第二章|海自艦長の反抗:命令なき時代の“反撃不能”日誌
時刻:2029年5月17日 07:12 JST
位置:北緯38度40分 東経139度22分(東北沖)/海上自衛隊イージス艦「まや」艦橋
■1|“撃てる”状況、だが撃てない
夜明け直後、赤く染まる艦橋。
艦長・**中井隆彦1等海佐(52)**は、冷え切ったコーヒーを口にした。
副長が、コンソール前から呼びかけた。
「艦長、再装填中だったTEL、衛星画像で発射完了が確認されました」
「発射地点、平安北道第4連隊敷地内です。今回も防衛省からは“静観指示”です」
中井は静かに頷いた。
それは、怒りでも、悲しみでもない。
ただ“呆れ”の中にある“熟知された想定内”だった。
■2|日誌に綴られた反抗の言葉
中井は、艦長用の電子日誌端末を開いた。
画面にはこうあった。
【2029年5月17日記録】
《敵の発射機が、衛星画像で確認された。
本艦は、誘導照準・目標ロック・弾道予測すべて完了していた。
しかし、指令は下りなかった。》
《私は日本国の軍人である。
だが私は、国家の法体系の“沈黙”に殺される隊員を、これ以上見たくない》
■3|戦術指揮官としての“逸脱提案”
中井はCIC(戦闘情報中枢)に降り、作戦主任の大角2佐に言った。
「今のうちに、ミッションコードを変更しておけ。“雷撃訓練”という名目にしておく」
「実際に撃つかは、私の最終判断だが――データ上は訓練射撃として残せる」
大角は目を見開いた。
「艦長、それは…命令不在での実弾使用を意味します。軍法会議モノです」
中井は頷く。
「わかっている。しかし、**何もせずに被弾するより、軍法会議で死ぬ方が“自衛官らしい”**だろう」
■4|第三波の兆候と“起動されぬ照準”
08:03 JST。CICに再びアラートが走る。
「北朝鮮南東部、新たなミサイル運搬車両の移動を確認」
「クレーンアーム伸展、再装填動作に入る可能性大。推定2時間以内に再発射」
中井は無言のまま、目を閉じた。
その瞬間、通信担当が割って入る。
「官邸より“状況注視せよ”との追加通達あり。“反撃判断は内閣府にて継続協議中”です」
■5|副長との対話:自衛の境界線
艦橋で、若い副長が聞いた。
「艦長……万一、次のミサイルが東京に落ちたとしたら、
それでも“撃たなかったこと”が正しいんでしょうか?」
中井は答えなかった。
数秒沈黙ののち、ようやくこう返した。
「それでも命令がなければ、撃つことはできない。
自衛隊とは、**“戦えぬ覚悟を持った者の組織”**なんだ」
■6|非公式ログと“私的命令”
同日18:42 JST。
第三波ミサイルの発射直前、艦長はCICに対し“非公式命令”を記録に残さず発した。
「ロックを維持しろ。ただし発射ボタンは私が押すまで触るな」
「俺が撃てと言ったら、訓練扱いで撃て。責任はすべて私が取る」
艦内に沈黙が流れた。
だが、誰一人として否を唱えなかった。
■7|そして――撃たなかった
その後、再装填された火星-12改が東京湾方向へ発射。
「まや」は照準を維持していたが、最終射撃命令は下らなかった。
中井は、撃たなかった。
「命令がなかったから」ではない。
撃っても、防衛省はそれを“独断”と切り捨て、艦全体が処分対象になるからだ。
■8|報告書草稿:記されなかった反抗
後日、防衛省に提出された報告書。
本艦は当該時間帯、訓練用照準を行っていたが、
自衛隊法第88条に基づき、発射権限が存在しなかったため、行動を控えた。
この文の中に、中井の**“本心”は一行もない。**
彼の反抗は、誰の記録にも、命令簿にも残らなかった。
■最終独白(中井艦長)
「この国の戦術指揮官は、戦えという命令がない限り、
敵の存在を“観測”するだけの存在だ。
撃たないことが正義なら、それでいい。
だが私は、もう一度問いたい――撃たずに死ぬことは、戦うことより価値があるのか」