第三章|米海軍司令官の怒り:“見殺しにした同盟国”
時刻:2029年5月18日 03:17 UTC(日本時間:同日12:17)
場所:米第7艦隊司令部 横須賀基地/統合作戦室C-3F
■1|沈黙を守る艦、怒りを吐く同盟
湾内に停泊するイージス艦「まや」。
艦長・中井1佐は、国防省からの呼び出しで横須賀のCIC統合作戦室に向かっていた。
その中央で、**ジェラルド・クラーク海軍少将(Gerald Clarke, USN)**が立っていた。
彼は第7艦隊作戦司令官――太平洋最大の米軍艦隊を束ねる現役の実戦指揮官である。
■2|作戦記録会議の冒頭
スクリーンには、“まや”が照準を維持したまま発射を行わなかった映像ログが流れる。
記録は完全だった。彼らが“撃てたこと”も、“撃たなかったこと”も。
「You had it.(君たちは照準を持っていた)」
クラーク少将の声は、低く、怒りを押し殺していた。
「You tracked the TEL. You saw the launch vehicle. You had weapons hot.
そして撃たなかった。Why, Captain NAKAI?」
■3|中井艦長の静かな返答
「撃てば、“正当な自衛”とは認められなかったでしょう」
「我々には、命令がなかった。独断は、日本の防衛体制では、処罰対象です」
クラークは、数秒沈黙した。
そして、机を軽く拳で打ち、吐き捨てた。
「You let them reload.(君たちは奴らに再装填を許した)
それが意味するのは、“味方の都市が再び狙われた”ということだ」
■4|クラークの怒り:リムパックの記憶
「我々は、日本の“盾”となってきた。
リムパックで君たちに伝えたのは何だった? “観測と防衛”は抑止ではないと」
「私の部下は言った。『日本は我々を後ろから撃つ』と。
私はそれを止めた。だが昨日、君たちは沈黙で撃ったんだ、艦長」
■5|冷静な反論:同盟の非対称性
「では、少将。貴国の大統領の命令なく、USSアーリーバークが北京のTELを撃てますか?」
クラークは黙り込んだ。
「我々は命令を待つ。それが法治国家の軍隊です。
戦術の合理性より、制度の正統性が優先される。
たとえ、それが都市の犠牲を意味しても」
■6|バージニア州ペンタゴンからの回線
突然、室内に通信が入る。
「こちら国防総省作戦局。報告:
北朝鮮第2TEL群が再起動、発射態勢へ移行」
静まり返る作戦室の中で、クラークが静かに中井を睨んだ。
「Now what, Captain?
今度も、君はただ**“見ているだけ”か?」
中井は黙って首を振った。
「命令があれば、撃ちます。
命令がなければ、私の艦は“日本という国そのもの”を体現し、沈黙します。」
■7|後日の機密ブリーフ:バイデン政権国家安全保障会議(NSC)草案より
《日本側部隊は、照準・火力ともに敵TELに対する実行能力を有していた。
だが、国家指導部の判断が遅れたため、作戦遂行に移れなかった》
《同盟国として、法体系と作戦判断のタイムラグは、
有事において**“同盟の死角”**となりうる》
《このギャップが続けば、日本はもはや戦略上の自律的同盟国とは見なされなくなる》
■8|最後の対話:クラークから中井へ(非公式記録)
「Nakai…
お前が俺の部下だったら、表彰もできたし、軍法会議にもかけた。
だが、お前は“日本という国”そのものだった。
そして日本は、今回、自らの都市を“制度の下で見殺しにした”んだ」
エピローグ:東京湾の海風の中で
その日の夜、中井は艦に戻る前に、湾岸の防波堤に立っていた。
彼の背中に吹く風の中に、かすかに届いたのは、
戦えぬ国に課された“沈黙の作法”だった。