E-9 フーヴェルの祈り
フーヴェルの"引き受け"です。
(特重なのでご注意ください)
カスタジェ様が戻り、いつものように煙草を吸って酒を飲んでソファで眠った後、
フーヴェルは目を開けて、静かに動き出した。
フーヴェルは掛けて貰った毛布を、眠るカスタジェの体に掛け直して、
中腰になりながら寝顔を見つめた。
カスタジェは寝息でゴワゴワの髭が揺れていた。
少し笑みを浮かべて立ち上がり、フーヴェルは外に出た。
里を青い月が照らしていた。
夜の外気から少し肌寒さを感じた。
見上げた顔を前に向き直し、
フーヴェルは社に向かった。
祈り方は知っている。
言葉もわかった。
穢れ払いをして、
“引き受け”は、その逆をすればいい。
それだけだ。
フーヴェルは社に入り、白石像に跪くと祈り始めた。
カスタジェ様が既に払った直後だけど、
でも“引き受け”きれないならまだ穢れが残っているはず、
試す価値はある。
まずは穢れ払いからだ。
穢れ払いは重い感覚が纏わりつくような感覚を、
言葉でそれを強く押し除けて振り払うだけ。
始めて暫くすると払いきれていない重い感覚が纏わりつくが、
言葉と祈りで押し返す、少しずつ遠くへ、波が広がるように
寄せてくるものを戻す、また近づいては押し返す。
それをひたすらに繰り返す。
苦痛はない、そういうものなだけ。
フーヴェルはそれを繰り返した。
波が遠くまで行った後で、フーヴェルは逆をする。
黒く重い感覚を少しずつ薄くして自分に運んでくる。
それをフーヴェルが取り込んだ時、
下腹部と胸部に抉られるような激しい痛み、
手足への痺れが一斉に襲ってきた。
声も出せず、呼吸も出来ない、
胸が苦しいのに手が動かない、
横向きになりたいのに足も動かない、
暑くないのに汗が止まらない。
フーヴェルは石像の前に伏すように倒れ込み、
額を床につけながら薄くゆっくりと呼吸だけを試みた。
抉られるような痛みが呼吸の邪魔をした。
吸うことを阻害し、
吐くことを阻害した。
フーヴェルは頭が重くなり赤黒く視界が変わっていく中、
カスタジェを思い浮かべていた。
"しんどいしんどい"
"祈りの後は一段とキッツイのぅ"
"痛みもなく腐っていくようなら儂は気が狂ってしまう"
"若いもの仕事ではない、100年も経てば老いる、然る後に祈れ"
"弱きものが触れればたちまち喰われるぞ"
(弱きものは喰われるとカスタジェ様は言った)
(気を失ってはいけない・・・)
フーヴェルはもう視界も見えない中、
唇を噛んだ、舌を噛んだ。
そして祈り言葉を繋ぎながら額を地面に叩きつけた、何度も、
額から出た血が地面を濡らし、
その液体についてきた小石や砂をかえりみず、
何度も、何度も繰り返した。
叩きつけながらフーヴェルは非力さに震えていた、
”私が弱きものだから、耐えられない”
”私が弱きものだから、引き受けが出来ない”
”私が弱いから、何も出来ない”
”私が弱いから、役に立たない”
”私が弱いから”
”カスタジェ様が死んでしまう”
フーヴェルの涙は止めどなく流れた。
彼女は悔しさと悲しさでずっと地面を打ち続けた、
次第に呼吸が戻り、
痛みが弱まり、手足が少し動くようになってきた。
フーヴェルは色々なものでグシャグシャになった顔をあげた。
既に空が明るみ始めていた、フーヴェルは感覚の取れない手足で四つん這いになり、
数歩進んでは地面に崩れながら、森に入り、木陰に隠れた。
この姿をカスタジェ様には見せられない。
痛みは動けない程じゃない、でも呼吸はまだ苦しい。
丸めた背も伸ばせそうにない。
でもまだ意識を失ってはいけない、
喉が渇いたのに、動く余裕はない。
フーヴェルは木陰で遠くなる意識を耐え繋ぎながら思った。
(カスタジェ様はこれをずっとしているの・・・?)
(どうして耐えられるの?)
(・・・)
(強いから?)
(里のため?)
(役目のため?)
(死んだ方がずっと楽なくらいだった・・・)
(ああ、違うのね・・・)
(これはカスタジェ様が祈った直後・・・)
(だからきっとカスタジェ様の苦しさはこんなものじゃない)
(どうしてこんな命の使い方が出来るんです?)
カスタジェの苦しみを想像してフーヴェルの涙はまた流れ出した。




