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序章 創覇抗日武装戦線の悲劇

 かつて大学には、創覇抗日武装戦線という地下組織があった……。

 

【序章 創覇抗日武装戦線そうはこうにちぶそうせんせんの悲劇】

 よく言われることだが、『幽霊』や『魂』などと言うものは実在しない。

 姿の見えないものに科学的根拠など存在しない。根拠のない話が信用されるわけがない。

 幽霊なる『物体』がどこにあるのか? と問えば、完全に論破される程度の噂話だ。

 それが世間一般、文明人の大人になれば誰でも到達する境地だ、が。

 実は違う。

「もう九時……かぁ。そろそろあそこに行かなきゃね」

 昭和四十三年、八月十二日。雨の降りしきる日。

 超能力の研究機関、創覇大学そうはだいがくにある木造校舎の一室で、女は論文をまとめていた。

 丸い眼鏡をかけ、大きなリボンで長髪をポニーテールとし、ワイシャツにロングスカート姿。

 昭和の当時としてはそれなりに魅力的なファッションである。

「今日は『地下』にお酒を持っていかなきゃ。大事な『決起集会』だもの。ふふふ……」

 そうつぶやいて、田村たむらという名の彼女は、布の買い物袋を手に取る。

 『地下』の男たちは日本酒とウイスキーが好物だ。差し入れするために買ってあった。

 田村には人に言えない正体がある。それは反政府運動の構成員ということ。

 三階の研究室を出て、階段を降り、一階の目立たない場所にある小部屋へと歩く。

 薄暗くカビたコンクリート床の部屋に入って、ヒモつきのスイッチを引っ張り、天井の白熱電灯をつける。

「んーっ、よいしょっと!」

 重厚に積まれた木製の本棚を、普通の人間じゃない力でゴリゴリ押してズラす。

 もっとも創覇大学にいるなら、この程度は女でもできる作業だ。

「ふーっ。毎回のことだけど、面倒だわねー」

 そう愚痴っぽく言うと、田村は本棚の下に隠された鉄の扉を開ける。

 『地下』への入り口──大学に隠して作った、レジスタンスの集会所へと繋がる抜け道だ。

 念のため部屋の電気を消し、懐中電灯を持ち、鉄の梯子をカンカンと降りていく。

「相変わらず暗くてイヤーな所だわ。早く『地上』に出れたらいいのに……」

 大学の地下には広大な洞窟が広がっている。戦中は防空壕として使われていた。

 戦後になり、役目を終えたその場所は、創覇大学から管理されることなく放棄された。

 代わりに『地下』を支配したのが、政府に反発し、政権打倒を画策する急進派たちだった。

 洞窟の奥に進むと、赤く塗られた重厚な扉があり、そこから男の声が聞こえた。

「合言葉は?」

「のばら!」

 田村が元気よく言うと、扉の奥から喜びを込めて返事が来た。

「おお、同志田村ちゃんか! 待っていたぞ!」

 赤い扉を開け、若く筋肉質な七三分けの男が田村を歓迎。

「いつもご苦労様、差し入れよ。……おっ、きたきた」

 同志田村ちゃんが現れたと聞くや否や、パイプ椅子に座った男たちの視線が一斉に向く。

 急進的革命組織『創覇抗日武装戦線そうはこうにちぶそうせんせん』のメンバーが、次々と彼女の元へ集まってきた。

 目当ては田村の持ってきた差し入れ。昭和の時代、地下では貴重な補給物資だった。

「酒だ!! 酒が来たぞッ!!」

「一ヶ月ぶりの酒だ! 漬物もあるぞ!! インスタントラーメンもッ!!」

「うおおおッ!! 高級品のバナナだッ!! みかんと桃の缶詰だッッ!!」

「うっひょうやったー!! 同志田村ちゃん俺と付き合ってぐベボァッ!」

 差し入れに群がる同志たち。馬鹿が一人、田村に抱き付こうとして殴り飛ばされる。

 アジトの机に激しくブッ飛ばされ、並べられたパイプ椅子を吹っ飛ばして悶絶した。

 当時は果物が高級品であり、袋入りインスタントラーメンの人気が高かった。

 それはそれは嬉しい差し入れだったことだろう。

「さっすが同志田村ちゃんだな! 俺たちにできない買い物を平然とやってのけるッ!」

「えへへ……やめてよそんな、どこかで聞いたようなセリフ」

 メンバーの一人が言うと、田村は恥ずかしそうに頭を掻いて笑顔を振り撒いた。

 田村は創覇抗日武装戦線そうはこうにちぶそうせんせんの紅一点。地上との連絡役であり、表では大学の院生を務めながら大学や政府の動向を監視、報告するスパイだった。

 当然、腕は立つ。その強さは折り紙つきだ。

「ところで、うちのリーダーは?」

 田村がメンバーに問う。肝心の決起集会の日なのにリーダーがいない。

 その疑問は、爆発したようなもじゃもじゃアフロの男が答えた。

「ああ、リーダーは外出してる。何でも東京大学の一件に出っ張ってるんだと」

「ふぅん……そうなの。東大の紛争ねぇ」

 当時、東京大学では医学部の問題を巡り学生運動が勃発していた。

 折しも冷戦期。ベトナム戦争が激化し、日米安保条約の延長を巡って闘争が起きた時代。

 政権打倒を目指す創覇抗日武装戦線としては、彼らに助力して日本の政治的混乱を図るのは、目的を達成するためのひとつの活動だった。

「ま、あたしらは待つしかないわね」

 田村は気だるそうに木の椅子に座る。非常に退屈そうな顔をして。

 それを見かねて、仲間のリーゼントヘアーの男が気を利かせた。

「おいおい、せっかく差し入れが来たってのに寂しく待つだけってこたぁねーだろ。同志田村ちゃんも入れてみんなで一杯やろうぜ? な? やろうぜ?」

 飲み会の提案に、田村はにこっと笑って賛同する。

「ええ、いいわよ」

「よし決まりだ! みんな今日は飲むぞ飲むぞ!!」

 組織の決起集会の日だと言うのに、メンバーは酒を盛ってバカ騒ぎを始める。

 本当に救いようのないバカどもだが、学力最低の創覇大学では仕方ない流れだ。

「おい、さっき殴られたやつ起きろ! 女に殴られて気絶とか情けねぇな!」

「ワハハハハハ!!」

「みんなコップに酒ついだ!? かんぱーい!!」

 日本の政権転覆を狙う組織だというのに、和やかな雰囲気で酒を酌み交わすメンバーたち。 その大義名分はともあれ、彼らはしょせん、若く世間知らずな大学生でしかない。

 世間知らずが故にハメを外して法律を破ることもある。テロ組織とはそんなものである。

 そして数時間飲んだくれると、メンバー全員がすっかり酩酊して出来上がった。

「あー……あたし酔っぱらっちゃっらー……うごけなーい……」

 田村はひどく酔った様子で椅子にもたれかかった。

 二十二歳の美しい容貌が桜色に火照り、妖艶な肢体が露出の少ない洋服からも察せられる。

 これでは誘ってるようにしか見えない。男たちの格好の的となった。

「ふひひ……同志田村ちゃーん……。今日はー……俺とよろしくヤッてごベゴベァッ!」

 下心丸出しで近づいてきたメンバーの一人を、田村はハイヒールの裏で蹴りつけた。

「おいおいおい、よえーなァーお前。いいかぁエッチってのはこうやってぐベグベァッ!」

 もう一人のバカが性欲丸出しで寄って来たが、田村の腹部パンチ連打を食らって卒倒。

「ああ!? おめーらなに抜け駆けしてんだよ!? 田村ちゃんとヤるのはこの俺だべダベァッ!」

 さらに一人が襲い掛かったが、往復ビンタを喰らってブッ倒れた。

 創覇大学は力こそが全ての大学。強くなければ行為に及ぶことはできない。

 ここに居るような雑魚どもでは田村にはとても敵わなかった。

「あたーしー……よってるー? りーだー……まだー?」

 酔いすぎて意識も定かでない様子の田村だが、そこにようやく、目当ての男が現れた。

 鉄扉をドンッと開けて現れるは、創覇抗日武装戦線のリーダー、雨野あまの

 切れ長の目をして髪型はオールバック、ワイシャツにスラックスとありふれた服装だが。

 その肉体は凄まじいの一言。当時、大学で最高クラスの強者だった。

「貴様ら……何だこれは!? 今日は決起集会だと言っただろうがッ!!」

 滅茶苦茶に酔いつぶれたメンバーを見て、彼は怒りを露わにした。

「り、リーダー!? ばガァッ! げファッ! あボァッ!」

 田村にブッ倒されたバカどもを一人一人、顔面を殴って叩き起こす雨野。

 武装戦線、というか創覇大学ではよくある光景だ。決してリンチではないぞ。

「りーだー……ごめんなさーい……うれしくってつい飲んじゃったの~」

 田村はふらふらと立ち上がり、雨野に寄り添うように抱き付く。

 彼女は雨野に好意を寄せていた。日本の政権を打倒して新時代の主君となるという彼の持論はともかくとして、その精神と肉体の強さに惹かれていた。

 もっとも、それが恋かどうか。単なる憧れに過ぎないのか。それは田村には分からなかった。

 確かに言えるのは、彼女は雨野のために武装戦線に参加している、ということである。

「全く、お前たちはこれだからダメなんだ。オレがいなければすぐに腐敗と堕落にまみれる!」

 雨野は腕を振り上げ、コンクリートの壁を殴ってヒビを入れ、張り上げた声で演説を始める。

「ソヴィエトに感化された連中もそうだ! 奴らは結局、権力が欲しいだけだッ! だが俺は違うぞ! この腐敗した社会を塗り替える、崇高なる理念のために戦っているのだッ!」

 そう高らかに吐き捨てて、雨野は酔いつぶれたメンバー全員を叩き起こして着席させた。

 現代の感覚では、こんなことを言う男は頭のおかしいイカレ野郎にしか見えないだろう。

 しかし当時は、これがカッコいい男の姿だった。理想の実現のために政治闘争をする男は、腐敗した権力と対等に戦える存在として魅力的だと、若者たちは思っていた。

「創覇抗日武装戦線ッ! 今ここにッ! 決起集会を始めんッ!」

 軍隊ばりに声を張り上げ、手を振り上げて宣言するリーダー。

 強烈な酒とタバコの香りが室内に充満する中、雨野は腕組みをして決起集会を始めた。

「いいかお前ら。まずは今日の報告をする。東京大学の一件はまだ係争中だが、失敗に終わるだろう! 奴らはただ民心を引きつけたいだけだからな、失望したッ!」

 雨野の言う通り、東大の学生運動は程なくして終息へ向かうことになる。

 日本の最高学府での暴力事件は、短期的には注目を集めたが、程なくして支持を失った。

 それ以上に、協力を打診した左派とは、雨野とあまりにも思想が違っていた。

「我々が今やるべきことは、単なる暴力的なデモや、どうでもいい小競り合いではない!」

 コップにスコッチを注いで、雨野は一気に煽る。

 酒の勢いを借りてでも、宣言したいことがあったから。

「──内閣総理大臣の、暗殺だッ!!」

 メンバー全員、酔ってはいたが、あまりにも強烈な発言に場の空気が張り詰めた。

 まさしくそれは、テロリズムだった。

「まず、総理官邸を襲撃し、首相を暗殺する! そして内閣官房の主な者たちを人質に取るッ!」

 雨野の言葉を聞きながら、隣に座った田村は身体を震わせた。

 それは本当にやるの? 冗談でしょ? と、彼女は未だに思っている。

 だが嘘や空言の類ではない。雨野の目は強い決意に輝いていた。

「それから攻撃対象にするのは宮内庁だ。日本の皇帝が戦争責任を取らず、今も国政に関わるのは許しがたい。宮内庁を破壊し、皇帝の所在を探り、これも暗殺するッ!」

 皇帝という言葉を使っているが、その言葉が意味するものは、日本の国家統合の象徴。

 それほどの大人物を手に掛けるのかと、メンバー全員が顔を強張らせた。

「我々は日本の国体を破壊したのち、国会議員全てを始末する。抵抗するものは、全て殺すッ! そして我々が政治の中核を握り、我々が政治を支配する! 我らの思念力しねんりょく思念技術しねんぎじゅつをもってすれば、『クーデター』は必ずや達成されるだろうッ!」

 雨野が誇らしく宣言する、政権奪取の華々しい計画。

 普通の人間が言うのなら、それは単なる妄想、妄言の類でしかない。

 だが田村は思った。これは、全て実現可能だ、と。

 創覇大学の誇る思念力、いわゆる超能力の技術と、学生の高い戦闘能力があれば、彼の言う計画を実行に移して政府を打倒することは、現実に可能──

「……ねぇ、雨野さん。この『決起集会』って、そのことを言うためのものだったの?」

 田村は、耐えきれなくなって問うた。

 他の大学でやっているような、創覇大学的には『ちょっとした』暴力を伴うデモや行動。

 そのくらいで終わると思っていた。他のメンバーもそう思っているはずだった。

「そうだ」

「あの……それって本当にやる……の?」

「オレは本気だ。世界の全てを、この手で変える。お前たちはただ付いてくればいい」

 雨野が本気の瞳で応えると、田村はとても怖くなった。

 そんな計画を実行に移して、失敗などすれば、メンバー全員の死刑は免れないだろう。

 だがもっと恐ろしいのは、襲撃計画が成功した時だ。

 雨野は、この国の『王』となる──!

「わかったわ、雨野さん……あの、あたし凄く酔ってるから、研究室に送ってほしいな……」

「? ……まあ、いいだろう」

 唐突に言われて、雨野はやや不思議そうな顔をする。

 とはいえ酔ってることは間違いない。田村を地上の研究室に送ることにした。

 ふらふらと歩く彼女に肩を貸して、梯子を支えながら登らせて、小部屋に出る。

 そこから三階の田村研究室まで送り届けて、部屋にあったソファーに寝かせた。

「……ふう。全く世話のかかる女だな。そんなに飲んだのか?」

「うん。あの、雨野さん……」

 田村は雨野の手を強く握り、離そうとしなかった。そして眼鏡とともに視線を合わせた。

「あたし、あなたのことも、みんなのことも、好きなんです。だから、計画は止めませんか?あなたやメンバーが殺されたり、失ったりするのは嫌です……」

 それは嘘ではなく、彼女の率直な気持ちの表れだった。

 野心さえなければ雨野は良い人なのだ。説得すれば分かってくれるはずだと考えていた。

「まさか、怖気づいているのか?」

「……はい、すごく怖いんです。……雨野さん、あたしを抱く代わりに、ではダメですか……?」

 田村はワイシャツのボタンを外し、さらにスカートのホックも外し、半脱ぎになって迫る。

 色仕掛けは人生で初めてだったが、それで雨野の野望を止められるならと思った。

「うっ……た、田村……?」

「お願いです……どんなことでも……しますから……」

 香水の匂いがほのかに伝わり、美麗な容姿と容貌に密着され、雨野は理性を失いかけた。

 それは確かに効果があった。彼の国家転覆の決心は鈍りそうになった。だが。

「きゃあっ!?」

「この……女めッ!」

 雨野は酒が入っていたこともあり、わざとらしい田村の態度に腹を立てた。

 その剛力で田村の頬を叩き、体を数度にわたって殴りつける。

 服が裂けてぼろぼろになり、アザだらけの裸体が剥き出しになった。

「あっ……うっ……ぐっ……」

「はぁ……はぁ……わかったぞ。お前は二重スパイだなッ! このオレの革命計画を阻止するために大学が送り込んだスパイなんだッ! それで邪魔をするんだなっ!?」

「ち……が……ぐぅっ!?」

 野心に取りつかれた雨野には、田村の真意など理解するべくもなかった。

 自分に賛成しない者が、敵対する者に見える。典型的な独裁主義者の思考。

「ぁ……ぅ……っ!?」

 田村の細い首筋を、雨野の剛腕が凄まじい圧力で締め付ける。

 彼女の抵抗など物ともしない、圧倒的な絞首力。殺すつもりだった。

「お前には死んでもらう。計画の遂行のためだ、許せよ」

「……ぁ……」

 粛清。内ゲバルト。総括。

 そうした言葉で表現されるように、この手の組織では、裏切り者を処分する行為が横行した。

 自身が非合法な行為に手を染めているため、猜疑心と不信感に常に満たされており──

 それが本当の裏切りではないとしても、殺さずにはいられなくなるのである。

「ば……け……」

「……何だ? さっさと死ね、田村ッ」

 冷淡な雨野の言葉。田村は薄れゆく意識の中で、あまりにも理不尽な運命を呪った。

 なぜ殺されなければならないのか。なぜ、なぜ。どうしてこんなことに。

 自分は死んだら、目の前の男だけは絶対に殺してやる、と彼女は誓った。

「ば……け……て……でて……や……」

 そう言い終えたところで、ばぎん、と首の骨が折れた。

 田村は細腕をだらりと下げ、血泡を噴いて息絶える。

「ふん、クソったれ女が。……だが厄介だな、死体を処理しなければならん」

 田村は死んだ。しかし、雨野はただただ冷淡だった。

 彼を支配しているのは野心と革命思想。そのためなら誰を殺しても何とも思わない。

 しばらく考えて、彼は、三階の研究室の窓を開けた。

「決闘に負けて転落死、これだな。絞殺だけでは疑われるが、転落なら大学ではよくある」

 そう言ってほくそ笑み、田村の死骸を窓から投げ捨てる。

 外は雨が降っていて、田村だった亡骸はグシャァと地面に叩き潰された。

「よし、これで俺が疑われても、決闘だと言えば済むな」

 確かにそれは、創覇大学では決闘中の死亡で片付けられる事案だった。

 決闘行為で死人が出ることは珍しくない。下手に揉み消すよりは堂々と死体を晒した方が、大学的には疑われないものだ。

 だがそれは、結果的には彼にとって大きな過ちだったと言える。

「ここにいるのはマズいな。一旦どこかに隠れるか……」

 雨野は田村の研究室を出て、『地下』にある自分の私室へと逃げた。

 そこは武装戦線のアジトと似た部屋で、連絡用の通信機と趣味のテレビが置かれていた。

「くそ……あんな女、殺して当然じゃないか。なにを後悔してるんだオレは……!」

 ソファーに座り、溜息をつく。瓶の焼酎を開けてそのままラッパ飲みする。

 殺すべきではなかったかもしれない。そんな気持ちを払いのけるように酒をあおる。

 そして。

「……? なん……だ……?」

 雨野は目を丸くした。

 部屋にあったブラウン管のカラーテレビ。昭和当時の最新鋭、買ったばかりの新品。

 それが……ひとりでに電源が入る。

「……故障……か?」

 丸く歪んだ昭和式のテレビの画面に、白黒で描かれた森と、小さな井戸が映る。

 そして……その井戸から、髪を垂れ下げて死装束を着た、一人の少女が姿を現した。

「なっ!? た……田村!?」

 雨野は酷く驚愕した様子で、テレビへと駆け寄った。

 画面に映っていたのは、生前よりも若い──大学に入ったばかりの田村の姿だった。

 身体を引きずり、乱れ髪で顔を覆い隠しながら、画面の手前へと迫ってくる。

「クソっ、何なんだ!? 『残留思念ざんりゅうしねん』か!? 驚かせやがって……!」

 雨野は怯えた様子だったが、何となく理屈を悟った。

 殺される直前に残した田村の思念力が、テレビの電源を入れ、このような映像を見せている。

 自分を驚かせ、恐怖させるための悪戯程度のもの。そう彼は思ったが。

「さっさと成仏しろ田村! こんなものでオレが怖がると思ったらグがぼアッ!?」

 テレビから、田村の真っ白な細腕が突き出し、雨野を殴りつけた。

 吹き飛ばされて壁に叩き付けられる、創覇抗日武装戦線のリーダー。

 あまりの人外の腕力を受け、頬骨にヒビが入り、脳震盪を起こしてほとんど動けなくなった。

「ば……馬鹿な……こん……な……? ひっ!?」

 テレビの中の『田村ゆうれい』は、画面いっぱいに顔を寄せ、虚ろな美貌で睨んだ。

「や……やめろ!? 来るな!? 来ないでくれえエェェェッ!!」

 雨野の悲鳴も空しく、画面を突き破って、ぬるりと現実世界に出ずる田村ゆうれいの全身。

 ただの残留思念ではない。それは……まさに『実体』だった。

「コロ……シテ……ヤル……」

 人間の言葉とは思えないほど低く暗鬱なその声で、田村ゆうれいはうまく歩けないのか、地面を這いずるようにして雨野へと近寄っていく。

 あまりの信じがたい出来事に恐怖し、顔をしわくちゃに歪ませて、必死に許しを請う雨野。

「ひイッ!? ゆ、許してくれ田村ッ! ほ、本当は殺すつもりじゃ……べぎィッ!?」

 田村ゆうれいは、雨野に近寄るやいなや、その両足を人ならぬ腕力で握りつぶした。

「あっ、あが……あがががががががががッ!?」

 そのまま雨野の両手の指と前腕と二の腕と肩を順番に握り、全てを粉砕ッ!

「あびっ、あびっ!? げぴぴィっ!?」

 雨野はさらに睾丸を握りつぶされ、両目を真っ白にして気絶。意識レベルを最低にする。

 だがそれで悲劇は終わらなかった。

「オ……キロ……!」

 田村ゆうれいは雨野の頭部を掴み、不思議な力を放った。

 その力のせいなのか。雨野の意識は、無理矢理に回復させられた。

「が……がばァッ!? いだアアアアアアアアアアアアアアアアッ!? ぎろめがぎがでらべた!?」

 耐えることのない激痛のため、聞くことすら堪えない悲鳴が室内にこだまする。

「クルシメ……クルシメ……!」

 血まみれになって瀕死になった雨野。だが、田村ゆうれいは気絶することさえ許さなかった。

 その人外の力で両足の指と膝と大腿を砕き、アバラを砕き、背骨を砕き、内臓を潰す。

「ぎぎぎぎぎィ!? びびびびびびひィ!? ぺぱぺぱぺぱぺぱぺぱぺぱぺぱぁッ!? ぼギリィ!? ひぎアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 何度も何度も気絶して失禁して脱糞して吐血して内臓が口から飛び出たが、雨野はその度に田村ゆうれいの不思議な力で意識を取り戻し、地獄の苦しみを味わう。

 さらに頭蓋骨と肩甲骨と首の骨まで砕かれたが、それでも気絶を許されない。

 痛いのに、痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに痛いのに意識を失うことができない。

「いぎアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! うがアアアアアアアアアアアアッ!!」

「モットイキロ……イキロ……!! イタメ……クルシメ……エイエン……ニ……!!」

 雨野は力尽きて物理的に絶命するその瞬間まで、激痛に苦しみ叫び生かされ続けた。

 そして──

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