時計台の前で
ーーーーそれは2ヶ月ほど前。
雪のちらつく冬の日。今日はいつも以上に寒かった。時計台の前に両手を擦り合わせて寒さを紛らわそうとする男の人。
待ち合わせだろうか? 由香里は失笑したいという衝動を抑えて、目的地に向かった。
1時間過ぎに用事を済ませて由香里は家路を歩いていると、身体を震わせながら座り込んでいる男が目に入った。
「ちょ、ちょっとあなた大丈夫!?」
慌てて男の身体に触ると、氷のような冷たさだ。
「だぃ、じょうぶ」
真っ青な顔に紫色の唇。身体は終始震えている。大丈夫なわけがない。素人の由香里にだってそれくらいわかる。よく見ればさっきの男だと気付いた。
「もしかしてあなた今までずっと待ってたの?」
「う、ん」
由香里の問に紫色の唇をきゅっと上げ笑った。由香里はふぅ、とため息を吐き取り敢えず喫茶店に入ろうとした、そのとき1人の可愛い女性が歩いてきた。
「それ、あたしの」
由香里たちの目の前で止まり、彼を指差しながら言った。そしてまた歩きだす。
「ちょっ……」
文句を言おうとした由香里の口をそっと手で塞ぎ、お礼を言い彼女のあとを追い掛けていた。
それからは週に2、3回のペースでまたあの彼女を待つため、やっぱり時計台にいた。
いつからか彼女を待っている彼と話をするようになった。
ある日時間も忘れ彼と話し込んでいた。
「ちょっと! なに人の彼氏と仲良くしてんのよ!!」
当たり前のように遅れてきた彼女に一瞥し、彼に視線だけで別れをいい、由香里は家路を歩いていく。
「待ちなさいよ! 何してるのって訊いてるのよ!」
顔を真っ赤にさせ怒っている。彼は彼女を止めようとするが怒りは静まらない。
「あら、暇潰ししてただけよ。あなたが来るまで」
彼女は由香里の頬に平手打ちをし、彼の手を引いて歩いて行った。
次の日もまた、彼は時計台の前で彼女を待っていた。
「また待ってるの?」
「……」
彼の返事はない。彼女にもう話すなとでも言われたのだろう。多分そうなるだろうとわかっていたのに、由香里の心がキシキシと痛む。
「無視しないでよ」
無視されたのか悲しくて虚しくて気が付くと由香里は彼の紫色の唇に自分の唇を押しあてていた。
彼のびっくりした顔を見た瞬間由香里は自分の行動を恥じるのと同時にいつの間にか自分が彼に恋心を抱いていたのだと気がついた。
信じたくなくて、忘れたくて由香里は前々から自分に好意を抱いていた梶くんと付き合った。彼のいる時計台の前を通ってみたり。彼はそんな由香里を気にもせず、今日も彼女を待っていた。
お前のことなんて気にもしていないと言われているようで由香里は悲しんだ。どうすれば彼を振り向かせられるのか。
「彼にキスをしたときみたいに勇気があればまたあの時みたいに仲良くできるのにな」
彼女を待つ彼の横顔を眺めながらそんなことを言っていた。
ーーーーまた話し掛ける勇気のない弱虫の由香里。あの日からもう2ヶ月が過ぎた。降り積もっていた雪は姿を消し、暖かさが戻ってきた。
いつものように目的地へ急ぐ、すると時計台の前にはいつものように彼が彼女を待っている。
彼を見ないように心がけながら前を通過する。不意に由香里の足が止まった。
「どうして? どうしてあなたは……泣いているの?」
この世の終わりみたいな顔をして泣いている、彼に由香里はただ背中を擦ることしかできなかった。
「フラれたんだ……はあ、俺めっちゃだせー」
瞳に涙をためながら自傷するように笑う彼の横顔があまりにも切なくて私まで悲しい気持ちになった。彼は由香里にそっともたれてきた。
「甘えないでよ」
もたれてきた身体を突き放した。彼はびっくりした顔でこちらをみた。
「なに? あなたを好きだった私なら慰めてくれるとでも思ったの? 馬鹿にしないでよね。あんたみたいなヘタレこっちから願い下げよ」
それだけを言い放つと由香里は歩きだした。それからはもう彼が時計台にいることはなかった。
数週間後、もとから好きではなかった梶ともそんなに続きはせず、すぐに別れた。フリーになってなんとなく肩の荷がおりた由香里は彼のことは忘れかけていた。
そして今日も由香里は目的地へと足を進めていた。時計台の前、懐かしい姿が見えた。
「この間はすまなかった」
由香里の前で深々と頭を下げる彼。
「別にいいわよ。それより、もう吹っ切れたの?」
「彼女のことは好きだ。だからこれからもしつこくアタックし続けるよ。そう思えたのは君のおかげだ。ありがとう」
ちらりと八重歯を見せ笑う彼。ああ、この間より数段格好よくなった。由香里も笑みを返した。
「あのさ、今さらだけどよかったら君の名前教えてよ」
結構話していたにも関わらず由香里は彼、彼は君と互いの名前さえも知らなかった。
「嫌よ」
「え……」
笑っていた顔がみるみるうちに悲しげな表情となった。
「2人ともが幸せになったとき、またこの時計台の前で会いましょう。名前はその時よ」
子犬のようにはしゃぎ彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「僕のほうが先に幸せになってやる!」
そんなことをいいかけて行った。
由香里はくすりと笑い走りながら振り向いている彼に手を振った。
「またね」
この小説を読んでいただいてありがとうございます!
自分的にはちょっと表現が雑かなあ、と思いました(汗
あれ、ここ変じゃない? など疑問を思った方は知らせてください!
よろしくお願いします
本当に最後まで読んでいただいてありがとうございました。
以上
2011年10月23日(日)
本間香