E-19 フーヴェル 夜の木陰
フーヴェルは未だに痛む腹部を掌で慰めながら幹にもたれ、枝葉の隙間から見える夜空を眺めていた。
何をするでもなく、ただ座り、ただ眺めた。
(いつも見ていた空はもっと・・・)
(なんて言えばいいのか、言葉に出来ない)
夏には空を覆い尽くしていた森の枝葉の傘も、秋も暮れになれば穴だらけの傘になっていた。
(私みたい・・・)
(それは森に失礼だ・・・)
(私は・・・)
「フーヴェル、起きているな?」
不意に掛けられた声でフーヴェルは顔を上げると、テンゼルフィーがそこにいた。
「ええ、起きています」
「肩を貸そう」
そう言ってテンゼルフィーはしゃがみ込み、フーヴェルの脇に体を滑り込ませると、彼女の腰を支えて立ち上がった。
「くぅっ」
フーヴェルの膝が崩れてテンゼルフィーは傾きながらもそれを支えた。
「大丈夫か?」
フーヴェルは立ち上がり、隣に立つ者を見上げた。
「・・・もちろん」
「では、しっかりな」
そう言って歩き出そうとしたが、フーヴェルに止められた。
「ダメよ、里の中を通ったら誰かに見られる」
「いまさら君と私が一緒にいて?
つまり・・・どういうことだ?」
フーヴェルは少し苦しそうな様子で口を開いた。
「違う、私に何かあればカスタジェ様に伝わる」
テンゼルフィーは思わず荒げそうな声を必死にこらえながらフーヴェルに顔を向けた。
「君は・・・」
「さっき皆を帰らせたのでもういないと思うが、
それでもか?」
「・・・」
やがてそれも諦めたように、
テンゼルフィーは諦めたように溜め息を吐きながら、力感なく頷いた。
「わかった。そうしよう」
「ごめんね」
彼女の声は葉の揺れほどに弱々しく、
泣くように小さかった。
「謝るのは私の方だ。無理をさせてすまない」
テンゼルフィーは一瞬だけ下を向いていたが、またすぐ正面に向き直った。
「では行くぞ」
森の中を進む途中、フーヴェルは何度か膝が崩れ落ちそうになったものの、テンゼルフィーは力強く支え続けた。
彼は途中、「背負った方が速そうだから構わないか」とも聞いたが、フーヴェルは固辞した。
家につくなり、テンゼルフィーは物凄く怖い目つきでフーヴェルをベッドに寝かしつけた。
「君は休め、意味はわかるな?」
フーヴェルは掛けられた毛布に顎まで隠れながら、静かに頷いた
「はい」
「では私は行くよ。あの年寄りどもを待たせると後が怖いからな」
「私も、みんなに会いたい」
その言葉でテンゼルフィーは停止した。
「それは・・・」
フーヴェルは言葉に詰まるテンゼルフィーを見て、微かに気分が楽になった気がした。
「冗談よ。さあ行って」
「ああ」
テンゼルフィーは後ろに向き直るとドアに向かった。
「ありがとう、助けてくれて」
フーヴェルの言葉にテンゼルフィーは足を止めたが僅かの後、振り向かず背中でこたえた。
「きっと誰でもそうしたさ」
それを見てフーヴェルは少し笑った。
「・・・皮肉屋ね。
ねえ、久しぶりに言ってよ」
「なんだ」
「おやすみって」
「おい・・・!」
テンゼルフィーは振り返ると、慌てた困り顔がフーヴェルにも見えた。
「お願い」
テンゼルフィーは難しい顔をたっぷりと浮かべていたが、ひとつ深呼吸してから優しい声で囁いた。
「・・・おやすみ、フーヴェル。また明日」
「おやすみ、テンゼルフィー。また明日」
フーヴェルは言い終わると瞼を閉じた。
軋むドアの音と、それが閉まる音が耳に心地よく、フーヴェルは眠りに落ちていった。




