E-17 テンゼルフィー 湖畔のふたり
フーヴェルと別れた後、テンゼルフィーは低い姿勢で長い髪を後方に靡かせながら湖へ続く道を駆けた。
テンゼルフィーが森から湖畔の広い空間に出た時、
青く光を乱反射する湖に向かったまま、立ち尽くすカスタジェを見つけた。
テンゼルフィーは足を止めその姿を暫く眺めていたが、
ひと呼吸をおいてカスタジェの元へとゆっくりと向かった。
テンゼルフィーは声を掛けた。
「カスタジェ様、お体に障ります。戻りましょう」
「おう、そうじゃな」
カスタジェはピクリと反応して後方を振り返ると、少し驚いた顔をしていた。
「もしや、騒ぎになっていたかの?」
テンゼルフィーは溜め息混じりに俯いた。
「当然です」
カスタジェは髭を撫でながらぼんやりと焦点の合わない目で見たまま、溜め息をひとつ吐いた。
「左様か」
テンゼルフィーはカスタジェが自分を見るのを待った。
テンゼルフィーは言葉を待ったが、老人は虚空を見つめたまま髭を撫で続けた。
痺れを切らして声をあげた。
「カスタジェ様、あの鳥は何者です?」
カスタジェの顔は宙を見つめたまま虚ろげな目をしていたが、口を開いた。
「そうな・・・あれは・・・」
そう言ってまたカスタジェの視線は虚空に向いた。
深い森に囲われた湖のほとり、テンゼルフィーは静かに祈人の言葉を待った。
やがてカスタジェはたっぷりと視線を宙に遊ばせてから、テンゼルフィーに視線を向けてこう言った。
「儂もようわからん」
老人は目を見開いているものの、表情筋が死んでいる顔を見せた。
テンゼルフィーは呆気に取られてたじろいだが、すぐに否定した。
「あっ、いえっ、そうではなく!」
テンゼルフィーは言葉に悩みながらも続けた。
「対話をしていたように見えたもので・・・」
カスタジェはぼんやりとしていたが、ゆっくりと頷いた。
「いかにも、あれは言葉を知るものだった」
テンゼルフィーは少し思案してから小さく頷いた。
「感服致しました。私は他族語がわかりませんから、あの鳥がクツクツと鳴いているだけにしか聞こえませんでした」
「それは誠か?」
カスタジェは向き直り、まだ若いエルフを見つめた。
「ええ、それが何か?」
テンゼルフィーは何か見落としたのかと内心で焦りが生じた。
カスタジェは何かを思案してから頷き、「そうか」と一言だけ呟いた。
眼前の湖が静かに薄い波紋を作り、肌寒い森の大気は沈黙を促しているかのようだった。
「戻りましょう」
テンゼルフィーが声を掛かると、カスタジェは頷き、ゆったりとした足取りで里への道を歩き出した。
テンゼルフィーは周囲を見渡すと、カスタジェの杖が草地に転がっているのを見つけた。
カスタジェの方を振り返るが、杖の存在など忘れたかのように手を後ろに組んでゆっくりと進むカスタジェの姿が見えた。
(あの方は集中すると他のことには目に入らない)
少し笑みを歪ませながらテンゼルフィーは杖の落ちている場所に向かっていると、何かの倒れる音と何かの喚き声が聞こえてきた。
(やっぱり・・・)
テンゼルフィーは振り返らずに草地に進み、落ちた杖を拾いながら、テンゼルフィーは少し投げやりに声を張る。
「はい、直ぐに参ります」




