第1話 「千年だ」
この世界には魔法がある。ただし全ての人間が使えるわけではない。
この世界には魔族がいる。ゆえに力あるものは魔族と戦わなければならない。
この青年には魔力がない。しかし──
ここは国のはずれ、辺境の村「ルイグ」。のどかな村だ。しかしこの村に若者と呼べる存在はいまや俺ぐらいしかいない。元々人の少ないこの村には若者も少なかった。そして数少ない若者も王都へ出稼ぎに出かけている。知恵あるものは商人に、力あるものは冒険者や騎士団に。どちらも持ち合わせていない俺は村に残り畑仕事というわけだ。だけどこんな人生も悪くない。クワを振り下ろしそう思った。
「あらエインちゃん。今日も朝から精が出るわね」
話しかけてきたのは同じ村人のペトネおばさん。両親を亡くした俺を昔からよく見ていてくれている。
「“ちゃん”づけはそろそろやめてよペトネおばさん。俺ももう成人したんだ」
「王国規定ではね。だけど私からすればまだまだ子供よ」
王国規定では16になったら成人と定められている。俺は先月16になった。これで俺も大人の一員、と思っていたがペトネおばさん含め他の村人たちから受ける子供扱いは変わらなかった。悔しいと思うと同時にそんな村人に囲まれた村だからこそ早くに両親を亡くした俺が穏やかに暮らしていけているのだろうと感じた。
「頑張るのはいいけど無理はしすぎないように」
そう言い残しペトネおばさんは去っていった。
「やっぱり過保護だな…」
その後数時間俺はクワを振り続けた。そして途中通りかかる村人と挨拶をし、一言二言会話をする。いつもの光景だ。しかしそんないつもの光景は今日限りだということを俺はまだ知らなかった──
「ふぅ…そろそろ休憩に……」
カンカンカンカン──!!!
クワを置き額の汗をぬぐうのと同時に村中に大きく鐘の音が鳴り響いた。
これは──!
「敵襲!!敵襲!!東から魔族を確認!!!」
今日の見張り当番の荒げた声が聞こえた。
「なんでこんなとこに……」
俺は状況を確認するため村の中心へと走り出した──
「はぁ…はぁ…みんな……」
「エインちゃん魔族が……!!」
村の中央の広場にはここの村人全員が集まっていた。
「それは聞いた…っ! だから早く逃げないと!!」
全力で走ってきた俺は膝に手をつき息も絶え絶えだ。
「それは無理じゃ」
杖をついた老人。この村の村長が俺の言葉に答え断言した。
「な…なんで……」
「ワシも見張り台から確認したのじゃが魔族と魔物の群れがこの村にまっすぐ向かってきている。理由は知らんがどうやら確実にこの村を滅ぼしたいらしい。皆で逃げても追われてすぐ終いじゃ」
「じゃ…じゃあどうすれば……」
恐怖と絶望で自分が何をすればいいか既に判断はできなくなっている。
そんな俺を見てか村長は俺の顔を見つめニッと笑った。
「ワシは『皆で逃げても』と言ったんじゃ。一人くらいなら逃がせるかもしれん」
その言葉を聞くとザワザワとどうするべきか話していた村人たちの口がピタッと止まり俺を見た。そして──
「なるほど」
「わかりやすくていいんじゃねぇか?」
「おい!クワ持ってこい!クワ!シャベルでもいい!!とにかく武器になりそうなもの全部だ!!」
再び一斉にしゃべりだした。
「ど…どういうこと……?俺は何をすれば…」
「逃げろエイン。ワシたちが時間を稼ぐ」
村長は杖を強く握りしめた。
「西に進めば町がある。そこには冒険者ギルドも。魔族も簡単には手出しできないじゃろう。この森を進めば目立たたずいける」
そう言って森の方向に指を差した。
「みんなで逃げるのは……」
「ダメじゃ目立つ。それに誰かが足止めしなければならん」
既に覚悟を決めたようではっきりと話す。
「だったら俺も……!」
「バカを言うな。ワシらが戦う意味がなくなるじゃろう。それに──」
村長は俺の手を見て──
「その震えた手で何が握れる」
俺の手はガタガタと震えていた。これではクワ一つまともに振れやしない。
「それにただでやられるつもりもない」
そういうと村長は杖に魔力を注ぎ込んだ。杖が青白く光る。それに合わせ他に村人も各々手に持っているものに魔力を注ぎだした。
魔力── 俺は「それ」を持ち合わせていない。通常、生物であれば大小あれど持ち合わせているはずの力を俺は生まれながらに持っていなかった。
「魔力」とはすなわち“魔”の“力”である。それと同時に“魔”に対抗するための“力”でもある。それを持ち得ない俺は戦う権利すらない。
「心配しすぎよ! 私たちなら大丈夫!」
ペトネおばさんが俺の背中をバシンと叩いた。
「時間がないわ。これを持って走りなさい」
そう言って渡されたのは最低限の水と食料、路銀の入った袋だった。
「みんな…ごめん…ごめん……」
「なんて顔してるんだエイン。それにこういうときは“ごめん”じゃなくて“ありがとう”だ」
村人の一人がそう言った。
「ごめん…ありがとう……」
俺がここに残ってもできることは一つもない。むしろみんなの邪魔をするだけだ。そう自分に言い聞かせ森へ向かって走り出した。
「元気でなァ!!」
「風邪引くんじゃねぇぞ!!」
「ご飯はたくさん食べるのよ!」
みんなの言葉がこだまする。俺は涙をぬぐい走る。振り返りはしなかった──
◇ ◇ ◇ ◇
何時間経っただろうか。俺はまだ森の中にいる。近くには崖があり辺りを見渡すとそこには祠のようなものがあった。俺は吸い寄せられるようにそれに近づく。
そこは辺り一帯ひらけており、木々の隙間から空が見れた。村のある方向を見ると煙が上がっている。
「クソォ…!! クソォ…っ!!」
膝を立てて倒れこみ八つ当たりするように地面に手を叩きつけた。
「なにが魔力がないだ…っ!! なにが邪魔をするだ…っ!! そんなの全部、全部言い訳だ!!」
魔力がないから戦えなかったのではない。勇気がないから戦えなかったのだ。そんなことに気付いても今更遅い。
『力が欲しいか』
自分の無力さに嘆いていると女の声が聞こえてきた。
「だ、誰だ…っ!」
俺は辺りを見渡し警戒する。
『そう怯える必要はない。敵ではないのだから』
周囲には誰もいない。それにこの妙な感覚……
『気付いたようだな。私は君の脳内に直接呼びかけている』
「お前は一体誰なんだ!なぜ俺に話しかけた!」
声を荒げた。自分の声が森の中に響くのを自覚する。
『“なぜ”、か。答えは簡単、君が力を求めていたから。そして私は力を求めるモノを求めている』
「違う!! 俺が求めたのは力ではなく勇気だ!!」
『違わない。勇気とはすなわち力だ。力なき勇気は蛮勇となる』
風が木々を揺らした。
『最初の問いに戻そう。力が欲しいか。いらないのであればここを立ち去りなさい。欲しいのなら祠に手をかざしなさい』
「力」が欲しいか、か。魔力のない俺が欲してどうなる。だが──
「欲しい! 魔族に立ち向かう “勇気”が! “力”が!!」
俺は祠に手をかざした。次の瞬間祠を中心に辺り一帯が輝きだし俺はおもわず目を瞑る。
目を開けるとここは森ではなくなっていた。白く、そして何もない空間がただ広がっている。
「ようこそ。力を求めしモノよ。ここは世界と世界の狭間。名前は特にない。好きに呼ぶといい」
後ろから声が聞こえた。さっき聞こえた声と同じだ。
振り向くとひとりの女性が立っていた。透き通るような肌、そして同じく透き通るような金の髪を腰近くまで伸ばした美しい女性がそこにはいた。
「どうしたんだい? 呆けたツラをして。ああ、そうだった。『なぜ?』という問いには答えたが『誰?』という問いにはまだ答えていなかった」
俺はいまだこの状況を掴めてない。
「私の名はホロス・ホロ・ホロウノス。この世界の女神さ」
「め…女神……?」
「信じられないかい? まあ今はいい。いずれ信じることになる」
女神だと? そんなもの本の中だけの存在だと思っていがこの状況、そしてこの存在感。これは──
「いや、いま信じる──」
無力な俺が足踏みする時間はない。話を早く進めなければ。
「理解が早くて助かるよ。じゃあ早速本題だ。力を授けよう」
「代価はなんだ?」
代価もなしに力を得られるわけがない。俺は覚悟をしてこの場に立っている。
「ふーむ。代価なんて特にないんだけどな。ああ、いや、これはある意味代価と言えるか」
女神はひとりで結論付けると俺に指を差した。
「君はこれからここで千年戦うことになる」
「は!?」
俺の驚く声にかまうことなく女神は言葉を続けた。
「だから君が力を得るための代価は──」
第1話 「千年だ」




