第7話 地獄への道は女神と共に
「出てきたのかホロウノス……」
この世界に女神が降り立ったことを感じ取る男が一人。
「なにが不満だホロウノス。この世界は千年前より平和だろう──」
グラスに入った飲み物をグイと飲み干し乱雑に置く。
「魔王様、グラスをお下げします」
配下の一人が空になったグラスを下げようとする。
「ああ、ありがとう。だが魔王と呼ぶな、仰々しい」
「しかし──」
「いつも言ってるだろう、俺のことは『鵠』と呼べと──」
クグイと名乗る男はテーブルに足をドンと乗せた。
「堅苦しいのは苦手なんだ」
◇ ◇ ◇ ◇
現在エインとホロスは森の中を歩いている。
「ねえ~! 疲れたわエイ~ン! この体歩きづらいわよ」
「俺に言われてもな……」
歩幅を合わせて歩いていたがそれでも今のホロスにとってこの道のりはきつかったか。
「はぁ…仕方ない。おぶってやるから乗れ」
俺はしゃがんで背中に乗るよう促す。
「ん…ありがと、エイン」
ホロスは満足気だ。
「最初からこうすりゃよかったな」
「まったくよ」
「おぶってもらってる側の言葉じゃないぞ」
俺は背中でやいのやいのと騒ぐホロスを受け流し森の中をひたすら歩く。そして遂に森を抜けた。
ここは辺境の村ルイグ、俺の故郷だ。
「はぁ…まあそうだよな…」
崩れ去った建物、血まみれになって倒れている村人たちを見て呟いた。
俺はおぶっていたホロスをおろすと声を出し呼びかける。
「おい!! 生きてる奴がいたら返事をしてくれ!!」
──返事はない。
きょろきょろと辺りを見渡すと視界の端にホロスが映る。
「…なにやってるんだホロス」
ホロスは目を瞑りながら手を組んでいる。
「魔力探知。生きてる人がいたら引っかかるはず」
「…どうだ」
ホロスは無言で首を振った──
「そうか…」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふぅ……」
俺はシャベルを地面に突き刺し額の汗を拭う。村人全員の埋葬が完了した。暗かった空も白み始める。
「…ごめんねエイン。あまり力になれなくて……」
「そんなことない。回復魔法で亡骸を綺麗にしてくれたろ」
俺達は俺が作った簡易的な墓の前で祈りを捧げる。
「なあ、ホロス」
「なにエイン」
「人は神に祈る。だったら神は誰に祈るんだ?」
真剣に祈るホロスの横顔を見て湧いて出た疑問をぶつけた。
「人によ。人は神にああしてほしい、こうしてほしいと祈るでしょう? それと同様に私は人に“こうあってほしい”と祈るのよ」
「…たまには神らしいことも言うんだな」
「当たり前よ。本物の女神だもの」
その横顔はまさしく女神であった──
「ついでに悩みを聞いてくれないか女神様」
「もちろん、なんでも話しなさい」
「俺はこの光景を見て悲しいと思ったし悔しいとも思った。でも思ったほどではなかったし涙も出なかった。俺は人の心を失ったのか?」
ここの村人は俺にとって恩人であり家族にも近い存在だった。にも拘わらず涙一つもでりゃしない。人としてあるべきはずの心を失ってしまった気がする。
「あなたにとってこれは千年前の出来事よ。時は感情を薄れさせる。これは仕方のないことよ」
「それでもこの光景はいま見たものだ。俺は──」
「大丈夫よ。ちゃんと苦しんでいるじゃない。心がある証拠よ」
ホロスは俺の胸をトンと叩いた。
「それにその重荷を背負わせてしまったのには私にも責任がある。だから苦しむなとは言わないわ。せめて分かち合いましょう」
「……ありがとう」
「気にしないで。神の務めよ」
◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ行くか」
俺は祈りをやめ立ち上がった。
「ホロス、魔王のいる場所はわかるか」
ホロスは無言で首を振った。
「そうか。じゃあ次の目的地は隣町だな」
「隣町になにかあるの?」
「俺も実際に行ったことないけど隣町は人が多いと聞いた。そしてギルドもあるらしい。情報が集まっているかもしれない」
「なるほど。行かない手はないということね」
俺は頷いた。
「ホロス、俺は魔王を倒す。その過程で多くの魔族も殺すことになるだろう。魔王の『祝福』で無理矢理動かされているだけかもしれない魔族も」
「…魔族は元から人間を襲う本能にも近い習性があるわ」
「ああ、でももしかしたらその習性に抗い人間に歩み寄ろうとしている魔族もいるかもしれない。これから俺のすることはその可能性を断ち切ることだ」
俺は「千偽理」を強く握りしめた。
「──それを理解した上で斬る」
俺はこれから血濡れた道を歩いていく。その覚悟ができた。
「俺はきっと地獄に堕ちるだろうな」
「そのときは私も一緒よ」
「神も地獄に堕ちるのか?」
「さあね。死んだことないからわからないわ」
「俺はあるぞ」
「ふふっ! 知ってる。いっぱいね」
第7話 地獄への道は女神と共に




