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参章 勇輔、『地獄』にて その2

 片利奈の『地獄』に舞い降りた勇輔、彼女を助けるために奔走する。

 片利奈は洋館の『時計塔』にいた。

 この広大で謎と罠に溢れた洋館は、本館と寄宿舎と実験棟、中庭に隠された坑道に水車で動く時計塔、図書館棟など、実に膨大な区画から成り立っており、彼女はその攻略に多大なる時間と労力を費やした。

 ある時は猿のような魔物に首を飛ばされ、ある時は脳みそ丸出しの改造生物に鋭利な舌で串刺しにされ、ある時は無人の鎧に刀で真っ二つにされ、ある時は転がる大岩に轢き潰され、ある時は植物兵器のツタに縛られて全身を砕かれた。

 そして何度となく現れる『死神』。見つかればかなりの確率で殺される。道中で拾える銃が全く効かず、対抗手段は全くのゼロ。隠れてやり過ごすしかないが、五十パーセントの確率でバレて見つかり、大鎌で斬り殺された。

 さらに問題なのは『部長』。見つかれば確実に殺される。もし本物だったらどうしようと思うと銃を撃つ勇気が全く出ず、対抗手段もクソもなくライフルやショットガンで一方的に撃ち殺された。

 そうして片利奈は──この『地獄』で、二百回も『死んで』いた。

「……よし!」

 片利奈は小雨の降りしきる屋外。時計塔に通じる石造りの橋の上で、頭のバンダナを締め直していた。

 幾度の戦いとかりそめの『死』により、メイド服は跡形もなくズタズタになり、今は胸を隠すだけのサラシと、ミニスカートのように短くなったボロ切れのスカートだけが残る。

 胸元、脇、腹、太腿を惜しげもなく晒すスタイルで、大変妖艶にも見えるのだが、本人はそんなこと露ほども気にしていなかった。

 身軽でなければ生き残れない。露出が多いのはむしろ必要なことだった。

「ようやくここまで来たのです。この『時計塔』の水車を止めて、排水スイッチを入れれば、『地下』に隠された秘密の施設……水没している『研究所』に行くことができるのです……!」

 手にした大型のボウガンを握りしめて、片利奈は力強く、この世界の設定を言う。

 道中で手に入れたハンドガン、マグナム銃と、それらの予備弾が入ったポーチ……それらが彼女に残された『武器』だった。

 もっともこれは、片利奈自身がこの世界で創り出した幻想の武器でしかない。その威力は『役者』の演じる雑魚敵をようやく倒せるといった程度のものだ。

「武器も揃えたし、開けられるドアは全て開けたし! 準備万端なのです!」

 などと誇らしく言う片利奈。

 持っているから大丈夫、見るからに危険な場所でも安心して先に行ける……そんな気持ちにさせるための、ガラクタ同然の武器とも知らずに。

「さぁ、『時計塔』にレッツゴーですっ!」

 そう言った瞬間。

「見つけた……! 片利奈ッ!」

 片利奈はびくりとした。背後から何者かが現れたと悟り、たらたら冷や汗を流す。

 それは……武田勇輔だった。

 勇輔は、自身の恐怖が創り出した思念空間を打ち破った後、『地獄』に残る片利奈の世界に飛ばされていた。

 目的はもちろん、片利奈の救出。彼女の作った広大な『世界』を巡って、ようやく邂逅を果たしたのだ。

「こんなところにいたのか。洋館中を探したんだぞ? さあ、こっちに来るんだ……!」

「あ……あ……」

 それはもちろん、幻影ではない、本物の勇輔なのだが。

 数多の幻影の魔物に襲われ、『部長』に何度も殺された片利奈にとって、彼の台詞が誤解を招く代物だったことは想像に難くない。

「いやぁーーーーーーーーっ!!!! しぇしぇしぇシェフまで出るなんてどどどどどどどーーーなっってるんですかああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ひぃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 片利奈は凄まじい叫びを上げ、時計塔に向かって全力ダッシュで逃走した。

 勇輔は慌てて追いかけようとしたが、『地獄』の逃走劇で逃げ足を鍛えられた片利奈、彼の想像以上の猛スピードで消え去った。

「おい、待て! ……何だ、あの足の速さは……」

 勇輔は怪訝そうな顔をしたが、すぐに理由を悟った。

(……そうか、『地獄』で恐怖から逃げ回るうちに、俺の知ってる以上に強く鍛えられた……ということか。これは厄介だな……)

 勇輔はさらに考えた。

 片利奈を助けるには、彼女自身が恐怖を克服して、この『世界』を打ち破らなければならない。

 そのためには、自分が敵でないことをどうにかして伝えて、彼女と合流する必要がある。

 あるいは、自分が片利奈の助けになるように裏方に回ってもよいかもしれない。

(俺はこの『世界』にとって、全くの部外者だ。恐らく『死』ねば、実際に死ぬことになる。それに、片利奈が恐怖の思念力を放ち続ける限り、『役者』も永遠に生み出されるはずだ……)

 勇輔は色々と心配なことがあった。

 この世界を作った張本人である片利奈に、さっきのような恐怖を与え続けると、『地獄』はさらに膨張し拡大することになる。

 片利奈の恐怖の思念力を吸って作られた魔物が、どれほどの戦力かも未知数だ。正面から戦いを挑むのはリスクが高すぎる。

「……まずはけんに徹することだ。そして片利奈がこの世界を克服する、その障害になるものを排除するべきだ」

 そう考えて、勇輔は石橋の先にある時計塔──レンガ作りの苔むした壁に目をやる。

 やることは先回りだ。

 つかつかと壁に向かって歩き、勇輔は靴に思念力を込めて、そのまま壁を『歩いた』。

 まるで地面のようにぴったりと靴を壁に吸い付けて、垂直・・に登っていく。

 物体操作能力者の彼だからこそ成せる技だ。

「ふぅ……」

 十メートルはあろうかという壁を登り、時計塔の中階のベランダへと辿り着く。

 登るやいなや、勇輔は魔物の姿を目にした。

「ううう……!!」

 ゾンビだ。三体はいる。

 白衣やスーツを着て、身体の外面を腐敗させた異形の人間。

 この世界ではありがちな雑魚敵であり、例えば片利奈は五十回くらいゾンビに殺されている。

 勇輔の姿を見るやいなや、三体とも彼を食い殺さんとばかりに、両手を突き出して襲い掛かったが。

「うう……がバァッ!?」

「消えろ」

 勇輔は全力の思念を込めてゾンビの首を蹴り飛ばす。

「ぐバァッ!? ぎャバァッ!?」

 残る二体も蹴り飛ばされ、一撃で頭部を粉砕された。

 それだけではない。勇輔の込めた物体操作の思念力は、ゾンビの身体を構成している片利奈の思念を分解して解き放ち、残された死体を霧のように消し去ってしまう。

「大人しく成仏してろ。『攻略』の邪魔だ」

 勇輔は無慈悲に言い放ち、さらに奥へと進む。

 片利奈がこの階層へ来る前に、可能な限り多くの敵と、罠を処理しなければならない。

 ベランダから屋内に入り、蝋燭ろうそくの灯る石作りの道を歩くと、コンクリートで正方形に区切られた小さな区画があり、散弾銃が壁にかかっているのが見えた。

「これは……」

 勇輔はわざとらしい部屋の形に不審を抱き、右手に思念力を込めて壁の『銃』に触れた。

 物体操作能力の前には、いかなるトラップも無意味である。

 そして彼の優れた洞察力は僅かな不審点でも察知する。それが罠でないと確実に分かるまで、先に進まない慎重さをも併せ持っている。

「……なるほどな。この散弾銃はスイッチを支える重りになっている。銃を外すと仕掛けが作動して、天井が落下し、下にいる者を潰す……というわけか」

 片利奈であれば、銃だ銃だと喜んで簡単に手に取ってしまい、罠が作動して天井が落下し、潰されて死ぬだろう。

 勇輔はそうと知ると、銃を思い切り殴りつけた。

 ボコボコに殴りつけて銃身を凹ませ歪ませて、散弾銃を見るからに使えないようにブッ壊す。

「これでよし。拾うことはないだろう……」

 納得した様子で廊下を歩き、階段を登って次階に進む勇輔。

 そうして程なくして、下の階段からそろそろと片利奈が登ってきた。

「ひゃ~っ……雰囲気がもう怖いですっ……。まだ何も起こらないですけど、上に行くのがドキドキするです……」

 ビビり怯え鳥肌を立てた様子の片利奈、かつんかつんと石作りの廊下を歩いて、道中にある吊り天井の小部屋に差し掛かった。

「あっ、銃があるです!」

 そう言って、片利奈は喜び勇んで散弾銃を手に取った。

 がこん、とスイッチが上がる。

 キリキリとギアが回り、落下式天井の仕掛けに動力が伝わり始める。

「……なんだ。壊れてるじゃないですかっ……」

 ボコボコにひしゃげた銃を見て、片利奈は散弾銃を元の位置に戻した。

 ごしゃん、とスイッチが降りる。

 動力の駆動伝達が止まり、天井が落下する寸前で、仕掛けは止まった。

「全くもう、ショットガンならゾンビくらい一撃で倒せると思ったのに! ぷんぷんです!」

 などと怒りながら、片利奈は道を進んでいく。

 彼女には、自分が『死』を免れたという自覚が全くないようだ。

 そのまま歩いて先の階段を登り、上階へ行くと、機械装置が露出した区画へと辿り着く。

 鉄製のギアがゴリゴリゴリゴリと鈍い音を立てて作動する、時計塔の巨大な針を動かす駆動装置。

 巻き込まれれば『死ぬ』ことは避けられないだろう。

「ひぃ~っ。こんなところで『死神』に遭ったら、どこにも逃げ場がないです……」

 そうビクビクしながら付近に目をやると、電動式のエレベーターが一つ。隣にスイッチ。

 後は金網づくりの床と、鉄パイプを組んだ手すりが見えた。

「この上に……行くしか……ないのですね……」

 そう思って、人がようやく一人か二人乗れるような昇降機に乗って、スイッチを操作する。

 チンッとありがちな閉鎖音がして、エレベーターの扉は閉まった。

 選べる道は、二つ。

 最上階の六階に行くか、途中の五階で止まるか。

「う~ん……。さっき見つけた時計塔のマップには、五階に水車の停止スイッチ、六階に放水スイッチがあるようですけど……」

 結局のところ、両方に行かなければ『攻略』はできない。

 片利奈は悩んだあげく、五階に行くことにした。スイッチ操作で上昇開始。

「ここはやっぱり、下から順番に行くべきですっ。その方が気分的に楽かもです!」

 だが、その台詞は、エレベーターの上……屋根の裏にいる何者かに聞かれていた。

 そう、それは『死神』。

(ヒヒヒ……サセナイヨ……! カタリナ……!!)

 『死神』は、エレベーターの天井にある通風孔の蓋にガリガリの手を当て、逃げ場のない片利奈に襲い掛かろうとした。

 ところが。

「イヒヒ……イ……イビィッ!?」

「お前、俺の部員に何をしている?」

 勇輔は、エレベーターのワイヤーからラペリング降下して、『死神』の真上から思い切り踏み潰した。

 そのまま零距離の格闘戦に突入するが、狭い空間の戦い。

 機先を制した勇輔が圧倒的に有利となった。

「ギャバァ!? アバァッ!? ナ、ナンダオマベぶゥッ!?」

 顔面を殴り、胸に肘を撃ち、腹を蹴りつける勇輔。

 その攻撃には恐るべき思念力が込められていた。

「ギャアァァァァァァァァァァッ!? イ、イデェェェェェェェッ!?」

 『死神』は勇輔の物体操作能力を食らい、白煙を上げて蒸発しながら、エレベーターから落ちて暗闇へと消えていく。

 彼は自覚こそないが、その思念力は、言わば『退魔』……思念生物の身体をバラバラにする効果的な破壊力を有していた。

 いわゆる退魔師と言われる者たちも、同様の能力を持っていて、彷徨う魂や思念生物を攻撃し、強制的に『成仏』させることができる。

 勇輔はその一端を、自らの力で身につけた、ということだ。

「地獄に落ちろ。本当の、な……」

 そう吐き捨てたところで、エレベーターはちょうど五階に着いた。

「な、なななな何ですかぁっ!? う、上から物音がっ……ひぇえええぇぇぇ~っ!!」

 片利奈は先程の騒音に怯え、五階の扉が開くやいなや、物凄いスピードで昇降機から去っていく。

 勇輔は特に負うこともせず、天井の通気口のフタを開けて昇降機に入り、そのまま六階行きのボタンを押した。

(五階の敵は全て排除してある。特に問題なく先に進めるはずだ。問題は六階……)

 勇輔は先回りをして脅威を排除しておいたが、六階だけは間に合わなかった。

 もし片利奈が六階に行くならば、そのまま合流して進もうと思っていたが。

 彼女が五階を選んだのは予定通り、理想通りの展開だった。

(この建物は、片利奈が『世界』のストーリーとやらを進めるうえで、重要な立ち位置にある可能性が高い……)

 勇輔は道中に落ちていた書物やメモ書きなどを見て、ある程度察するところがあった。

 片利奈は、この『世界』で架空のストーリーに沿った、冒険に近い行動をしている。

 警察官やら、バーロー家やら、『死神』のジョーンズというのは、恐らくは片利奈の妄想や、昔見た映画やゲームやアトラクションの経験が組み合わさって作られた設定だろう。

(片利奈が恐怖を克服し、この『地獄』から脱出するためには、設定に沿った攻略をして、本人が納得のいく結末を迎えなければならない。それは『雨野』と『死者の魂』にとって絶対に避けたいことのはずだ……!)

 そう考えて、勇輔はこの階に守りの兵が置かれていることを予感した。

 エレベーターが六階に着き、チンッと音を立てて扉を開く。

 ──そこには。

「ふふふ……おいでなさいましたわね。勇輔君?」

「……」

 料理部長の真田ゆかりにうり二つな、お嬢様然とした女性が、大口径ライフルを腰だめに構えて立っていた。

「どうした? 俺は『侵入者』だぞ? さっさと撃たないのか?」

「あなたには、どうしても聞きたいことがありますのよ。こちらへおいでなさい」

 勇輔の煽りに動じることもなく、『部長』は、勇輔に銃を突きつけたまま背後に回る。

 動力伝達路の歯車がひときわ軋む、時計塔の最上階。

 その奥へと、二人は進んでいった……。

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