H-21 ある男 出会い別れ朝
男は見つめられ、射抜かれて、視界が揺らいだ。
心拍が変動し、血が頭部に集まり熱を持った。
「おう、俺も役に立つんだな」
そう言いながら男は頬を掻いて、目の前の皿を見つめた。
目の前の女からは動作する素振りも見えない。
男は目を別の場所へ移しながら言い放った。
「あまり見るんじゃねぇよ、どうせ作法もしらねぇ」
「いけませんか?」
女の言葉が持った平常に、
男は女の口調に浮き沈みを感じないことに気がついた。
「慣れて無いんだよ、誰に自慢出来ることもねぇ」
男はそう言って女の言葉を待った。
「一度、ただ一瞬、女はその幸運を生涯信じるのです」
その言葉に少し感情が見えた気がして、男は女を見つめた。
「よくわかんねぇ、だが、俺はどうだった?」
女はゆっくりと首を振った。
「私は結婚しておりますので」
男は盛大な溜め息を漏らした。
「なんだよ、ちょっと期待したぞ」
女は僅かに笑みを作り、外を見た。
「そろそろ港も起きる頃です、食事は足りましたか?」
「ああ、世話になった。特にあのスープはなかなかだった」
そう言って男は立ち上がると、外に出るドアを開けた。
外はまだ薄暗かったが、陽が昇る前の明るく変色した空が見えていた。
男は振り返った。
「俺は行くよ、世話になったな」
「お元気で」
女はそう言って一礼した。
男は前を向き歩き出した。
荷積み場へ行き、今日の仕事を確認しなければいけない。
海の男の一日が始まる。




