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エルブの森  作者: 秋乃 志摩
予兆
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E-21 カスタジェ 湖でのこと


バスカーの顔には年齢相応の皺がある。

年齢相応とも言えるし、そうでないとも言える。

その顔は若い頃の印象まま、変わることはない。

付き合いの長い二人にとって当たり前のこと。

事実であり、同時に主観とも言える。


バスカーが沸いた水を、老いて尚いまだ逞しい上腕を吊り上げるように白陶のポットに注ぐと、湯気とともに立ち上がる茶葉の香りでバスカーの鼻はピクリと動き、刻まれた皺は少し伸びた。

バスカーはそのまま、白煙を吐くポットを見つめていた。

それからはただ秋の森の音だけが家の空白を埋めた。


やがてドアが静かに開き、テンゼルフィーが現れた

「遅くなりました」

ミレがそれに応えるように言う。

「いいさ、そこに座りな」

カスタジェは頬杖をついていた腕を戻すと、欠伸声で大きく伸びをしながら言った。

「では、そろそろ始めるかの」

三人の顔を窺っていたテンゼルフィーだったが、バスカーに顎で催促されて頷くと、いつもの席に座った。

テンゼルフィーは場の様子を知ろうとするも、二人と視線は合わなかった。

バスカーはポットとカップ二つを木製のトレンチに載せてからテンゼルフィーの背後に回り、カップのひとつをテンゼルフィーの前に置いた。

首だけを振り向いたテンゼルフィーの口から出るはずだった感謝の言葉は、バスカーの皺のある大きな手のひらで遮られ、テンゼルフィーは前に向き直った。

バスカーも自分の席に座った。


ミレがまず口を開いた。

「カスタジェ、あんたが話さないと進まないよ。何があった?」


カスタジェはぼんやりとミレの上の天井を見ていたが、息を出しながら卓に向き直った。

「儂も理解が追いついておらんのだ。それを承知の上で聞いてもらいたいんじゃ」


二人が頷いたが、バスカーは首を傾げていた。


「あー。湖で古くからの森の囲い手、ガークァに会うた。

光っていたのは精霊とガークァの戯れ合いみたいなものじゃ、

と、思うがようわからん。精霊の矢のオリジンとかビュンビュン飛んでたしの。

それと、ガークァが言うには大樹は黒い瘴気を阻む為に結界を張られているらしくてな。

じゃから外からは入れなくなった奴らで大樹の手前に里が作られ、大樹の中と外で何やら諍いが起きとるらしい」


ミレは呆れたように言う。

「ハッキリしないねぇ、『らしい』ばっかりじゃないか」

カスタジェは困り顔で答えた。

「仕方無かろう、真偽は大樹に行かねば知りようもない」

ミレは続けて言った。

「そもそもガークァってのは何だい?信用出来るのかい?」

カスタジェは察して語る。

「最古から森に住む者達じゃよ。それこそ白き翼やフォルランより前から。姿はでかい梟みたいなものじゃった」


バスカーが関を切ったように口を開く、

「それより肝心なのは大樹だ!行けば良いんだろ、俺が行くぞ!」

テンゼルフィーはそれを聞いて机を叩き、声を荒げる。

「老人が血気立たないで下さいよ!何ですぐ動くんです?結界の件を考えるのが先でしょう?」

バスカーはテンゼルフィーを睨んでいたが、カスタジェへと視線を移した。


当のカスタジェは珍しく神妙な顔をしていた。

「真偽のほどは、まあ断言出来んが嘘ではない、と思っとる。交渉のくだりがあったからの」


ミレはカスタジェを見つめた。

「ランティアは無事だと思うか?」

カスタジェは思い出したかのように顎を上げた。

「そうじゃった。大樹の前の村にエルフもいたそうじゃ、おそらくランティアであろ」

ミレは少し安堵の色が見せ、小さく頷いた。

「そうかい、連絡がないのはそういうことかね」


僅かな沈黙の後、カスタジェが口を開く。

「それでだ、大樹の中と外で戦いになるかもしれん」


バスカーとテンゼルフィーは身を乗り出してきた。。

「はっ?なんでだ?」

「えっ!?そんなバカな」


「森神フォルランはもう長くないらしい。このまま延命したい『中』と、森が枯れる前に何とかしたい『外』が対立してしまってる。結界は瘴気の為だけではないのかもしれん」


バスカーとテンゼルフィーは口を震わせながら何かを言おうとしていたが、声にならなかった。

ミレは目を強く閉じて唸った。

「なんという・・・」


カスタジェは少しだけ息を整え、続けた。

「儂らは何もしなくて良いそうじゃ」

バスカーの声が裏返った。

「はあっ?この森の一大危機にか?」

カスタジェは即座に答えた。

「そうじゃ」


「何故だ!理由を言ってみろ!」


カスタジェは真っ直ぐにバスカーを見つめて言った。

「弱いからじゃ」


バスカーは『あ』とか『う』とか言いながら目を大きく開くながらも、言い淀んだ。


「カスタジェ様、それは我々の力ではどうにも出来ないから、何もするなということですか?」

テンゼルフィーの問いかけにカスタジェは肯定した。

「そうじゃ。くちおしいが、精霊とガークァのアレを見てしまったからの。お前さんはどうにか出来ると思うか?アレ。見てたんじゃろ?」

テンゼルフィーは即答した。

「無理ですね。100人いて100人死にます」


カスタジェは諦めたように小さく笑った。

「で、あろうな」


「じゃが、同時に理由は他にもある。エルフを生かす理由があるらしい」


「エルフは森の調律者だから生かされてる、とも言っとったわ。エルフが多種族との戦争に巻き込まれなかったのはそれが理由だとな」


テンゼルフィーが訊いた。

「調律者とはどういう意味です?」

カスタジェは頷き、そして首を少し傾げた。

「どうも儂ら森の祈人のことらしい。祈りが調律じゃと」

「調律者がいなくなると、どうなるのです?」

「森が枯れる。調律者出来なくなったエルフに価値はない、とも言っとった」


バスカーは低い声で呻き、テンゼルフィーは固まり、ミレの呼吸は止まった。

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