違和感収集家
東京では、毎日いろいろなものがなくなる。
コンビニの新商品。
駅前の古い看板。
名前も知らない小さな店。
そして、ときどき、説明のつかないものも消える。
それを記録する仕事がある。
僕は、東京の違和感収集家だった。
仕事は単純だ。
街を歩いて、
「少しだけおかしいもの」を見つけて、
写真を撮り、レポートを書く。
事件ではない。
ニュースにもならない。
ただ、誰も気にしない小さな違和感。
例えば——
公園のベンチの位置が、昨日より少しだけ変わっている。
深夜になるとだけ現れる猫の足跡。
閉店した店のシャッターに、毎日少しずつ増える傷。
東京には、そういうものがたくさんある。
でも普通の人は気づかない。
昨日と同じ景色だと思っている。
僕がこの仕事を始めたのは、半年前だった。
求人サイトに、こんな募集が載っていた。
「街の違和感を記録する調査員募集
散歩が好きな方歓迎」
仕事内容はそれだけだった。
散歩をして、写真を撮って、
週に一度レポートを送る。
報酬も悪くない。
ただ一つだけ、不思議なルールがあった。
違和感に触ってはいけない。
理由は書かれていなかった。
ある夜、帰り道に小さな公園を通った。
ベンチの上に、赤いマフラーが置かれていた。
冬の終わりだった。
忘れ物だと思った。
でも次の日も、同じ場所にあった。
その次の日も。
三日目、僕は写真を撮った。
レポートに書いた。
「公園のベンチに、動かないマフラーがあります」
すぐに返信が来た。
それは珍しいことだった。
会社はほとんど返事をしない。
メールには、こう書かれていた。
「その違和感を観察してください。
触らないでください。」
それから毎日、その公園に寄るようになった。
マフラーはずっと同じ場所にあった。
風が吹いても動かない。
雨の日でも濡れていない。
そして五日目。
僕は気づいた。
マフラーは、少し長くなっていた。
ほんの数センチ。
でも昨日の写真と比べると確かだった。
六日目。
マフラーはベンチから少し垂れていた。
七日目。
地面に触れた。
八日目。
公園の砂の上を、静かに伸びていた。
まるで、どこかへ向かっているみたいだった。
九日目の夜。
会社から二通目のメールが届いた。
短い文章だった。
「それは“移動する違和感”です。」
そして最後にこう書かれていた。
「可能なら、
それが向かう場所を記録してください。」
次の日、公園へ行った。
マフラーはもうベンチにはなかった。
代わりに、赤い毛糸が地面の上をまっすぐ伸びていた。
公園の出口へ。
その先の道へ。
僕はカメラを持って、その線を追った。
住宅街を抜け、
小さな交差点を渡り、
静かな商店街を通った。
毛糸はずっと続いていた。
まるで誰かが、
東京の街に細い線を引いているみたいだった。
気づくと、駅の近くまで来ていた。
古い雑居ビルの前で、毛糸は止まっていた。
入口の横に、小さな郵便受けがあった。
会社の名前が書かれていた。
僕の働いている会社だった。
その瞬間、少しだけ寒くなった。
翌日、会社からメールが届いた。
「観察お疲れさまでした。」
それだけだった。
でも、その下に小さく追記があった。
「東京には“動く違和感”がいくつもあります。
それらは、ゆっくりと集まっています。」
そして最後の一行。
「あなたの仕事は、それを見つけることです。」
その日から、僕はまた街を歩いている。
昨日と同じ道。
昨日と同じ店。
でも、よく見ると違う。
角の自動販売機が、少しだけ位置を変えている。
公園の時計が、毎日一秒ずつ遅れている。
誰も気づかない。
でも僕は知っている。
東京では、今もどこかで、
小さな違和感が静かに動き続けている。
そしてたぶん、
それらはいつか全部、
どこか一つの場所に集まる。
その場所がどこなのかは、まだわからない。
でもきっと、
僕の次のレポートに書かれることになる。




