E-10 カスタジェ 休日と遭遇
祈り明けのカスタジェ
カスタジェは祈りが開けていつものようにソファで眠り、
いつも通り、ソファで差し込む日差しに気がついた。
毛布を顔まで引っ張り上げながら
鼻下がムズムズしたため、唇を下げて鼻下を伸ばしたあとで毛布で髭をゴシゴシこすった。
「ぶふふぅ、冷えるのぅ」
重い瞼をパチクリしながら見回すと、
目の前のテーブルには酒瓶と灰皿、そして木製のジョッキがひとつ。
カスタジェはワインが入った木製のジョッキを手にして口一杯に頬張った。
それを飲み干すと、
「これは朝酒、昼ではない」
そうひとり頷いてジョッキをテーブルに戻した。
両肩に羽織った毛布で上半身を覆いながら室内を見渡すと、
フーヴェルの姿は無かった。
「狩りにでも行ったか、朝から勤勉なことだ」
頭を掻きながら「よっせぃ」の掛け声で立ち上がり、
書物置き場に向かい、グシャグシャに積み上げられた
その一番上に置いてあった栞の刺された本を手に取った。
カスタジェはその栞の刺されたページを開くと、紫翁の押花の栞を確認し、
その前のページやその後のページを眺め、室内をぶつぶつと呟きながら練り歩いた。
やがて気がついたように栞と本を元の位置に戻すと、
包丁や鍋が置いてある棚に向かい、
腰より少し低い引き戸を開けて大きな黒パンと干し肉を取り出して、
その場に座り込んで大口を開けて貪った。
パンと干し肉を噛みちぎりながら、少し噛んで飲み込み、少しだけ噛んで飲み込み、
あまり噛まずに飲み込んだ。
飲み込めなくなりそうになると、棚にあったワイン瓶のコルクをひん抜くと、
真横に傾けた瓶口に吸い付くように飲んだ。
人心地つくとカスタジェは手元のだいぶ減ってしまった残ったワインを眺めながら
「これは事故、不幸な事故」
そう呟いて、周囲に置いたであろうコルク栓を探し始めた。
自分の背後に転がっていたコルク栓を見つけるとそれを拾いあげ、ワインごと元の棚に納めた。
残ったパンと干し肉は少し千切ってに手元に残して、
残りは棚に戻し引き戸を閉めた。
カスタジェはゆっくりと立ち上がると、布でそのパンと干し肉を包んで外に出た。
里の空は、既に昼より夕方に近い時間になっていた。
カスタジェはドア外に置いてあった杖を掴み、
杖を頼って歩き出した。
ゆっくりと森を歩き、湖に向かった。
いつもなら祈り明けの散歩はフーヴェルが隣にいたが、
今日はひとり。
「良い傾向だと、喜ぶべきじゃろうな」
そうひとり微笑いながら森の精気を浴びて歩いた。
湖につくと、その水を掬って飲み、口から垂れた水を袖で拭った。
それが済むと、湖畔の草地に横になってぼやいた。
「老体にはきっつい道よな、しんどいしんどい」
カスタジェはそのまま、事切れたように眠った。
横になったまま眠ったカスタジェの目が覚めた時、
湖の中心付近にはたくさんの精霊が光り浮きながら、
青い月とともに湖と草地を照らしていた。
カスタジェは横たわったまま、黙ってそれを眺めていた。
「きみ、なんで寝てるの?病気?」
突如、巨大な猛禽類の顔が視界に入ってカスタジェは反射的にのけぞった。
地面に擦った頭の痛みと防衛本能がカスタジェの体を小さく丸めた。
「きみみたいな骨しかないようなエルフ食べないよ。
こう見えてグルメだから」
カスタジェが防御姿勢を解いて声の方を見ると、自分の倍はありそうな、
熊のように大きな茶フクロウが首を傾げていた。
「おぬし、ガークァか?」
カスタジェは上半身だけバッと起き上がり、思わず声が上擦った。
大フクロウは少し上を向きながら嘴を開閉した
「ガガギャ、物知りなエルフがいたものだね。
ガークァがここに来るのは初めてなのに」
少し距離をとりながらカスタジェは続けた
「本で読んだことがあるだけじゃ、熊みたいに大きなフクロウで、
とても賢く、同時に損得で物を考える風見鳥だと」
大フクロウは丸い猛禽の両目を開きながらその顔をカスタジェの顔に近づけていった。
もう吐息も届きそうな距離まで顔を近づけて、そのままじっとカスタジェを見つめた。
「齧ってみるか?」
カスタジェは大きな顔に問いかけた。
大フクロウはゆっくり顔を遠ざけながら言った
「なんか毒がありそうで嫌かな」
それを聞いて今度はカスタジェが吹き出した
「わっは、そうじゃな、毒か。
くはは、そうかもしれんな、ふはっ、ふははっ」
大フクロウはさらに少し傾いてから、真っ直ぐに戻って
おおきな目玉を瞬きした。
「何がおかしい?」
カスタジェは笑いを堪えながら大フクロウを見た
「偉大なぶっ、る、森の賢、ぶぶっ者よ、その問い、を代価にくぐっ、知恵を、ふふは借りたい」
大フクロウはカスタジェを見つめながら瞬きを2回した
「それが止まるまで待ってあげるから、顔でも洗ってきなよ」
「わっふ、そうしよう、くっふふ」
カスタジェは笑いながら四つん這いで湖まで進んで、そのまま暫く顔を沈めた。
顔を上げた水浸しのカスタジェは四つん這いのまま、首だけ大フクロウに向き直った、
「目が覚めたわい」
大フクロウはカスタジェのいる水辺まで両足飛びで進んで胴体を着地させた。
カスタジェは心配そうに聞いた
「羽根が濡れるし、汚れるぞ?」
大フクロウは湖を向いたまま、微かに頷いて一度瞬きした。
「構わないよ、ここはどうせ盟約に守られてるし」
その盟約とやらはカスタジェには初耳で、
「盟約とな?」
そう言って大フクロウの顔をうかがった。
大フクロウはカスタジェの方は向かず、冷めた声で返した
「望みの代価はそれか?」
カスタジェは首を横に振った。
「違う。忘れてくれ」
大フクロウは
「そっか」
と言い、そのまま続けて
「水浴びしてくるからそのへんで待っててよ」
そう言って、両翼を開いた。
カスタジェが吹き飛ばされそうになっても、気にせず両翼を羽ばたかせて空高く飛び上がり、
急降下で湖の中心付近にダイブしていった。
大フクロウの突入を見届けてからカスタジェは立ち上がり、草地に移動して腰を下ろした。
湖では大フクロウが飛び上がって水飛沫を精霊に撒き散らし、
精霊たちが振動波を大フクロウに返したりしていた。
「あれ、戯れあってるだけ、よな・・・?」
未知の場面に判断がつかないカスタジェにとって、
それは狡賢い大フクロウと精霊たちとの戦いに見えた。




