N-19 アルテタとレヴィーネ 糧たるもの
シスターレヴィーネの笑顔で促され、アルテタは本来なら噛みもせずに飲み込んで、空腹を満たしたい欲求を我慢していた。
普段なら絶対しないようなことだったが、パンを一口ずつ千切って大事に口に運び、よく噛んでから飲み込んだ。
向かいにはシスターレヴィーネがニコニコしながらアルテタが食べる様子を眺めている。
アルテタはパンを運ぶ手を止めて口を開いた。
「パンというのは、美味しいものだったのですね」
レヴィーネは笑顔のまま、言葉を返した。
「はい。パンは美味しいものなんです」
アルテタは下を向いた。
「私は、わかっておりませんでした」
レヴィーネの顔は少し陰ったが、優しい声で言った。
「知るということは、素敵なことです。
当たり前のことは、意外とみんな知らないものですから」
アルテタは下を向いたまま呟いた。
「そう、なのでしょうな」
レヴィーネはまた萎んでいく筋骨隆々の男を見て、背をバシバシ叩きたくなったが、それを抑えて優しく問いかけた。
「私は食事は笑顔になるものだと思いますが、違いますか?」
アルテタは前を向き、こたえた。
「いえ、その通りです。元気になりました」
そう言って片腕のチカラコブを見せつけた。
レヴィーネは笑みを浮かべ、頷いて立ち上がった。
「本当は素材の話や調理法の話をお聞かせするつもりでしたが、ご様子を見るに・・・誠に残念ですがやめておきます」
アルテタはとても小さな声で「面目ない」と呟いた。
「私は残務があるので戻りますが、残さず食べて下さいませ」
そう言い残してレヴィーネは立ち上がった。
部屋を出ようとする彼女にアルテタは声を掛けた。
「宜しければ半分食べませぬか?
私だけ頂くのは申し訳ない」
レヴィーネは立ち止まり、自身の腹に手を当てた。
(・・・・・・)
そしてバレエのようにその場でくるりと振り返った。
「夜に食べるとお腹ポッコリになると評判なので、遠慮致します」
レヴィーネはその場で一礼すると
「では」
と言い残して部屋を出て行った。
アルテタは感謝しながら教会の施しに感謝した。
これは彼が今まで食べたものの中でも、きっと金銭的にとても安いものだとわかっていた。
それでも彼はこう考えていた。
人生で最も美味しかったものを誰かに問われたなら、こう答えるだろう。
教会のパンであると
アルテタは食事に戻ると、欠片も残さずに綺麗に食べあげた。
そして空になった皿を暫く見つめてから、溢れるように口を開いた。
「ありがとう、美味しかった」
窓に目を向けると外は暗いままで、王子もまだ戻らない。




