第一章 迎撃の空白と“前進不許可”
時刻:2029年5月17日 03:14 JST
場所:海上自衛隊 イージス艦「まや」艦橋(東北沖230km 海域)
■1. 開戦と“射ち漏らし”
艦橋が静かに震えた。
「SM-3ブロック2A、発射確認……誘導ロック成立……
……マイナス5秒、4、3、2――ロスト。ミサイル逸走!」
沈黙。
発射された北朝鮮製・火星-12準中距離ミサイルの1発が、青森南部上空を抜け、内陸部に落下した。
爆発音と振動が海上にも届いたが、陸自側のレーダーは沈黙を保ち、テレビには“限定的着弾”と速報だけが流れる。
「……失敗、か」
艦長・中井1佐の呟きに、誰も答えなかった。
■2. 敵発射機(TEL)再装填確認
04:21 JST。
イージス艦に搭載された米国リンク16システムから、航空機経由の偵察情報が流れてくる。
「平安北道北部の発射サイトにTEL残存を確認。クレーンによる再装填中。
敵は最大3発の再発射能力を維持」
その直後、米第7艦隊の中継通信。
「JMSDFへ通達:敵基地への即時プレエンプティブ攻撃を希望。
政府との調整は後方に任せる。“火器が存在している間は、自衛の正当理由が持続”する」
中井艦長は、一瞬顔をしかめた。
「――我々に、敵地を攻撃する権限はない」
■3. 防衛省統合幕僚監部・仮想会議(04:45 JST)
東京・市ヶ谷。地下戦略作戦室。
会議を主導しているのは、統幕運用部長・雨宮陸将補(牟田口型キャラクター)。
額に汗をにじませながら、彼は部下にこう言った。
「そもそも、我が国の自衛隊に**“敵基地を先制攻撃する権利”などない。
仮に位置が明確であっても、“あれは再発射されるかもしれない”程度では、攻撃は命じられない」
「米軍の要請? それは同盟ではない、一方的な焦燥だ。
我が国は“法の国”であり、“焦りで動く軍”ではない」
参謀長が控えめに問うた。
「しかし、第2波のミサイル発射が現実化すれば、人的被害が――」
雨宮は机を指差した。
「命令がないのに攻撃を指示すれば、“軍事反逆”だ。
私はこの国の法体系の中でしか、命令できない!」
■4. 前線艦の“行動待機”
05:17 JST。イージス艦「まや」。
中井艦長の前に表示されたのは、「行動待機:継続監視に留めよ」という一文。
「我々は、敵の準備を見ているだけか。
目の前で火薬を詰めてる奴に、“火を点けるまで撃つな”と言われてるようなものだ」
副長が言った。
「艦長、それでも、命令がなければ発射はできません。
ここは……“観るだけの艦”です」
■5. 再発射(05:52 JST)
空は既に薄明を帯びていた。
その中で、再び赤外線センサーが閃光を検知。
北朝鮮平安北道から、再び3発のミサイルが発射された。
今回は、東京湾方向。
迎撃準備は間に合わず――1発は防衛省の地下構造体近辺に着弾。
死者27名、負傷者119名。
■6. 国会:追及と混乱(翌日)
議事堂では、立憲野党議員が声を上げた。
「なぜあの発射機に攻撃を加えなかったのか!?」
「命令が出ていなかった? それは、国民の命よりも法文を選んだということですか!?」
雨宮陸将補は答える。
「我々は、自衛隊法・憲法9条の定めに従い、
国際的合意のない“先制攻撃”を拒否しただけです。
それが、この国の“秩序”です」
■7. 結果と報告書抜粋(内局作成)
本件における迎撃失敗および再攻撃容認は、自衛官の裁量・能力不足ではなく、
制度の解釈と指揮命令系統の“抑制的設計”によるものである。
平時と戦時の間にある“法の空白”により、
現場は攻撃対象を視認しながら、反撃を禁じられた。