プロローグという名の過去のお話
ということで、再・開です!
その地には一つの伝説があった。どんな傷も、持病も、忽ち癒してしまう不可思議な泉の話だ。それはいつも其処にある訳ではない。本当に真実それを望む者の前にのみ泉はその姿を現す。
何時からあるのか、だれが作ったのか、本当にあるのか……何一つとして分からない。その泉は『神秘の泉』と言う……
◇◇◇
紅蓮の炎が燃え上がり、肉が焼け焦げる臭いが鼻を突く。かつて暮らした村が、ともに暮らし笑いあった隣人が炎に呑み込まれる様を、ただ黙って見つめる。
あまりにも残酷で、あまりにも衝撃的過ぎて、どこか別世界の出来事のようにさえ感じられる光景。しかし降りかかる火の粉が、押し寄せる熱気が、鼻を突く臭いが、これは現実だと主張している。
少年は無力感に押しつぶされそうになりながら、しかし決してその光景から目を離さない。その光景を目に焼き付けること、記憶に刻みこむこと。それだけが少年にできる唯一のことだったのだから……
◇◇◇
「父さん、母さん、イリサ……お久しぶりです……」
そう言って頭を下げる一人の青年。しかし彼の前には父と呼ばれた男性も、母と呼ばれた女性も、そしてイリサと呼ばれた少女の姿もなかった。代わりにあったのは不格好な古ぼけた石が三つ。それぞれがこんもりと盛られた山の上に置いてあった。それは彼の父親と、母親、幼馴染の墓石であった。ただしそこに彼らの遺体はない。八年前のあの日、燃え盛る炎の中で三人は命を燃やした。いや、三人だけではない。あたりを見回すと同じような墓石があちらこちらに並んでいる。それはこの地に暮らした人々のなれの果て。青年を含めて偶然生き残った者達の手で作られた、彼らの墓地であった。同時にかつて青年が暮らした村でもある。
神霊術という神の御業をもってつけられた炎は、衰えるということを知らず、あたり全てを蹂躪し、燃やし尽くした。家も、人も、家畜も……すべてが等しく無に帰った。文字通り完全なる無。後に残ったのはかつて人だったのか、家畜だったのか、あるいはその他の何かだったのか見分けのつかない消し炭だけ。村中探しても他に燃え残った物はほとんど何もなく、ごくまれに骨のような物や、布切れのような物が数点だけ見つかった。結果、残された者たちはそれらを丁寧に埋葬し、いなくなってしまった者たちの人数分墓石を立てることしかできなかった。その墓石もそこらに転がっている大きめの石を運んで来ただけ。
青年はおもむろに屈みこむと、そっと手のひらを地面へと触れさせた。固く、冷たい感触が返ってくる。
今、青年が過去へと思いをはせるこの場所は、かつて彼が少年だったころ、燃え盛る炎を見つめ、目に焼き付け、記憶に刻みこんだあの場所であった。
あの日から八年。八歳だった少年は十六歳の青年へと成長していた。