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エルブの森  作者: 秋乃 志摩
予兆
42/67

N-13 クープラン 閉ざされた視界と中立者の交渉

厚手の麻袋で視界の奪われたクープランは幽閉された地下室から、誰かに担がれて外に出る。


厚手の麻袋で頭部を覆われたクープランは、

誰かの肩に背負われたまま、揺られていた。

視界は奪われているが、耳に入ってくる足音は多い。


(このまま入り口まで連れて行かれ)

(そこで解放されるのだろう)



蜘蛛の情報で、アサシンギルドのことは多少はわかっている。

事に至れば半分はギルドに納め、構成員にも分配される。

あの時の商人風の男が上納金の回収役、つまり幹部かそれに近い。


組織的な分配制度があるのだ、

だから隣部屋でカードに興じていた者も、

取引を成立させるために、表に出てきているはず。

欲深い者が取引の邪魔をすれば、

ギルドへの叛逆と見做され、

分配金目当ての奴らに砂にされる



この悪魔のような分配制度を作り、牛耳っている奴がいる。


−上は何もせずに金が入ってくる。

−幹部は取り分が多いから喜んで働く。

−分配制度があるから幹部が横領すれば、すぐに密告される。

−分配制度があるから実行者が黙っていれば、すぐに密告される。

−幹部を捕縛しても代わりが立つだけで、ギルドは潰せない。

−そもそも住人がギルド構成員かどうか判別が出来ない。


労働力として必要な住民なので現実的に選択肢にはならないが、

たとえ貧民街ごとギルドを殲滅しようとしても、

住民はナーゲンフィルの騎士の何十倍もいる。


さらに最近は、動きが活発であるようだ。

後ろにいる者が貴族であれ、貴族と繋がりがある者であれ、

このままにはして置けない。


食い込んで管理、誘導する必要がある。

最悪でも情報は必要だ。

もし・・・

可能であれば・・・


––ギルドごと掌握したい––


誰かに担がれて揺れながら、

麻袋の中に隠された王子の目は鋭く強く光っていた。



やがて地面に下ろされた。

視界は相変わらず黒いまま、

それからゼマンの声が聞こえてきた。


「我エレムの杖として、取引の中立者として立ち会う。

 異議のあるものは異議の申し立てを」


誰も喋らなかった。


「いま、中立者として異論の無きことを認める。

 ここに財貨を渡し、この者を引き渡すことを認めるか?」


誰も喋らなかった。


「いま、条件の成立したことを認める。

 今後5年に渡り、この者とこの者の家族に加害することを禁じ、

 この者とこの者の家族への加害を見過ごすことを禁じる。

 では、誓いの言葉を」


誰も喋らなかったが、

足音がひとつ近づいてきた。


あの細い女の声が聞こえてきた。

「誓う」


ゼマンの声が続いた。

「では右手を掲げてください、皆さんも」


微かなざわめきが起こり、

足が地面をする音が聞こえたが、

それもすぐに静まった。


「我エレムの杖が中立者として、

 双方の交換がなされたことを報上し、

 誓いの式をここに執り行う」


地面に何かを突き立てる音がひとつ、

ゼマンの力強い言葉が続いた。

「ヴィッガーデア、オールヴァ」


厚手の麻袋の下からでもわかるほどに、

周囲が突然明るくなり、

少しずつ、暗く戻っていった。


ゼマンの声が聞こえてきた。

「では、こちらが財貨となります。

 あなた方からの加害は禁じましたが、この者からの加害は禁じていません。

 早々に立ち去りなさい」


「わかってるさ、中立者様が外に漏らすことはないんだろ?こいつも」

「無論です。神に誓って」

「ならいいさ、こんな細っこいガキに何ができる」

「5年後もそうとは限りませんよ」


ざわめきと嘲笑の後、群衆の立ち去る足音が聞こえてきた。

足音が遠くなってから、縛り紐を解き、麻袋を取ってくれた。

無意識に言葉が漏れた。

「ぶはぁ、緊張した。」


「ご無事ですか?」


声の方を向くと、

ゼマンは神官の顔をしていた。


「うん、大丈夫。怪我もないよ」

「そうですか」


立ちあがろうとしたけれど、少し足がもつれた。


「大丈夫ですか?」


ゼマンの顔はいつものゼマンに戻っていた。

少し下を向いて笑うのを我慢した。


「ダメかも、歩けない」


ゼマンは顔を同じ高さまで下げて顔を近づけた。

「嘘は、よくありませんよ」


クープランはゼマンの目を見つめた

「その方が色々都合がいいかと思ってさ」


ゼマンは少しそのまま視線を斜め下に向け、

何かを考えている様子になった。


「あの財貨の中身、いくらだったの?」

クープランの問い掛けに、ゼマンがこちらを向いた。

「中立者として契約の内容は教えられませんが、

 痛ましい童を見過ごしては神に叱られます。

 仕方ありません、教会まで背負ってあげましょう」


そう言ってゼマンは背中を向けた。

クープランは湧いてくる笑いを堪えながらその背に乗った。


「では行きましょう」

ゼマンはそう言って立ち上がり、

背負った荷物を揺らして、支える後ろ手の位置を整え、

それから歩き出した。


クープランは呟いた

「助けてくれてありがとう」

ゼマンは平然としたままこたえた、

「いえ、迷子を助けるのが私の仕事ですからね」


クープランは少し下を向きながら小さな声で続けた、

「それに、加害の禁止もしてた。驚いたよ」

ゼマンはゆったりとした口調でこたえた、

「破ってもちょっと頭が痛い程度なので。抑止力はありませんよ」

クープランは頭を起こしてじっとゼマンの頭頂部を見つめた、

「神官がそれを言うの?」

ゼマンの口調は変わらない

「あなたが斃れたとき、今際で恨まれるのは避けたいですからね」

クープランは言葉が出なかった。


現実に、間近に起きるかもしれない場面、

ありありとその情景が浮かんだ。


クープランはまた背中に頭を預けた、

ゼマンの背中は寒い秋の終わりには、心地よい暖気だった。

「でも、嬉しかったんだよ、とても」


ゼマンの声も、歩調も変わらない、

「そうですか」


クープランの目は何かに気づいて覚醒した。

上半身を起こして、顎をゼマンの肩に乗せてじっと見つめながら

問い掛けた。

「あの財貨って、中身いくらだったの?」

ゼマンの歩みが乱れ、立ち止まった。

またすぐ歩き出したが、さっきより少し早い。


「ねえ、いくらだったの?」

「中立者として黙秘します!」

「30枚より多い?少ない?」

「黙秘です!」

「僕のお金だよ?」

「あれは既に神のお金です!」

「相場が知りたいんだよ!」

「知らんで宜しい!!」

「シスターレヴィーネに言おうかなあ?」

「なりません!信徒を変な道に引き込まないで頂きたい!」

「あっあっ、もっとゆっくり歩いて、まだ内臓ちょっと痛むんだ」

「なるほど、もう少し痛い目に遭った方が教訓になりそうですね、それならば」


ゼマンは後ろ手を強く締め直して走り出した。


「ああっ、振動すると、内臓が」

「はっはっ、神の御心の思し召しですよ」


「あっ、もうダメ、吐きそう」

「ちょっと?

 我慢してください?

 この神官服は儀式用で予備がありません。

 絶対ダメですよ?」

「わかった、頑張ってみるよ」

「絶対ダメですよ!?」


青い月は、遠くなって行くふたつの影を見守っていた。


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