第26話 詠唱
「ここが交易路。森を切り開いて作られた道か」
この道は例の蜥蜴人が居ついてから封鎖されている。通るには特別な許可証が必要とのことでここに入ってからは誰ともすれ違うことはなかった。
「ホロス、準備はできてるか? 当然俺たちも戦うがまず間違いなく狙われるのはホロスだからな」
「当然準備は万端よ! いつどこから攻撃されようとも問題ないわ」
ホロスはそう言うと手のひらの上に魔力で生成した半透明の結晶を浮かべる。
「そういえば例の蜥蜴人には名前があるらしいわね。なんだったかしら」
今回のように特異性のある魔物には危険性を周知させるためギルドが名付けることがあるとワルドが言っていた。今回の蜥蜴人の名は──
「“ゴーメット”ッスよ。例え何人で通りかかろうと襲うのは奴がその場で一番強いと判断した強者のみ。戦いを切望しながら強者以外には興味がないと言わんばかりに選り好みをする。だから“美食家”らしいッス」
ホロスの疑問にリヒトが答える。付け加えると複数人で戦闘をしてもゴーメットが狙うのは基本的に奴が強者だと認定した人間一人だけらしい。そしてその一人を仕留めると森の中へと消えていくという話だった。
「“美食家”ねぇ。ギルドも随分と贅沢な名前をつけたわね」
「それだけ脅威として見ているんだろ」
話が進み足も進む。もういつ襲われてもおかしくない。
そしてその時が訪れる──
「…来るぞ」
「わかってるわ」
「え!? マジすか…!」
三者三様、各々戦闘準備を取り終える。その直後、木々の隙間から大きな陰が飛び出す。今回“美食家”が選んだ皿は……
「俺か! お前見る目あるぞ!」
エインは“美食家”が放った斬撃を受け止めた──
──今回の標的は魔力のない男エイン。その事実に驚いたのはなにより“美食家”自身であった。合理的に考えればあの場で一番強いのは上質な魔力をふんだんに保持している金髪の子供。頭ではそれを理解しているが本能が告げる。あの男と戦えと──
そしてその判断が間違っていなかったとすぐに理解する。この男は文句なしの極上の皿だと。“美食家”は思わず細い舌で舌舐めずりをした。
「ホロス! リヒト! 手ぇ出すなよ!」
「はいはい」
「いいんスか……?」
「いいもなにもあなたあの中に矢放つ気? やめときなさい。邪魔するだけよ」
剣と刀のぶつかり合い。激しい剣戟は既に始まっている。そこにリヒトが付け入る隙などなかった。
「オレは無理ですけどホロスさんなら……」
「できるけどしないわよ。する必要もないし」
「でもあいつ…エインさんと互角の剣技を……」
エインと“美食家”は両者一歩も譲らない互角の剣技を披露する。そのハイレベルな両者のやり取りはリヒトの理解の外にある。
「あれはエインの悪癖ね」
「悪癖…?」
「千年の戦いではエインは相手が全力を出し切ったのを確認してから倒すようにしていたの。修行だったらそれでいいと私も思う。でも今回は実戦。倒せる時に倒さないと足元掬われることもあるっていうのに、まったくあの子ったら」
それでもホロスが手助けをしないのはエインへの信頼あってのもの。事実、徐々にエインが押し始めてきた。
「お前の底はそこまでか」
“美食家”は人間の言葉を聞きとれない。しかし不思議と今の言葉が挑発だということを確信する。その言葉を否定するかのように“美食家”の動きはより速く、より滑らかに、そしてよりパワフルに──
「そうだよなぁ! まだまだそんなもんじゃないよなぁ!!」
それに呼応するかのようにエインの斬撃も加速する。
「……!」
“美食家”の動きは間違いなく過去最高のもの。それは“美食家”自身も理解している。今までできなかった動き、考えつかなかった発想、そのどれもが実現出来ている。戦士として一歩先のステージに登ったのは誰が見ても明らかだ。
だからこそわかる。この男との“力”の差を。
ただの力押しは通用しない。新たな手を打ってもすぐに対応される。力の差を理解してもこの男が何手先まで読んでいるのかすらわからない。それほどまでの実力差。事実、攻めに回っていた剣が今は守りに徹することしか出来ていない。そしてその守りも──
「なかなかに楽しめたよ。だけどそろそろ終わりにしないとな」
エインの攻撃が“美食家”の剣をはじく。致命的な隙。次の攻撃は確実に防げない。胴を切り裂かれ死に至るビジョンが瞼の裏に鮮明に浮かぶ。
あんなにも楽しかった時間がこれで終わり…? 本当に…──?
──いいや!! まだだろ!!!
“美食家”の目はまだ死んでいない──
強者との邂逅。感じる高揚。心臓の高鳴りが今が最高の瞬間だと告げる。死の間際に触れたものは恐怖ではなく未知への探求心。確信はない。だがどうしても試さずにはいられなかった。これは観測史上初、蜥蜴人による──
「■■■■」
詠唱──
「“■”」
第26話 詠唱




