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第8話 予知と勘

 エインとホロスは隣町に行くため再び森の中を歩いている。すると──


「ぐ~っ」


 エインの腹の音が鳴った。


「…腹が減った…のか?」


「なんで疑問形なのよ」


 しかしこれは仕方のないことだ。二人がいた「狭間はざま」では“眠る”ことや“食べる”ことは可能であったが“眠くなる”や“空腹”といった感覚を感じることはなかった。

 エイン、実に千年ぶりの空腹である。


「もう、仕方のない子ね」


 そう言うとホロスは空中からパンを取り出す。


「うわっ! なんだそれ」


「パンよ。あなたが『狭間』に入り込むときに持っていたものは私が預かっていたのよ。心配しなくても大丈夫よ。『狭間』ではパン(これ)の時間は止めてたから腐ってたりはしてないわ」


「そうか、ありがとう。でも俺が聞きたかったのはそのことじゃなくて何もない空中から取り出したことなんだが」


 俺はホロスに手渡されたパンを半分にちぎりながら言葉を返す。


「ああそっちか。空間魔法よ。私がいま使える唯一と言っていい女神らしいモノかしら」


「…なんかあれを思い出したよ。異世界の…あのロボットの…四次元ポケット? だったか」


 千年間いた「狭間」ではホロスがたびたび異世界の娯楽物ごらくぶつを再現していた。そのためエインはそれなりに異世界の情報が頭に入っている。


「私のはあんなに便利じゃないわ。不思議な道具は入ってないし容量も大きくない。手で持つ必要がない少し大きめのバッグという認識でいてちょうだい」


「そうか。それでも便利だと思うけどな」


 半分にちぎったパンの片方をホロスに渡す。


「いいの?」


「当たり前だろ」


◇ ◇ ◇ ◇


 二人はパンを食べながら森の中を進んでいる。


「そういえばホロス、お前いま回復魔法とあの『ポケット』の他に使える魔法はあるのか?」


「あむっ…防御魔法が使えるわ」


 ホロスはパンを頬張りながら返事をする。


「攻撃魔法は」


「使えないわ」


「………」


「あっ! いま露骨に残念がったわね!」


 しまった。顔に出てたか。


「すまん。ただホロスが攻撃魔法を使えるなら俺が苦手な遠距離が補えると思って」


「仕方ないわねー。特別に許してあげるわ。それにこう──」


 俺はホロスの言葉を制し腰に下げた刀に手を掛ける。


「ゆっくり食事も取らせてくれないみたいだ。ホロス下がっ──」


 直後エインは魔法の気配を感じとる。


「いいわよ。私がやっとくから──」


 樹上から放たれた矢を防御魔法が受け止めた。


 左右の樹上に2。前方に5。これは──


「ゴブリンか」


 ゴブリン──この世界では現在魔物と定義されている生物。魔物とは魔力を有し、人類の敵となり得る生物の総称である。そのなかでも人型で高い知能を備え人語を操る魔物を“魔族”と定義づけている。また息絶えると塵となり消滅するのも魔物及び魔族の特徴の一つである。

 余談ではあるがゴブリンは稀に人語を話す個体もいることから魔族に分類し直すべきではないかとの声が学会で上がっている。


「上の2体の攻撃。少しだけ耐えられるか?」


「余裕よ。私を誰だと思ってるの?」


「頼りになるな。女神様──」


 エインは走り出し前方のゴブリンとの距離を大きく詰めると群れの中心に入り込む。その動きをゴブリンは追うことができなかった──


「よう。久しぶり」


 かつては1対1の状況を作らなければ勝てなかった相手──それを──


「“みだざくら”」


 5体同時に討ち取った──


「ふふっ、本当に成長したわね。エイン」


 その光景を見て女神は微笑む。


「さあて! 私もがんばっちゃおうか!」


 その口角は更に上がる。


「エイン! さっきの言葉の続きよ! 私は攻撃魔法は使えないけど──」


 直後、樹上のゴブリン2体の周囲に魔力反応が現れる。


「攻撃できないとは言ってない──」


 ゴブリンはまだその魔力反応に気付けていない。


「“シルド”」


 ゴブリンの周囲に半透明の四角い防御魔法が展開される。


「“密閉クロズド”」


 それがゴブリンを包みゴブリンは半透明の立方体の中に閉じ込められる形となる。


「“爆縮インプロージョン”!!」


 その立方体が急激に縮み、中にいたゴブリンが圧縮され押しつぶされた。


「どうエイン! これが防御魔法を応用しての攻撃よ!」


 ホロスは胸を張って誇らしげな様子だ。


「…凄いな…。凄いけどあれだな……。グロい……」


 つい正直に言ってしまった。しかし女神の攻撃手段があんな物騒なものでいいのだろうか。


「し…仕方ないじゃない!! 今の私にできる攻撃これしかないんだから…っ!」


 本人も自覚はしてたみたいだ。しかしせっかく倒してもらったのに悪いことを言ってしまったな。


「悪い悪い。でもその魔法本当に凄いな。逃げ道なくして押しつぶす。必殺の攻撃なんじゃないか?」


 いや、本当に。もう俺が戦う必要ないのではないだろうか。


「そんなことないわよ。例えば──」


「……っ!」


 エインは“何か”を感じ取り咄嗟に後方に下がる。前方には半透明の立方体が形成されている。


「こんなふうに敏感な奴には避けられちゃうし単純に頑丈な奴相手はたての強度が足りなくて潰せない。そして込める魔力量にもよるけどたては遠くに出せば出すほど、面積を広げれば広げるほど強度が下がっていくのよ」


「……っ! 説明してくれるのはありがたいが実際に出す必要はないだろ! 俺は魔法は“勘”でしか避けられないんだぞ!」


「でもちゃんと避けられたじゃない? 信用してのことよ」


 魔力を持たないエインはこの世界の住民が当たり前のようにできる魔力を感じる、あるいは見るということができない。しかしそれを魔法という形にし土や氷のように物質化させたもの、そして炎を出し燃焼をさせるといった現象になると見ることができ、干渉も可能となる。


 ところが今回エインは“シルド”が物質化される前に避けた。本人は“勘”と言っているがその説明は正確ではない。魔力は発生時ほんのわずかだが空気を揺らし温度を変え、空間をひずませる。常人では全く感じることができない“それ”をエインはあの千年間で無意識ながら感じることができるようになっていた。それは“勘”と呼ぶにはあまりにも精度が高く、もはや“予知”と言っても差し支えない。


「避けられてもびっくりはするんだぞ……」


「ごめんごめん。もうしないから怒らないで」


「別に怒ってはない。……ところで気付いてるか?」


「ええ、この感じは……」


 魔物や魔族とは違う気配。これは──


「人間か。めんどくさい“予感”がするな」



    第8話 予知と勘


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