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壱章 虚空間と思念生物 その2

 「思念生物」を作る能力を得たミミカ、勇輔に再び挑むが……

 西八号棟を出ると、植生と木々の立ち並ぶ道に至る。晴れ渡った六月の日差しが眩しい。

 そしてそこには、勇輔を待つ一人の男がいた。

「来たな、武田ゆうすゲぶァッ!!」

 和服を着たそいつの名前は上杉うえすぎと言うが、勇輔は二行で殴り飛ばして気絶させた。

 出番終了、さようなら。

「まーた性懲りもなく強い奴に絡んで。あんたじゃ無理よ無理ッ!」

 様子を見ていた少女が、長髪をさらっと撫でて卒倒した上杉を煽る。

 この女こそ、問題の思念強化兵器しねんきょうかへいき鳳仙院ほうせんいんミミカ。

 勇輔の同居人にして、最も厄介な国家機密だが、今は制限リミッターがかかっているので自覚はない。

「ミミカか。何の用事だ?」

「別によーじなんてないわよ。たまたま通りかかっただけー」

 勇輔が問うと、十六歳のミミカは腰に手を当ててナメくさった態度をとる。

 足元で気絶した上杉、まるで存在が無かったのごとくミミカに踏みつけられた。

「丁度いい。今から料理部に行って部長に食事を作る。お前も一緒にメシを食え」

「……はぁ?」

 ミミカはその言葉を聞いて、顔をしかめて不機嫌そうな顔をした。

 勇輔の所属するサークルは、意外や意外、料理部。

 女の子だらけの部員の中で、ただ一人の男が勇輔であり、その話を出すことはミミカの機嫌を間違いなく悪化させる。

「それって、部長のゆかりさんに出したご飯の『まかない』を食えってこと? それとも毒見?」

 料理部には真田さなだゆかりという、これまた厄介な部長がいる。

 あまりにもグルメすぎるせいで、まともに食事ができずに死にかけたことのある部長。

 勇輔は彼女の専属シェフとして、毎日のように、食事を作ってあげている。

「何か問題があるのか? メシを作ってもらっておいて何が不満なんだ?」

 部長に限らず、勇輔は学生寮の同居人のミミカの飯も作っている。

 食事、炊事、洗濯、掃除の全てをこなすのが武田勇輔という男である。

 それほどによくできた男ならば、他の女が寄ってくるのも仕方ないのだが、ミミカはそれが何よりも何よりも何よりもイヤだった。

 なぜなら──

「う、うぐぐ……こ、この男……ぐぐぐ……!」

 女のくせに家事のひとつもできない悔しさと情けなさと、目の前の男の恋愛のできなさぶりに怒りを隠さないミミカ。

「あたしをバカにしてんのか!? このデリカシーのないクソ男がッ! 今すぐ決闘よっ!!」

「またか……」

 ミミカがいつものようにビシッと指さして決闘を申し込むと、勇輔はあまりにも毎度のことすぎて溜息をついた。

「なーにが『また』よ! あたしこれでも勇輔のために、毎回毎回、新しい技を身につけてるんだからね! ゆーすけが飽きないように頑張ってるんだゾ!」

 言ってることは可愛らしいが、やってることは単なる喧嘩の大安売りである。

 もっとも、創覇大学ではそれが日常。決闘が学生の成績を決めると言っても過言ではない。

 恋愛成就の手段として決闘が行われるのは仕方のないことだ。

「俺はそんなに暇じゃないんだ。うだうだ言わずにさっさとケリをつけたらどうなんだ?」

「フンっ、言われなくても! ぷすん!」

 ミミカは感情が高ぶると脳内機器の温度が上昇し、放熱装置が働く。

 勇輔に煽られて顔を真っ赤にして、耳から蒸気をひとつ噴く。

 そして、いつものように新技を展開するべく、ミミカは右手を上げて思念力を高めた!

「あたしの新技を見せてあげるわッ! 思念妹軍団サテライトシスターっ! 全員整列ッ!!」

 ミミカは『思念物質しねんぶっしつ』を作る能力を持つ。

 それは通常、木刀や銃のような固形物質を作るのに使われるが。

「ほう、人間を具現化できるようになったのか……」

 勇輔は腕組みをして面白そうに眺める。

 ミミカの右側に、セーラー服を着て漫画を読みながらガムを食べる十三歳の少女。

 そして左側に、黄色い帽子を被ってランドセルを背負った七歳の少女が創り出されたッ!

「んふふ……どう、驚いた!? これが思念妹軍団サテライトシスターよっ! こっちの大きい方がミニ・ミミカ! 小さい方がマイクロ・ミミカ! そしてあたしッ!」

「ジャイアント・ミミカ?」

「そうジャイアント……じゃねぇッ!」

 勇輔の的確すぎる比喩を食らい、ジャイアント・ミミカはボフゥッと両耳から爆煙を吐いた。

「この二人は『過去』のあたしなのよ! 中学一年生のあたしと小学一年生のあたし! 性格から動きからアニメの趣味からファッションセンスにお年玉をもらった時の台詞まで何もかも全てを完璧にトレースしたのよ! 凄いでしょ!?」

 などと勝ち誇った様子で語るが、勇輔は首を捻った。

「……それで、『過去』の『弱い』お前を作って、どう俺と戦うんだ?」

「はっ!?」

 ジャイアントは硬直して動けなくなった。

 ミニは三年前に流行った少女漫画を黙々と読破し、マイクロはひたすら大人しくランドセルの肩紐を握るばかりである。

「……まさか、戦うことを考えずに能力を作ったのか?」

 勇輔に指摘されて、ジャイアントは顔を真っ青にした。

 そう、この能力を身につけたのは先日の『思念生物学しねんせいぶつがく』の講義でのこと。

 この講義では、思念物質の応用として思念力による生物を作る実習が行われる。

 思念力で人間の細胞を具現化して自らの分身を作りだし、三対一の状況に持ち込めば勇輔に勝てる! と安直に考え、実際に能力を身につけてみた彼女だったが。

「し、しまったッ! あたしとしたことがこんな初歩的な大失敗を!? し、思念生物しねんせいぶつなら勇輔に倒されても痛くもかゆくもないからと思って作ったのに、『過去』のあたしじゃ戦う能力がないじゃないのよオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」

 などと喚き散らして錯乱するアホ女。

 勇輔は余りの自爆ぶりに堪えなくて呆れ顔で突っ込む。

「バカかお前は。こんな能力を身につけて、何かに使えるのか?」

「お、お荷物運びならできるもんっ!」

 ミミカは顔真っ赤にして反論するが、何の説得力もない。

「お前が自分で物を運びたがるタチか? だいたい俺に運ばせているだろうが」

「そ……それは……。ぷすん……」

 そう、ミニとマイクロはお荷物運びすらできない。怠惰でだらしなく努力が苦手だ。

 思念妹軍団サテライトシスターそのものがお荷物だとさえ言える。まさに役立たずッ!

「あっ、シェフ! いたいた、探しましたですっ!」

 そうやってぐだぐだ会話していると、料理部員のリーダー、籠目片利奈かごめかたりなが勇輔を探していた様子で駆け寄ってくる。

 十五歳と若く、セミショートの髪にメイド服を可愛らしく着つけた真面目な子だった。

 なお、創覇大学に入学上の年齢制限はない。強ければ入れる。

「片利奈か。すまんな、ミミカに説教・・をしてて部室に行けなかった」

「大丈夫ですっ! 今日は私たちが料理を作りましたから、ご飯のことは……」

 勇輔に言いかけた片利奈、ミミカのそばに二人並んだ女の子を見て驚愕。

 そして思った通りの感想を率直に述べる。

「シェフの子供ですかっ!?」

「ぼファッ!!」

 ミミカは両耳から水蒸気の大爆発を起こした。

「あああありえねーだろうがボケがっ!! どこからどーみても中学生と小学生だろうが勇輔とあたしの子供に見えるのかよこのスットコドッコイのアホ片利奈があァァァァッ!!」

 などと叫んで、あまりの恥ずかしさと妄想の高ぶりのあまり、思念妹軍団サテライトシスターを連れてどこかへ逃げ去っていくミミカ。

「あっ、ミミカ逃げましたです!」

「ほっとけ。それよりお前たち、部長に料理を作ったのか?」

 勇輔は片利奈に諭し、そして問う。

「ええ、今日は『おでん』を作ったです! シェフにも振る舞ってあげようと思って!」

「おでんか……分かった、後で食べに行く」

 片利奈が元気に答えるが、そこでちょうど、勇輔の携帯が鳴った。

「電話ですね。私たち、サークル棟でお待ちしてますっ!」

 そう言って彼女は去っていった。

 勇輔はポケットから携帯電話ガラケーを取り出し、通話を開始する。

 彼は実用性を重視する主義で、電話とメールしかしないのでガラケー派だ。

「誰だ?」

『……君は、武田勇輔という名前か?』

 聞いたこともない男の声がした。勇輔は顔をしかめて警戒を強める。

「俺はお前など知らん。先に名乗れ」

『そうだな、それが礼儀か。私の名前は……ホセだ。君に話がある』

「!」

 勇輔は目を丸くした。

 ホセ。それは……ミミカの父親の名前。

 彼は周囲を見回し、誰かに通話を聞かれないかを確認して、それから近くの学棟の陰に身を隠した。通話の内容によっては国家機密に抵触しかねないからだ。

「今、安全なところに隠れた。通話を聞かれることはない。何でも話してくれ」

『気遣いに感謝する。話というのはミミーカのことだ』

 イスラエル製の思念強化兵器、MKⅡミミーカ。

 その父親が電話をするからには、彼女の話題になるのは自然なことだった。

『君は、娘の【所有者】になったと聞いたが、本当か?』

「……ああ、色々あってな」

 頭部への強い衝撃により、掛けられていた制限リミッターモードに不具合が生じ、『兵器』のMKⅡとしての能力を取り戻した鳳仙院ミミカ。

 彼女を巡るイスラエル軍との交戦、そして兵器として覚醒したMKⅡとの戦いの結果、勇輔が選択した道が、MKⅡの『所有者』になることだった。

『君は、自分のやったことの意味を分かっているのか? 【所有者】となったからには、娘は君の命令を何でも聞くだろう。【兵器】として使用することも可能なはずだ。私と妻は元より、日本政府が君の動向を注視し、警戒を強めている。分かっているのか?』

「……あの時はそうするしかなかった。メルカーヴァがMKⅡの『所有者』になり、俺を攻撃する道具としてミミカを使った。止めるには、俺が『所有者』になるしかなかった……」

 勇輔は苦々しい顔をして答える。

 不可抗力というものは存在する。例えホセに責められたとしても仕方のないことだ。

 だが本人としては、『所有者』になることを心から望んでいるわけではなかった。

 なぜなら、ミミカの人間としての独立性を否定する行為だったからだ。

『繰り返すようだが、MKⅡは君の命令を何でも聞く。君はこれから責任を持ってミミーカの管理をしなければならない。その方法を教えるため、こうして電話させてもらった』

「……ああ、感謝する。俺もちょうど困っていたからな」

 勇輔はホセの話を聞いて、どことなく安心した。

 彼ならばMKⅡの操作や設計に詳しいはずだ。不測の事態にも対応できるだろう。

『まず、君は可能な限り、制限リミッターモードを使わなければならない。それ以外のモードを使うのは危険だ。このことは絶対に守ってくれ』

「……制限リミッターモードを使わなければならない理由は? 制御の問題か?」

『制御には問題ないはずだ。ただ、【人格の融合】が問題になる。本来、マーク・システムは幼いうちから頭部の制御機械を装着して慣れさせ、人間と機械の人格を融合させることを念頭に設計されている。つまり、最終的に人格は一つになるのだが……』

「……メルカーヴァのようになる、ということか?」

 メルカーヴァとは、創覇大学の准教授であり、勇輔がかつて戦った男。

 思念強化兵器MKⅠとして設計されたが、その人格には破綻が見られていた。

『そうだ。それが思念強化兵器計画の落とし穴だった。機械と人間の人格が融合する過程で、どうしても破綻が生じる……何かしら人間として不完全になってしまうのだ。私と妻はそれを避けるために制限リミッターモードをセットアップし、MKⅡの人格を封印した……』

「人間の人格である制限リミッターモードを使っている限り、『融合』は起こらないということか?」

『物わかりが良くて助かる、そういうことだ。絶対にMKⅡの機能モードは使わないでくれ。もし、何かの問題で機能モードが起動してしまったら、私に連絡をすればアドバイスしよう』

 そこまで聞いて、勇輔はひとつ質問をしてみることにした。

「ならひとつ聞きたい。交渉クロスモードとは一体なんだ?」

『……。ビギッッブチッッピクッッメキッッ』

 それは聞いてはならない質問だったが、勇輔は全く自覚がない。

 電話の奥で顔面の血管が激しく膨れ上がり、顔の筋肉が膨れて鬼の形相となる音が聞こえる。

 交渉クロスモードとは、慰安を目的とした機能モードのこと。軍事的に必要と判断され実装された。

 親父としては設計したことすら後悔しており、絶対に使わないことを期待する機能モードだった。

 無論、テストなどしたこともない。その機能モードをこんな、顔も知らないような男にッ!

『……まさか貴様、交渉クロスモードを使った……のか?』

 恐るべきドスの聞いた声で、殺意を込めて詰問するホセ。

「俺が使ったわけじゃない。あの女が勝手に起動させた」

『……ブチッブチッッブチブチッッッッ』

 勇輔の発言は、尚のことホセをキレさせた。

 まだ十六歳の娘の意志で交渉クロスモードを起動させることなど、親としては考えられない。

 それこそもっと年齢を重ねて結婚してから使えとしか言いようがない。

 ホセの殺意は頂点に達した。マジでブッ殺してやろうかと思い始めた。

「ミミカがいきなり襲い掛かってきたんだ。俺は危険を感じて停止させた。アレは何だ?」

『ほう……。なるほど……【未遂】に終わったということだな? 貴様を信じていいんだな? いいんだな? もし嘘をついたら私が自ら貴様を殺しに行くぞ?』

 などと一触即発の会話が展開されるが、勇輔はよく分かってない。

「嘘などついてないが? それと、制限リミッターモードに不具合があるのだがどうしたらいい?」

『……どんな不具合だ?』

制限リミッターモードにすると、俺が攻撃を受ける。決闘をやたらと申し込まれてな。俺は非常に迷惑しているし、できることならやめさせたい」

 そう告げると、ホセの口調に困惑が含まれるようになった。

『それは……創覇大学でよくあること……ではなさそうだな』

「数日に一度は決闘が起こる。何とかやりすごしてはいるが、非常に危険な状態だ」

 やや誇張を含めて勇輔は言う。

 どちらかと言えば鬱陶しいからやめさせたい的な意味で言っていた。

『なるほどな。もしかしたら、君はMKⅡの【攻撃目標ターゲット】になっているかもしれない』

「……『攻撃目標ターゲット』?」

『何らかのバグか不具合で、君が攻撃対象に設定されているのだろう。MKⅡは【攻撃目標ターゲット】が死ぬまで追い続けるように設計されている。一方で【所有者】を防衛するのは攻撃より優先されるように設計されている。制限リミッターモードに不具合が生じて、攻撃行動のみが解放された結果、君を攻撃するようになったのだろう』

 そう丁寧に説明されて、勇輔は納得した。

「なるほどな。やはり制限リミッターモードに故障があるということか」

『そのままでは危険すぎる。MKⅡには編集エディットモードがあるから、制限リミッターモードを再セットアップして、【攻撃目標ターゲット】を解除すればいい。それで決闘は起こらなくなるはずだ』

「よくわかった、感謝する。ところで──」

 勇輔は最後に、ひとつ率直な質問をした。

「お前はなぜ、機械の不具合で死ぬかもしれないミミカに会ってやらない?」

『……。それは──』

 ホセはそれから、数分にわたって、勇輔に真実を語った。

 ミミカに会えない理由、それは……。

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