N-18 ゼマン ドーフマン商会の一室にて 続
「貧民街住人と一口に言ってしまいますと、一般化が難しいような気がするのですが、
そもそも労働力としてナーゲンフィルに欠かせない労働力であると思っておりましたが、
ゼマン殿はどのようにお考えでしょうか?」
モルチッヒは言い終わると、薄紅と紫の花柄をあしらったティーカップを摘まみ上げて茶色の液体を口内に含み、
人心地ついた顔でソーサーの上に戻した。戻した際の乾燥した高音がゼマンの既視感を擦った。
(いま・・・何かが浮かびかけたが・・・何だ・・・)
(何を・・・)
「ゼマン殿?」
よく通る声が突如前方から放たれて、ゼマンは慌ててティーカップから視線を商人に移した。
目線が合うとモルチッヒは不思議そうな顔を浮かべていた。
「どうなさいましたか?」
ゼマンは微笑を作りながら首を横に振ると、
「いえ、失礼しました。考え事をすると、つい」
モルチッヒは心からの同意か、上半身を縦に振りながら笑う。
「私もよく考え事をしてしまい、妻に叱られます。
『ほらまた聞いてなかった。私の話は退屈ですか?』ってね」
おそらく奥様の声真似であろうそれに、ゼマンは思わず笑った。
「ふふ、ハハハ、私もシスターに同じことを言われました」
机を挟んだ二人は、先ほどまで伸びていた背を丸くしながら互いに笑いを溢した。
「女ってのはどうしてあんなお喋りなんですかね?
中身なんかぜんっぜん無いんですよ。
この前なんか
『隣組の奥さんが大蒜を二度揚げしないのは、料理をわかってない証拠だ、なんて言い出したの』
なんて言い出しましてね。
わかります?
もうどっちでもいいじゃないですか、本当に。
私も慣れたもんで "君の作ってくれた物が一番だよ"
なんて答えましたがね、誰が作っても同じ味だし大差ないに決まってるじゃ無いですか?
そう思いません?」
ゼマンは一度吹き出してから、顔を赤くして下を向いて堪えていたが、
"一番だよ" で決壊してしまっていた。
笑いの止まらなくなったゼマンは両手を挙げてポーズを作った。
「ブハッ、クハハッ、無理だ。アハハハハ。降参です」
モルチッヒは自分の仕事に満足そうに大きく笑いながら右手をひらひら踊らせた。
笑いに声を詰まらせながらも続けて言った。
「ゼマン殿も身に覚えがありそうですな」
ゼマンは顔を起こして答えた。
「ええ、ハーブで」
モルチッヒは息をひとつついてから神妙な顔を浮かべて言った。
「それは非道い」
二人はまた大声で笑い合った。
モルチッヒは膝を何度も叩き、
ゼマンは押さえていた眉間に指紋が残るほどに。
「ですが、まあ・・・」
ゼマンが顔を上げるとモルチッヒは優しい笑顔を浮かべていた。
「感謝はしています」
モルチッヒの瞳が光を放ち、柔らかく輝いていたので思わず呑み込まれそうになった。
少しの間を置き、ゼマンはシスターレヴィーネを思い出しながらも、
柔らかな微笑を浮かべて言葉を紡いだ。
「私もです」




