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エルブの森  作者: 秋乃 志摩
予兆
54/67

N-17 シスターレヴィーネ 教会のパン

アルテタは執務室で待つ


アルテタはエレム教会の執務室で、中央にある机に椅子を向け、居住いを正した姿勢で食事を待っていた。


アルテタはこの椅子に座る前、暫く窓から外を見ていた。

教会の周りには家もなく、人が生きる音も聞こえてこない。

窓から見える庭木が見えるのは月明かり差しているためだった。


椅子に掛けた現在のアルテタは壁を眺めながらぼんやりと考えた。


(おふたりはどこへ向かわれたのだろうか・・・?)

(よもや私抜きで祝杯など挙げてはおりますまいな・・・)

アルテタは少し猫背になりながら、手のひらを自分の腹に当てて温め、労わるようにさすった。


そのまま労わっていると微かな足音が聞こえてきて、

アルテタは両手を腿の上に置き、居住いを正した。


「お待たせしました」

木のトレーに湯気のたつスープとパン、それとカップとティーポットを載せてレヴィーネが戻ってきた。


鼻腔をくすぐる香りに釣られてアルテタの鼻穴は広がったが、

ハッとしてまた表情を戻した。

「いえ、かたじけない」


レヴィーネはアルテタの向かいまで進むとトレーを机の中央に置き、

ティーポットの紅茶をカップにゆっくりと注いだ。

それが終わるとアルテタの向かいの椅子に座り、にっこりと微笑んだ。


アルテタも笑顔を浮かべ、トレーを自分に引き寄せるとパンを手に取り、

口と目を大きく開けてパンに齧り付こうとした。


「何をしてるんです?」


パンまであと10cmの距離でアルテタは停止した。

目と口を大きく開いたまま、ゆっくりと正面のレヴィーネに視線を移すと、

そこに笑顔は欠片も残っていなかった。


「なに、とは・・・・・・?」


レヴィーネは真っ直ぐにアルテタを見つめながら小さくかぶりを振り、うつむいた。

「そんなことも・・・」


アルテタは何のことか理解できずに停止したままだった。


顔を上げながらレヴィーネは低い声を出した。

「ここをどこだと?」


アルテタはレヴィーネを見つめたまま、パンを口から遠ざけた。

「ここは・・・執務室です・・・」


レヴィーネは小さく頷いた。

「・・・そうです。どこの執務室ですか?」


アルテタはポカンとしたままだったが、やがて気が付いた。

「・・・教会の・・・執務室です・・・」


「ええ、そうです。」

そう言ってレヴィーネは引き攣った笑顔になり、続けた。

「ではどうしましょう?」


アルテタはパンをトレーに戻しながらこたえた。

「はい・・・」


レヴィーネの声は静かに響いた。

「はい、とは何です?」


アルテタは忸怩で下を向いた。

「はい・・・」


「ふぅー・・・・・・・」

レヴィーネは溜め息を堪えるように息を吐いた。

「私が温めたスープが冷めます」


アルテタは動かない。

「はい・・・」


レヴィーネは心の内だけで語りかける。

(貧民街ではカビたパンを巡って喧嘩が起こるのですよ)

(そのカビの無いパンは誰に渡すべきパンだと思いますか?)

(パンを分けてくださった方も)

(この教会に来るだけで白い目を向けられているのですよ・・・)

(ですが・・・これは私どもの事情・・・)

(お話しするようなことでは無いのかもしれません)


レヴィーネは改めて声を発した。

「顔を上げてください」


アルテタはそれでも下を向いていたが、やがてゆっくりと顔をあげた。


レヴィーネが見たその顔には皺が眉に皺が寄り、まさに苦悶だった。

(なんてこと・・・)

(私は八つ当たりを!)

(この方のせいではありません・・・)


レヴィーネは後悔していた。

「申し訳ありません。偉そうなことを言ってしまいました」


アルテタは俯きながら沈黙し、数秒、静寂が執務室を支配した。

「・・・」

「・・・」


沈黙を破ったのはアルテタだった。

「私こそ・・・大変な失礼を・・・」


レヴィーネはかぶりを振った。

「いいえ、そんなことはありません」


アルテタは口を詰むんだまま動かなかった。


レヴィーネは胸がチクリ痛むのが強まっていた。

(いけません、このままでは・・・)

「あっ、でも食事を無駄にするのは許しませんよ。お祈りして冷めないうちに食べてください」

そう言って笑顔を作った。


アルテタは顔をあげなかった。

「しかし・・・私は・・・」


レヴィーネは静かに語る

「あなたがそうしていると食事が冷めてしまいます。

 食事は神に感謝し、食事は人を笑顔にするものです。

 私が温めたスープを無駄にし、私を悲しませるのが教会の施しを請うたあなたの誠意ですか?」


アルテタは顔を上げ、レヴィーネを見つめた。

「いえ、感謝しています。とても」


レヴィーネは真っ直ぐに見つめられて少し困惑したが、

すぐに人差し指を立てながら言葉を返した。

「では早く食べてください。あっ、でもお祈りはしてくださいね」


アルテタは微かに笑みを浮かべると、手を顔の前で組み目を閉じた。

「偉大なるエレムの下、今日の食事を賜りしことに感謝します。

 礼には礼を尽くす教えに背きましたこと、深く反省し明日の教訓と致します」


アルテタが目を開けるとレヴィーネは優しい笑みを浮かべ、

両手を伸ばして縦に上下に振って早く食べるように催促した。


シスターレヴィーネの袖から見えた腕は白くてとても細く、肘関節が重力に負けたようにしなっていた。


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