表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神秘の泉  作者: hiko
3/11

第2話 誤解のち悲劇と喜劇

「うそ……でしょ? だってそんなはず……」


「嘘ついて俺に何か得ある?」


「それは……」


「そもそもさ、俺が何よりの証拠じゃない?」


 ケーニッヒの自宅では、ケーニッヒとその母親を前に、シュウエンリッヒが椅子に腰を下ろし何やら話をしていた。


「何ていうか、喜劇?」


「うぐ」


 ここにきてようやく盛大な誤解があることに気づいた……気づかされたケーニッヒ。しかし彼には未だ完全には信じることが出来ないでいた。


「クロイツェル侯爵領領主、ラウル・クロイツェル侯爵……ほんとに君の言うような人物なのか?」


 シュウエンリッヒは侯爵の事を、領民を大切にする慈悲深い貴族と語った。そんな事を突然言われても信じる方が難しい。ケーニッヒの反応はごく一般的な物だ。


「少なくとも俺はこの髪の事で差別されたりしたことはないぞ? 黒髪の若造が普通に仕えられるぐらいは侯爵は慈悲深い……というか変わり者?」


 そのこともまた、ケーニッヒには俄かには信じがたいことだった。

 とある理由から黒髪を持つ者たちは権力者たちに忌み嫌われている。蔑まれているといっていい。地方によっては黒髪というだけで奴隷としての扱いを受けている土地もあるほどだ。

 その黒髪を持つものが普通に家臣として仕えることができる領地。それも領主に直々に仕えているという。確かにシュウエンリッヒの身に纏うものは上等な生地でできている。触らせてもらったがその滑らかさと言い、光沢と良いケーニッヒがこれまで見たこともないような物ばかりだった。


「以前、聞いたことがあります」


 それまで、ずっと黙って聞いていたケーニッヒの母が静かに口を開く。


「大貴族でありながら決して必要以上に搾取することを良しとせず、大飢饉の年にはご自身の財を削ってまで民を養った変わり者の侯爵がいると……何処の何方かまでは存じ上げませんでしたが……」


「あ、それうちの侯爵の事ですよ」


 最早絶句するしかないケーニッヒ。とても信じられない話だがもし、その話が本当だとしたら……


「もし、本当にそんな奇特な方がいたとして……それでも自分に刃を向けられたら」


「まぁ、当然防衛手段として反撃するな」


「……何てことだ、喜劇だ。いや悲劇だ……」


 ケーニッヒは既に、そんな夢みたいな話があるはずがない。そう思う一方で、そんな奇特な貴族も一人ぐらいいてもいいのではと思い始めてしまっていた。


「ところで、おばさんさ……」


「何でしょうか?」


「元貴族だよね? それも割と上流階級の出でしょ?」


「ええ、そうですよ」


「はぁーーー!?」


 それはまさにケーニッヒにとっては驚愕以外の何物でもない暴露。


「何それ? 聞いてない! 聞いてないよ! そんなの初めて聞いた!」


「ええ。でもお父さんとジュラは知っていますよ?」


「は? なんで……?」


「この地に流れてきた時、あなたはまだ小さかったですが、ジュラは割と大きかったですからねぇ……」


「…………もしかして親父も?」


 あんなでかい図体に傷だらけの体して実は貴族……なんてことは……………


「彼は元兵士です。一応騎士の称号は持っていましたけど……」


 なかったけど、あった。


「いやでも……そんな急に……何で今まで?」


「聞かれませんでしたから」


 しれっと答える母親の姿に頭痛を禁じ得ないケーニッヒ。言われてみれば背筋をしっかりと伸ばして座る母親の姿は、どこか上品さがうかがえる…………様な気がする。


「農民らしくない親父だと思ってたけどさ……なんか体に刀傷みたいのあるし、やたらごついし、でかいし……でもまさか……」


 音を立てて机に突っ伏すケーニッヒ。立て続けに処理容量を超えるような事柄が舞い込んできて、既にどうかなりそうだった。


「まぁ、今すぐに侯爵側とどうこうなることはないはずだ。安心しろ」


 シュウエンリッヒの言葉にケーニッヒががばりと起き上がる。すごいスピードで。


「本当だな? 嘘じゃないな騙してないな、どういうことか説明してもらおう!」


 駆け寄りシュウエンリッヒの両肩をつかんで、ものすごい勢いで揺さぶり始めるケーニッヒ。

 揺さぶられながらシュウエンリッヒはそんなケーニッヒの姿を微笑ましげに見つめていた。それだけ必死になれる彼の姿に好感を持てたのだ。


「まぁ、落ち着け。ちゃんと説明するから」


「ほんとだな!」


 勢い込んで尋ねるケーニッヒを苦笑しながら宥める。ほっとくといつまでも揺さぶり続けていそうだった。現に少し頭がくらくらする。

 いつの間にか打ち解けあってしまった二人。そんな二人の姿を元貴族だという女性は、微笑ましげに眺めるのだった。


◇◇◇


 大至急侯爵に会って直に話をすべきだ。短い時間でそう判断したケーニッヒは、後のことを母に任せ、シュウエンリッヒと共に集落を後にした。

 しばし歩き、集落から少し離れたところで足を止めると、シュウエンリッヒは胸元から首にぶら下げた筒のようなものを取り出す。


「それは?」


「見てれば分かるよ」


 ケーニッヒの質問にそれだけ返すとシュウエンリッヒはその筒を口にくわえ息を吹き込む。それを何度か繰り返してシュウエンリッヒは筒をもとの場所へとしまった。


「見ていてもわからなかったんだけど?」


 シュウエンリッヒがしようとしたことは何となくだが分かる。筒はおそらく笛なのだろう。彼はそれを吹こうとしたに違いない。しかし筒は何の音も発しなかった。結局ケーニッヒにはシュウエンリッヒが何をしようとしたのか、もしくは何をしたのかさっぱり分からなかったのだ。


「まぁ、見てなって」


 そう言って笑うシュウエンリッヒの姿はまるで悪戯を仕掛けた子供のようで、少しだけ幼く見えた。と、そこでケーニッヒはあることに気づく。


「そういえば、シュウは何歳なんだ?」


「ん?十六だけど?」


「あ、同い年」


 何故かは分からないが、妙に馬が合う二人だった。


 そうこうするうちに、シュウエンリッヒはおもむろに左手を前に突き出す。今まで気づかなかったがその左手は肘から手首にかけて厚手の革が巻き付けられていた。何か塗ってあるのか、その革は漆黒で光沢がある。同じくシュウエンリッヒの左肩の部分にも革が宛がわれ、片側は胸を通って右脇腹へ、もう一方は背中を通って同じく右脇腹へと周り、その右脇腹部分で留め具で止められていた。

 動きにくくないのだろうかと感じたが、そういえば革は慣らすと柔らかくなり、形を合わせる性質があることを思い出す。おそらく左手も、左肩部分もシュウエンリッヒの体によく馴染んでいるのであろう。

 ケーニッヒが見つめる先で、突然ばさばさばさと激しい羽音を立てながら一匹の鳥がシュウエンリッヒの突き出した左腕めがけて飛び降りてきた。


「う、うわ!」


 思わずケーニッヒが悲鳴を上げて尻餅をついてしまうほどその鳥は大きく、強暴そうな風体をしていた。その鳥は今までケーニッヒが見たどの鳥よりも速いスピードで舞い降りると鋭い爪が生える両足でがっちりとシュウエンリッヒの左腕を捉え、二、三回羽ばたきを繰り返してから羽を休める。


「ピューィ」


 その鳥がその体躯からは想像できない可愛らしい声で何かを訴えるように鳴いた。


「よし、いい子だ」


 それに優しい声音で答えるシュウエンリッヒ。そのまま鳥の首回りを優しく撫で始める。途端に鳥が嬉しそうに目を細めた…………様に見えた。


「な、な、な……」


 今日はホントに驚くことが多いな。頭の片隅で冷静にそんな分析を行いながらも、他に何も言えないケーニッヒと、悪戯を成功させた様に得意げに微笑むシュウエンリッヒであった。


◇◇◇


 シュウエンリッヒの左肩に乗って耳朶を甘噛みしたり、首元や羽を一通り撫でられ満足した様子のコノハは――どうやらこの鳥の名前らしい――再び翼を広げ大空へと舞い上がった。そしてゆっくりと移動を始める。


「いくぞ」


 それについていくシュウエンリッヒとケーニッヒ。この頃になると日が完全に沈み、あたりは真っ暗闇に包まれる。

 普通ならば火を起こすなり、炎を操れる神霊術師がいたならば灯りをともすなりするところだが、シュウエンリッヒはそのどちらをするわけでもなく偶に上空を見上げながら夜道を突き進む。

 あるのはわずかな月明かりだけ。ケーニッヒはほんの数歩先を歩くシュウエンリッヒの姿がようやく見えるといった具合なのに、前を行くシュウエンリッヒはまるで普通に見えているかのように上空のコノハを伺い、迷いのない足取りでどんどん進んでいく。


(こ、これが黒髪の持つ身体能力なのか……)


 闇を闇と感じさせない足取りに感嘆の息を漏らすと同時、少しだけ恐ろしくなる。それは人の本能。人は自分と明らかに違うものを恐れるものなのだ。


 炎を操ったり、風を操ったり、水を操ったり、大地を操ったり、そういった超常の力を神霊術と呼び、そういった力を持った者たちを神霊術師と呼ぶ。彼らには外見的特徴があり、炎に属するならば紅、風に属するならば翠、水に属するならば蒼、大地に属するならば黄といった具合にその髪色に特徴が現れる。ケーニッヒの髪色は薄い蒼で、属性は水……なのだが彼はほとんど神霊術を使えない。


 神霊術は才能によるところが大きく、その才能は血脈によるものが多かった。才能ある血脈からは才能ある次代が生まれ、才能のない血脈からはやはり才能のない血脈が生まれる。稀にまともに神霊術が扱えない両親から才能ある神霊術師が生まれたりするのだが、それは非常に稀なケースであった。もちろんその逆、才能ある両親からほとんど素質のない子供が生まれることとも稀ではあるがあった。

 一般に髪の色が濃く、四原色(紅、蒼、翠、黄)に近いほうが素質が強いと言われている。そしてこの国の貴族はほとんどが神霊術師の家系であり、血脈を守るため、あるいは血脈を濃く、強くするため有力な貴族間での婚姻を続けてきた。結果として、貴族達と一般の民との間には強大な力の差が生まれ、はっきりとした支配者と被支配者の構図が出来上がってしまっている。


 そんな中で、神霊術の才能を持たない者が大成する方法は二つ。一つは文官としての価値を支配者、すなわち領主や貴族に認めさせること。もう一つは武官として大成すること。ただどちらも限りなく難しい狭き門であった。

 黒髪を持つ者がなぜ虐げられるのか。その理由の一端がここにある。彼らは等しく神霊術が扱えなかった。しかしその代わりに一般的な神霊術師よりもはるかに高い身体能力を持っている。黒髪たちはその身体能力でもって武人としての立ち位置を確保してきたのだ。

 それを羨む者、妬む者は多い。特に上流の貴族達はそんな彼らを「蛮族」と呼び、蔑んでいた。


◇◇◇


「遅かったな」


「うひぇ!」


 突然闇の中から声を掛けられ、続いて声の主が現れたとき、ケーニッヒは奇妙な叫び声をあげ二度驚いてしまった。

 現れたのは片目に刀傷が奔り、無精髭を生やした偉丈夫。そんな男が突然闇の中からあらわれたのだ。ケーニッヒの驚きようは半端なものではなかった。しかもその男、目が半端なく怖い。無感情な瞳で見据えられ、ケーニッヒは体の芯から凍りつくようなそんな感覚を覚えた。


「あんまり驚かせないでよ、一応協力者みたいなもんなんだから」


「そうか、それは失礼。キリュウ・イザナギだ。よろしくな」


 そういうと男は精悍な顔をゆがませてにっと笑った。怖いが、どこか人懐っこさも感じられる笑みだった。


「よ、よろしくおねがいします。ケーニッヒです」


(シュウといい、この人といい、笑うと印象が激変するのが黒髪の特徴なのか……ん?)


 あわてて名乗り返し、頭を下げるケーニッヒだったが、ふと違和感に気づき顔を上げた。


「イザナギって……」


 苗字を持つのは貴族だけに許される特権だ。ということはこの目の前の男性は黒髪ながら騎士候以上の身分を持つことになる。


「あ、ちなみにこれ俺の父親な」


「んな!?」


「こ、これ!?」


 再び素っ頓狂な声を上げるケーニッヒとなぜか絶句してしまうキリュウ。


「こ、これ……反抗期か? 反抗期なのか?」


 何やらショックを受けた様子でぶつぶつ言い始めるキリュウ。威厳やら精悍さやら緊張感やらが全部まとめて吹っ飛んだ。


(な、なんかいろいろ残念なおじさんだな……)


 最初の印象はどこへやら、それがケーニッヒの抱いたキリュウへの感想だった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ