エアポートへ(1)
8月下旬、父母と共に早朝の高速道路を空港へ向かった。
当時、関西には空港がただ一つ伊丹空港だけだった。
大阪に程近い伊丹空港は、同県に住んでいる私でも大阪に在ると思われるほど遠くに感じていた。
しかし、最近 購入したマーキュリーをぶっ飛ばしたい父は上機嫌だ。
父は、ヨーロッパ旅行に行く娘を見送ってくれると昨晩から家業の段取りを済ませ番頭さんに任せてきたと言うのだ。
特別、父が居なければ廻らないという家業でもないが‥溺愛している娘の行事ごとには何を放っても駆けつけるのが毎度のことである。
それに今日はマーキュリーとあらば早朝も暗い内から張り切るのは当然だ。
しかし、私にとっては、どうでもいいこと。
父がBMに乗ろうがベンツに乗ろうが‥車などには全く興味がない。
後部座席の座った私は 以前のBMより座り心地が悪いし、広々とはしているが、クッションが良すぎて車酔いしそうだなぁーと、思っていた。
「ゆき、どうだ!この車の乗り心地は?」
「う〜ん!いいよ」
そう言うしかない。
私が少しでも不満を溢すものなら 明日の日にもパンを買うように車を買って来そうである。
ここは、褒めちぎらねばならぬことは母も私も承知の上だ。
「そうか、乗り心地が良いか、それは良かった!ハッハッハ!」
あれは、高校2年の三者懇談の日だった。
職員室に通じる表玄関の前に一台のBMが斜めに横付けていた。
私たちクラスの女子何人かで玄関先の掃除をすることになっていた。
「この車〜邪魔だなあ〜なんで こんな所に停めるのよ」
一人の女子が怪訝そうな顔つきで そう言ったのを聞いて 私も同じように、
「ほ〜んと、こんな所に停めるなんて‥何処の誰よ!」
まさか!?
いやっ、父だなんて微塵にも考えはなかった。
だって、その日の朝 登校する時はガレージの中に納まっていたのはクラウンが確かに存在していた。
1時からの三者懇談なのに派手なジャケットを羽織り教室の前で待っていた父は、私の顔を見るなり〜
「ゆき、先生の話が終わったら〜おとちゃんとドライブ行こかぁ〜?」
「ダメよ!!課題が残ってるから夕方まで学校で居残りするから」
「そっかぁ〜」
父の寂しげに肩を落としていた姿が可愛そうになった私は、懇談会の後 父を玄関まで見送った。
ところが、駐車場側には行かず正面真っ直ぐにBMのドアに手を掛けた。
ガーン!?
私は上靴を履いたまま車へと走った。
「ちょっと待った!!」
「おぉ!行く気になったのか!!」
「そうじゃなくて‥この車?」
「おとちゃんのんや!!」
「いつ?どこで?何?母さんは知ってんのん?」
「いいやぁ~知らん!」
父は首を大きく振った。
「いいやって!?なんで〜」
「ゆきに最初に見せたかったからや!もう、えぇわ!ほな、早ようお帰りよ」
そう言って父はBMを発車させた。
聞きなれないエンジン音は、父が去った後も私の耳に残った。
そんな破天荒な父親を嫌っていた訳ではなく 回りの父親とは どこか違う父が私は大好きでした。
この日、自宅に戻った私の耳には、BMのエンジン音は消え去り、家中に母の声が騒音となり響き渡っていた。