第2話 絶望スルコトナカレ
「千…年……?」
「そう千年も戦えば君……えーっと…」
そういえば俺の名前はまだ名乗っていなかった。
「エインだ」
「魔力のないエインでも強くなれる」
女神ホロスは断言する。俺に魔力がないというのは流石にお見通しのようだ。しかし大事な前提を忘れてはいないだろうか。
「人間は千年も生きられない」
そう。当たり前のことだ。人間は百年も生きればいいほうだ。仮に千年間修業できるのであれば誰だって強くなれるだろう。しかし寿命という枷ばかりはどうしようもない。女神であるホロスはそのへんのことが抜け落ちている。
「ぷぷっ! なに当たり前のことを言ってるの? エインはバカね」
ホロスは口に手を当てて笑った。
なんか最初と態度変わってないかコイツ?
あまりの態度の豹変ぶりについ白けた目で見てしまう。
「…なによ。なにか文句でもあるの」
「…いや、ただ初めと口調が変わったから少し驚いてるだけだ」
俺は言葉を選んで話した。
「なーるほど。そんなことか。それは神としての威厳を見せるためのものよ。ほら? 第一印象が大事ってよく言うでしょう?」
「第二印象以降を蔑ろにしていいって意味ではないと思うが」
つい声に出してツッコんでしまった。
「うるさいわねー。これから千年の付き合いになるんだから肩肘張ってもしょうがないでしょ」
まあ一理ある。しかし俺の疑問はまだ解決されていない。
「それで千年ってどういうことだ」
ホロスは腕を組み、ニッと笑った。
「私はホロス・ホロ・ホロウノス。時と空間を支配する女神。そこらへんの融通はいくらでも利かせられるわ。いまはこの『狭間』限定で行使できる力だけどね」
時と空間……? 話の規模が大きすぎて理解の外だ…
「つまりどういうことなんだ…?」
「この『狭間』の空間と現実世界の空間の時間の流れを変えるのよ。私はこの空間での千年を現実では1日も経っていないことにできる。あとついでに君の老いもここでは止めることができるわ」
ホロスは流暢に説明する。
「千年で区切った理由は」
「単純に私がこの空間で力を維持できる時間が千年だから」
なるほど。千年修業ができる理由はわかった。しかしまだ疑問は残っている。なぜそんなことができる女神が辺境の村近くの森の祠にいたのか、そしてなぜ俺を選んだのか。力を求める奴は俺以外にだっていたはずだ。だがそんなことはどうでもいい。強くなれるのであればただそれで。
「それで俺はその千年間で何と戦うんだ。ここには何もないぞ」
ここにはただ白い空間だけが広がっていてなにもない。しいて言うのであれば俺とホロスだけは存在している。まさか女神と戦うというのか…?
「せっかちね。まぁ嫌いじゃないわ。時間は有限。それはここでだって例外ではない」
そう言うとホロスは指をパチンと鳴らした。途端に白い空間が崩れだし新しい空間が作り出されていく。
「これは……」
「私は時の女神であると同時に空間の女神でもある。この『狭間』に現実空間の一部を再現することだって可能よ。でもあくまでも再現。偽物に過ぎない」
白い空間が一転して森へと変わった。俺はおもわず辺りを見渡す。
「とは言っても限りなく本物に近いわ。環境も生物も」
ホロスは樹上に座り足をプラプラとさせながら説明する。そしてそのホロスの言葉と共に目測で約5mほど前方に複数体のゴブリンが現れた。ゴブリン達の動きは止まっている。
「素手というのは流石に可哀想だからね。これはサービスであげるわ」
目の前に現れた「それ」を俺は掴む。
「“刀”よ。上手く使って生き残りなさい。それじゃ、スタート」
再びホロスが指を鳴らすとゴブリン達は動き出した。
「ちょっと待て…! 俺はこれの使い方なんて知らないぞ……!」
「だからそれを学ぶ千年間なのよ。ほらいいの? もう目の前に──」
鞘から刀身を抜き出すのに苦戦している間にゴブリンは既に目の前まで近づいてきている。ゴブリンの一体が俺目掛けてナイフを振りかざしてきた。俺はそれを必死に避ける。
「クソが……っ!」
やっと抜けた刀を破れかぶれになりながら振る。それがゴブリン達に当たることはなかった。俺は一度体制を立て直すため後ずさりをしようとする。しかし──
「うわっ……!」
足元にあった石に気づかず躓き転んでしまう。
「あーあ。ま、1回目はこんなもんか」
樹上に座る女神が呟いた。
転んだ俺にゴブリンは容赦なくナイフを突き立てる。
「ぐっ……!うわぁああああ……っ!!」
痛い、イタイ、アツイ。これが“死”か。朦朧とした意識の中で考える。そういえばここで死んだらどうなるんだ。そこらへんの話をちゃんと聞いとくんだった。ああ、でももう無理だ。意識がタモテな──
「ああ、ごめん。ひとつ言い間違えてたわ──」
──パチンという音が森に響いた。その音と共にエインは再びゴブリンと相対することとなる。
「『生き残れ』じゃなくて『死に残れ』」
俺は今になってやっと気付いた。千年間戦い続けるということは千年間死に続けるということに──
第2話 絶望スルコトナカレ




