第三話 その2
「んじゃあ、そろそろ僕は行くから。じゃあな」
「じゃあな、じゃないです!あたしの事、このままスルーする気ですか?」
「当然」
全く躊躇わずに言い切った。だって面倒だし。
「このままじゃあたし、ただの痛い変質者じゃないですか!」
自覚はあるらしい。それは良かった。そのまま可及的速やかに消えてくれ。
「演劇部の誰かに気付いてほしくて、かれこれ三十分もこうして覗いていたというのに…」
「……おまえ、阿呆だろ」
リアクションが返ってこないからって、三十分は長すぎる。
いや、そもそも覗きの目的が見学ではなくなっている。
「そういえば僕達、何の話してたっけ?」
言われて、悩む猫島。…そうだ思い出した、部室に入ろうとしたんだった。
そ〜っと部室に入ろうとする僕。しかし、猫島ががっし、と僕の肩を掴んで放してくれない。
…あぁ、空が青いなぁ……。
「露骨に目を逸らさないでくださいっ!」
「…ちッ…」
「今舌打ちしましたよねぇ!?」
なんか、僕が誰かをイジるのは新鮮な気がする。ボケっていいなぁ…。僕、部長たちへのツッコミばっかだしなぁ…。
さぁ、どうボケようかな、と猫島を見ていると、何を思ったのか猫島はポッと顔を赤らめこう言った。
「そ、そんなにあたしを情熱的に見ないでください…」
「誰が見るかッ!」
「照れますぅ…」
「人の話を聞けっ!」
っつーか、やっぱりそっちがボケかよ。
「恥ずかしくて横隔膜がドキドキします」
「そりゃしゃっくりだ」
「ゾクゾクします」
「風邪か?」
「ウズウズします」
「何で!?」
「ムラムラします」
「こっち来んな、痴女!!」
「あれ、本当はどこがドキドキしていたのでしたっけ」
「それを忘れるなよな、胸だろ」
「胸だなんて、鈴木先輩いやらしいんですね…」
「胸という単語にそこまで反応するお前のほうがよっぽどいやらしいわっ!」
「失礼な。これでも意外とあるのですよ?」
「うるせえ貧乳」
「スライダーと言ってください
「多分お前が言いたいのはスレンダーだ」
こいつ、天然か?確信犯なのか?
そんな事を思っていると、猫島と目が合った。
その途端、
「見つめ合〜うと〜」
唐突に猫島が歌い出した。
「歌うな、JA〇RAK表記が面倒臭い」
「サザンオー〇スターズを馬鹿にしないで下さいっ!」
「馬鹿にはしていない!」
なんかついこの間もこんな感じの会話をした気が。
「今は亡きサザンオ〇ルスターズ…」
「死んだみたいに言うなよ!」
「サザン〇ールスターズはあたし達の心の中で、ずっと生き続けるでしょう…」
「サザ〇は無期限活動停止しただけだ〜っ!!」
鈴木竜也16歳、魂の叫び、みたいな。どちらも似たようなものだろう、という意見はこの際無視で。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいっ!」
「誰のせいだと思っている!」
人事のように言ってくれやがって…。
「ちっ、人がせっかく下手に出てやったっていうのに…」
「あれ!?グレた!?」
僕、そんな悪いことしましたっけ。
「ジャンピング土下座したら許してあげます」
「何を?」
「スライディング土下座でも可、ですっ!」
「どっちも出来ねぇよ!」
「じゃあ切腹していただきましょうか」
「だからなんでだよ!あと、どこから『じゃあ』につながるんだ!そもそも死ぬって!それ絶対僕死んじゃうって!!」
一つの台詞で三つも突っ込みどころを作るんじゃねえよ。
面倒臭いから。
「ちなみに、度胸のある人は、自分の腸を引きずりだして、手で掲げて死ぬそうですよ」
「要らない豆知識っ!」