞を放つ片利奈。

 そこへ、一機のヘリコプターが飛んでくる。

「あそこが作戦地域だ! 気を付けろ、どんなバケモノが出てくるかわからないぞ!」

 などと言いながら、銃と防弾チョッキで武装した隊員がラペリングして降下してくる。

 片利奈はポカーンと眺めていたが、一人の隊員が彼女に気付き、サブマシンガンを持って寄って来た。

 顔は黒人、アメリカ系。髭をうっすら生やし、警察官といった感じの男だ。

「君は生存者か?」

「えっ? は、はい。そうですけど」

「すぐに退避するんだ。ここは立ち入り禁止区域になっている……後は我々にまかせ」

 片利奈は素直に聞いていたが、その男はいきなり目をぐりんと丸め、びくりと身体を硬直させる。

「は、はあ……わかりまし」

 片利奈は言いかけたが、すぐに何かがおかしいことに気付いた。

 警察官らしき彼の首筋から、紅い軌跡が胸元に流れ落ちているのである。

「あ、あの? どうしたんで」

 片利奈は再び言いかけた。男はまっすぐ立ったまま自分の方へばたんと倒れた。

 後頭部がなかった。

 そして息絶えた彼の背中に乗っているのは、犬。

 禍々しい口吻を朱に染め上げ、通常の四足動物では有り得ない筋肉を膨張させて肌を破り、先ほど殺しただろう警察官の残脳に食らいついてグチャッッベチャッッと異音を立てる。

「あ? あ……。あっ……」

 男の脳髄を食らい尽くした魔犬。片利奈の方を見据えた。

 体を震わせて身を屈め、今にも飛びつくとばかりに身構える。

「ひ、ひああああああああぁぁぁぁぁっ!?」

 『魔犬』は片利奈の首筋めがけて飛襲した。

 素早く身を屈めて伏せ、犬は頭上を越えていったが、すぐにくるりと反転して再び襲い掛かる。

「に、逃げっ!! にげなぎゃーっ!!」

 片利奈は声にならない声を上げ、犬に追われながらレンガ作りの道を全力で走った。

 道なりに進むにつれ、『魔犬』は一匹のみならず、次々と数が増え、片利奈は数十匹の群れに次々と追われる。

「いやーっ!! いやーーっっ!! いやあああああああああああああぁぁぁぁぁーーーーっ!!」

 あまりの恐怖とパニックで目をぐるぐる回して必死に逃亡する片利奈。

 しかし魔犬の速力は創覇大学生でさえも振り切れそうにない。みるみるうちに間隙を詰められ、メイド服のスカートの端っこを食いちぎられながら、何とか噛まれずに逃げているような状態だった。

 だが彼女は見つけた。道の先に大きな家がある。建物の中なら安全かもしれない。

「はあっ、はぁっ……!! あ、あそこに逃げるのですっっ!!」

 片利奈は力を振り絞って走るスピードを上げた。そして館の扉に体当たりして無理矢理こじ開け、『魔犬』が入ってこないようにドアを閉めようとするが。

「ガァァァァッッ!!」

 一匹の首がドアに挟まり、片利奈を噛もう喰らおうとばかりに獰猛な追撃を見せる。

 このままではドアが閉まらない。他の犬に入られたらひとたまりもないッ。

「やああああああああああっ!!」

 片利奈は思念力を腕に込めて、一気にドアを押し込めた。すると。

 扉に挟まった犬の首がブチャァと千切れて、入り口は閉じられた。

 そのまま片利奈は内鍵を閉め、ドゴァドゴァと『魔犬』の群れが体当たりを繰り返すも、ついに扉は破られることがなかった。

「うっ……ま、まだこのわんこ生きてるですっ……」

 首だけになった犬が、まだ口だけで片利奈を攻撃しようと執念を見せる。

 だが胴体がなければその場から動くことはない。ただ、片利奈に恐怖を与えただけだった。

「ここは……洋館……ですか?」

 片利奈は洋館の広大なホールを見回す。美術品が飾られ、赤絨毯が敷かれ、大きな階段があり、古い型式の黒電話が置かれ、豪華なシャンデリアが吊るされていた。

 そんな時、物陰からすっと一人の男が現れる。

「ひっ!? ……あ、警察官の人ですか?」

 先ほど食い殺された警官らしき者と同じ服を着た、黒いサングラスをかけた白人男性がいた。

 サブマシンガンも持っている。片利奈は頼りにできそうな仲間を見つけて安心した。

「君もここに逃げてきたのか?」

「ええ、この『洋館』に……」

「そうか。だが外は危険すぎる。この洋館で助けを待つしかないだろう」

 男は短髪を後ろに流したスタイルの青年で、体つきも強そうだった。

 少し話して、興奮していた片利奈は落ち着いたが、素朴な疑問が心中に浮かぶ。

(一体、ここはどこなんですか? まるでゲームか映画の世界に迷い込んだようです……)

 目の前にある建物や家具は、明らかに自分のいた日本のモノではない。

 ロッカーに入ってからの記憶がないことを考えるに、何かの理由で、全くの別世界に迷い込んだと考えるのが自然だった。

(別世界に迷い込んだのかなぁ? なら、きっとこの世界を脱出する方法があるはずですっ!)

 そう思って、片利奈は目の前の男に質問をする。

「あの、お名前は? わたし片利奈って言うんです」

「アミノ・ジェスターだ。この地域に派遣された特殊部隊だが、君と同じで、そこにいる犬どもに襲われ、この洋館に逃げ込まざるを得なかった」

 アミノは生真面目な様子で、淡々と答える。

「我々は外にいる犬どもの正体を探っている。事前に調べたところでは、この館の近くで飼育されていたのは間違いない。私は館の捜索をするから、君はホールで待機しているんだ」

「えっ? あ、あの……私を一人にしないでほしいんですが……」

 片利奈はいきなり別行動を支持されて、非常に不安な顔をする。

 だがそこは警察官、アミノは気を利かせた。

「これを持っていけ。弾は入っている、何かあっても身を守れるはずだ」

 そう言って、彼は自分の持っていたサイドアームの自動拳銃を渡してくれた。

 四十五口径で弾数は七発。片利奈は銃をもらったのですっかり安心した。

「わかりました! でも、何かあったら助けてくださいね?」

「そう遠くには行かないさ。銃声が聞こえたら助けに行く。また後で会おう」

 アミノは踵を返し、近くの鉄扉を開けて別の部屋の捜索に向かった。

 一人残された片利奈。ホールにある置き時計をぼうっと眺めながら時を過ごす。

「……何だか、お腹が空いてきましたです……」

 この世界に来たのは、夕食前のことだ。昼におでんを食べたきり何も口にしていない。

「そういえば、あのドアに食堂って書いてあった気がするです」

 そうつぶやいて、近くの扉へと歩く。ダイニングと英語で書かれた札がかかっている。

 中に入ると、大きなテーブルが置かれていて、今は使われていない暖炉、そしてキッチンに通じるドアがあった。

「何か食材があれば料理ができそうですね」

 そのまま先に進んで、キッチンに行く。厨房は少し汚れているが、料理には問題なさそうだ。

 冷蔵庫を開けると、大きなハムがひとつ置かれていた。

「ハム……だけですか……他に食べられそうなものはないですね……」

 少しがっくりするが、この状況では貴重な食料である。布袋に入ったハムを持っていくことにした。

 包丁でスライスして、少し食べる。今日の夕食はハム。当然これだけではおいしくない。

「うえっ……塩が濃いですっ……。水で煮たらマシになるですかね……」

 そう思って、鍋に水を入れようと思い、蛇口を捻った。が。

 大量の『血』が、蛇口から噴き出てきたッ!

「ひっ!? いぎゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 あまりの臭気と生々しさと気持ち悪さと恐怖で片利奈は後方に飛び跳ね、頬を抑えて必死に叫ぶ。

「ななな何ですかこれまじありえな血とかほんとまじむりやめえええええええっっっ!?」

 怪現象にビビった片利奈、ここにはいられないと思い、ドタバタとホールに戻る。

 はぁはぁと息を荒らげ、片利奈は心の底から恐怖を感じた。

「な……何ですかこの『世界』……は……? も、もしかして、ホラーゲームの世界か何かですかっ!?」

 そう言い終えた途端、ホールの電気がぱッと消える。

 聞こえていたはずの時計が止まり、あたりは静寂に包まれる。

「えっ……て、停電ですか……?」

 違う。

 何者かが電気を消したのだ。別の扉からわずかに照明の光が漏れている。

「イヒヒ……ヒヒヒ……」

「だ、誰……!?」

 怪しい声がどこからともなく聞こえる。片利奈は背筋が凍る思いがした。

「キミハ……ココデ……シヌノサ……!」

 脅迫めいた言葉を浴びせられ、辺りを一生懸命探して警戒するが、暗くて全くわからない。

「ど、どこから……」

「ココダヨ……カタリナッ!」

 片利奈はびくりとして、上方を向いた。

 シャンデリアのワイヤーが切られ、頭上から落下するッ!

「ひあっ!?」

 辛うじて横っ飛びが間に合い、潰されたら確実に死ぬシャンデリアの直撃を避ける。

 片利奈はガラスの破片を浴びながら床を転がり、顔や腕に軽い切り傷を負った。

「うっ……あ……?」

 起き上がった片利奈の眼前にいるのは……『死神』。

 そう形容するのに相応しい、漆黒の服と仮面、細長く異様に伸びた手足。そして手にするは鋭く磨かれた大鎌。

 今にも殺される恐怖を目にして、十五歳の少女はガタガタと震えた。

「ヒヒヒ……アソボウ……カタリナ……!」

「いやっ……!」

 片利奈は背を向けて逃げ出した。

 僅かな照明の漏れ灯を頼りに近くのドアへ走り、廊下へと出る。

「マチナヨ……! ドコへイコウト……イウノカネ?」

 『死神』は人間の速度とは思えない速さで飛び回り、壁を這い、天井を這い、およそ片利奈には想像もつかない動きで追いかけてきた。

「いやーっっ!! アミノさんっ!! アミノさん助けてーっ!!」

 片利奈はとにかく走って走って走りまくった。扉を開けて開けて開けてどんどん先に進みまくった。

 だが。

「か、鍵がかかってるですっ!!」

 袋小路になった廊下のドアに来たところで、鍵がかかっていて行き止まりになった。

「アハハ!! モウニゲラレナイヨ、カタリナ!!」

 『死神』は嬌声を上げた。片利奈は、もう最後の手段を使うしかなかった。

 そう、アミノにもらった、あの──

「これでも……食らえですっ!!」

 片利奈はスカートの裏に仕込んであった自動拳銃を抜き、『死神』に向けて発砲した。

 一発、二発、三発……『死神』が倒れてから、さらに四発。全弾を撃ち込む。

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 片利奈は疲労と緊張のあまり、胸を押さえてうずくまった。

 ここは一体どこなのか。一体こいつらは何者なのか。一体どうすれば脱出できるのか。

 何も分からなくなって、片利奈はふらふらと歩きながらその場を離れようとした。

 だが。

「あっ!?」

 銃弾を撃ち込まれ、死んだはずの『死神』が、片利奈の足を掴む。

「ボクハ、シニマセンヨ?」

「そ、そんな……あぐぅっ!?」

 片利奈は絶望する間もなく、立ち上がった『死神』に大鎌を振るわれた。

 その切っ先は片利奈の……心臓を捉えた。

「……ぁ……っ……」

 口から吐血し、身体をがくりと落とし、胸部から甚大な失血を噴き出す。

 片利奈は今までに感じたことがないほど激しい苦痛を覚える。

 しかしそれすら、わずかな時間で薄れていった。目の前が真っ白になり、意識が薄れていく。

(やら……れた……。ごめん……なさ……シェ……)

 何かを考えきることもできぬまま、目を閉じ、身体を弛緩させ、彼女は動かなくなった。

 片利奈は死んだ。

 


 

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