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エルブの森  作者: 秋乃 志摩
予兆
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H-19 ある男  木目


男が目覚めた時に目に入ったものは昏い天井だった。


木目と継ぎ目、雨漏りで滲んで変色していまった黒い木の天井。

暗い夜の帷、男は生きてきた人生を振り返った。


・・・


父は女と逃げ、母は嘆き、酒に呑まれて亡くなった。


当時少年だった男が母であったものを見つけた時に、抱いた感情は、悲しみではなく同情だった。

愛していなかったわけでは無い、母はとても寂しい人だった。

人を拒み、遠ざけた。

人がくれば喚き、蔑み、罵倒した。


「どうせ私を裏切るんでしょう」

「どうせ私を利用するつもりなんだ」

「騙されるくらいなら・・・」


少年は母を海の見える木の根元に埋めた。

大海の神が運ぶ海風がやがて母の悲哀を連れ去ると信じて、少年は海に祈った。

穏やかな海だったが、下方では働く男達の掛け声が響く中、少年はひざまづき、母と海の神に誓いを建てた。

「俺はさ、母さん、神サン、生きるよ!」

海風は彼の頬を伝う涙を拭うように優しく凪いだ。



港町の住人達が彼を揶揄いながらも育ててくれた。

少年はやがて青年になり、丈夫な体躯の男性になった。


・・・


そんなことがあったと、男は波打つ木目を見つめながら思っていた。


(生きているらしい。ここは、どこだ?)


男は起き上がり、ベッドを抜けると部屋のドアを開けた。

ドアの先にはキッチンになっており、火台や鍋があり、洗われたらしい皿が縦に置かれていた。

中央のテーブルには髪の長い女が突っ伏して寝ている。

男は先程の部屋に戻ると自分が借りていたであろうブランケットを女に掛けて、音を立てないように別のドアから外に出た。


外は暗く、人もいない。遠くで猫が自分の足を舐めている以外に動くものもなかった。

とはいえ、夜の港町は荒くれが徘徊する油断出来ない場所ではあるので、男はこの家の鍵が開かれたままでは立ち去る気にはなれなかった。


男は屋内に戻ると、ドアを閉めてすぐ脇にしゃがみ込んだ。

女の顔は見えないし、何者かもわからない。


(俺を、看病してくれたんだよな?)

(礼ぐらい言わねぇと背中がチクチクしそうだ)

(だから起きたらよ、聞いてくれよ)


男は壁に寄りかかりながら、やがて眠りに落ちていった。



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