闇が立ち上がるとき
魔法戦術演習場。
広い石畳の上に、円形の結界が張られている。
教師が名簿を読み上げる。
「本日は属性別の模擬戦。安全装置は作動している。過度な出力は禁止だ」
視線が集まる。
ルークへ。
ひそひそ声。
「闇は反則だろ」
「どうせ不気味なだけだ」
「平民が目立つなよ」
慣れている。
だが、慣れたくはなかった。
胸の奥がわずかに軋む。
横でアレスが小さく笑う。
「なあ、珍しいものを煙たがる文化、どうにかならねーのかな?」
軽い声。
周囲が睨む。
アレスは肩をすくめる。
「未知ってだけで怖がるとかさ。もったいねぇよな」
ルークは短く答える。
「……別に」
本当は、別にじゃない。
だが、それを口にする意味はない。
⸻
「始め!」
火が走る。
風が裂く。
土が隆起し、水がうねる。
四属性が同時に迫る。
観客席が息を呑む。
ルークは一歩、前へ出る。
足元に、影が落ちる。
いや――
影が、広がる。
それは黒ではない。
深い。
底の見えない、水面のような闇。
魔法陣へ触れた瞬間。
火は“燃え方”を忘れ、
風は“進み方”を失い、
土は“形”を崩し、
水は“流れ”を止めた。
奪うのではない。
削るのでもない。
存在の輪郭を、曖昧にする。
結界が震えた。
教師の顔色が変わる。
「……そこまで!」
沈黙。
次の瞬間、四人が同時に膝をつく。
「魔力干渉……?」
「いや……違う……」
「干渉じゃない。分解だ」
ざわめきが波のように広がる。
ルークは淡々と結界の外へ出る。
だが。
指先が、わずかに冷えていた。
闇は扱える。
だが――
底は、まだ見えない。
アレスだけが叫ぶ。
「うおおおお!闇かっけぇ!!」
誰も笑わない。
喜んでいるのは、彼だけだ。
⸻
廊下は静かだった。
背後から、足音。
六人。
貴族章を胸につけた男子生徒。
「ずいぶん派手にやってくれたな、平民」
ルークは振り返らない。
「あれは授業だ」
「闇風情が目立つなと言っている」
一歩、距離が詰まる。
「お前がここに立っているのは、実力ではない」
間。
「王家が“見世物”を置きたかっただけだ。
光の引き立て役としてな」
胸の奥が、鈍く痛む。
図星だと思ったわけではない。
だが――
その可能性を、
一度も考えなかったとは言えない。
「理解したか、影」
足が止まる。
振り返る。
その瞬間。
六つの魔法陣が展開した。
廊下が赤く、青く、黄に染まる。
数で潰すつもりか。
「六対一だ。文句はあるまい?」
ルークは目を閉じる。
一瞬だけ。
――あの日の白い光。
選ばれた彼女。
置いていかれた自分。
目を開く。
「……ない」
低い声。
闇が、足元から立ち上がる。
壁の影が伸びる。
天井の陰が、揺らぐ。
六人の足元が、重く沈む。
魔法陣が不安定に揺れる。
それは怒りではない。
爆発でもない。
静かな圧。
逃げ場のない深さ。
「やめろ!」
誰かが叫ぶ。
結界がない。
ここは廊下だ。
闇が一歩、前へ出る。
ルークの影が、
六人の影と重なる。
「俺は、敵になるつもりはない」
それでも。
光の隣に立つために。
闇は、退かない。




