N-7 アルテタと少年
アルテタがドアから出ると
無人の長椅子が並ぶ小さな礼拝堂だった。
アルテタは神像を見上げながら神像の正面まで歩いた。
燻んだ色のグラスから差し込む光が神像の頭の上を通過していた。
大きな槍を高く掲げた髪の長い男神の白石彫刻。
神像はエミルではなく、エレム。
ナーゲンでは信仰者も寄付金もエミルに遠く及ばない。
「イグノ殿」
声を掛けられてアルテタが振り向くと、
入り口と思しきドアにゼマンと少年が立っていた。
「こちらへ」
ゼマンはそう言って一礼した。
アルテタも一礼してドアへと歩いていくと、
少年はまだ10歳になるかどうかの外見で
茶色の癖っ毛と勝ち気な目つきをしていた。
その少年は頭の後ろで手を組みながらじっとアルテタを見ていた。
「彼が案内役です」
そう言ってゼマンは少年の頭を押さえたが
「離せよ、ガキじゃねぇ」
少年は頭を揺すってゼマンの手を払いのけた
ゼマンと少年の目が合った
数秒、それが続いたが
ゼマンが口を開いた
「ではゼフ、後は頼みます」
少年は勝ち気な眼差しのまま、声量低く
「ああ、仕事だからな」
と言ってドアを開けて外に出た。
ドアの外は光が差し込み、草地に人が歩いた禿げた道が見えた。
「イグノ殿?」
立ち止まっていたアルテタにゼマンが声を掛けた
アルテタはゼマンに向き直り、
「王子を宜しくお願い申し上げる」
言い終わると一礼し、すぐに外へと踏み出した。
少し枯れ葉の匂いがする庭を歩き、
先を歩いていた少年にアルテタはすぐに追いついた。
「宜しく頼む、少年」
アルテタが少年に話し掛けると
「ゼフだ、仕事はきっちりやる。安心しろ、
おっさんは着いてくればいい」
おっさんと呼ばれたアルテタは驚きと否定が浮かんだが
話しを優先した
「おっさんはいざという時の備えだ
とある場所に隠れてもらうが、
出来れば、何もするな
行くまでの道も聞くな
見ても忘れろ、音も聞くな、
出来ないなら俺は抜ける」
そう言ってアルテタを見た。
アルテタが見た彼の目は
先の戦争に敗残した後の兵士がしていたような、
まるで死兵の目だった。
「約束しよう」
アルテタは右拳で左胸を叩いた。
少年は少し呆れながら鼻で笑って言った。
「雇われハンターのくせに騎士みたいな真似するんだな
おっさん騎士崩れかよ?」
アルテタは少したじろぎながらこたえた
「色々あるんだ、大人を詮索するな」
少年は鼻で笑いながら隣を歩き続けた
大通りを横切って細い道に入り、
しばらく進むとそこからは貧民街の道になった。
汚物と下水の匂いが鼻を差し、ボロボロの服を着た痩せた男や女が
壁で、道で、倒れている。
少年は小声で呟く、
「俺が先に歩くから黙って着いてこいよ、
匂いは忘れろ、上から来たのがバレるぞ、
あとおっさん背筋伸びすぎだ、もっと猫背にしとけ馬鹿」
アルテタは言われるがままに従った、
そのまま貧民街の道を歩き、崩れそうな地下に向かう階段を降りていく
倉庫にしか見えない場所で少年はアルテタの方を振り返り、
声を抑えながら言う
「この先だ、着いてこい、音をたてるなよ、
財布とか音が出るのは特に、マジで頼むぞ」
アルテタは懐から財布を取り出して、ゼフの前に突き出した
ゼフはアルテタを睨みながら
「なんだよ?くれんのか?」
アルテタは無言で財布を突き出したまま、
ゼフの言葉を待った。
「ちっ、わかったよ。預かってやる、
あーあ、仕事中じゃなきゃこのまま逃げてんぞ」
「うまく行けば半分やるから宜しく頼む」
アルテタはゼフを真っ直ぐに見つめながら言った。
ゼフは真っ直ぐに目を見ながら口を開いた
「おっさんが死ねば全部俺のものじゃねぇか」
アルテタはゼフを見つめたまま無言だった
ゼフは無言のまま
財布を音が出ないようにキツく包んでしまい込んで
少し下を向きながら声を出した
「これ預かってやるからよ、
おっさんも頼むぜ、
下手打つと何人か俺のダチが死ぬ
そいつのパンで生きてるチビも道連れだ
だから、頼むぞ」
アルテタを見上げた目は、焼けるような必死さを告げていた。
アルテタは右拳を左胸にあて
声を抑えながら口に出す
「誓う、可能な限り事を起こさない」
ゼフは「そうか」とだけ言って木板をどけると、
鉄柵と、その先の大人がギリギリ四つん這いで進めそうな狭い水路が見えた。
木板を退けてから一気に漂った臭気を気にする様子もなく、
ゼフはそのまま臭気のする水の流れる先に進んでいった。
アルテタがそれに続いて進む、
木板と鉄柵も元通りに近い状態にしておいた。
それを振り返りながら見たゼフは親指を立ててニヤリと笑ってから
進んでいった。
アルテタはそれを静かに追った。




